第二十五話:お嬢様、チャンスです!
「もし試着成功できたら、プレゼントしようと思っているんです」というドレスを勧められた瞬間。
これは本能なのかしら?
前世で私はシンデレラバストだった。それはどうしたってコンプレックスであり、水着や薄着になる季節を心から楽しむことができていなかったのだ。
だがこの世界に転生し、断罪される悲しい運命の悪役令嬢だったが、抜群のスタイルの持ち主になったのに。前世のコンプレックスはまだ残っていたようで、咄嗟の提案に「え、無理ですよ。私の胸では、ぶかぶかになります」と答えそうになっていた。
しかし寸でのところで思いとどまり、今の私なら着られるかもしれない!と思い至る。かつもしこのドレスを着ることが出来たら、無駄な出費をしないで済む……!と気づいたのだ。
チラリとエルを見ると、彼も同じ結論に至ったのだろう。「お嬢様、チャンスです!」と目が言っていると思った。エルに「任せて。絶対に着こなして見せる」と合図を送り、クラウスを見る。
「フェリスに似合うと思う。ぜひ試してみるといい」
そう言ってもらえたので、私は気合を入れ、店員さんに伝える。
「試着してみます!」
「ぜひ、どうぞ」
試着室へ向かい歩き出したが、そこで「あっ」と気づき、「ちょっと待ってください」と店員さんに伝える。慌ててクラウスの所へ戻り、伝えることになった。
「クラウスさん、さっきのドレスはオーダーメイドです。よって既製品のテールコートでしっくり合うものは少ないかもしれません。それでも夜空のような色合いだったり、星を思わせるパールシルバーのテールコートであれば、合うと思います」
クラウスのテールコート選びに来たのに、無料で手に入るかもしれないドレスに夢中になってしまった。そこでちゃんとクラウスのテールコートの件も伝えたのだけど……。
「フェリス、君は……本当に真面目だな。あんな美しいドレスを前にしたら、女性なら夢中なんじゃないか? それなのにわざわざ俺のテールコートのことを気遣うなんて……」
「ですがクラウスさんのテールコートを選びに来たんですから」
フッと微笑むとクラウスはソファから立ち上がり、私の左右の肩をそれぞれの手で掴むと、くるっと回転させる。
「俺のことは気にせず、試着室へ行ってくるといい」
そう耳元で囁いたのだけど……。
いきなりクラウスの体温を感じる息が耳にかかり、しかも彼からはとってもいい香りがするのだ。これには膝が腑抜けになり、へたりそうになるが、なんとか歯を食いしばり、試着室へ向かう。
ここからは負けられない戦いになる。
確かに西洋風のこの世界で、女性は胸がでかい。だがそこに比例するように、ウエスト辺りにもしっかり肉がつきがち。胸の方がピッタリでもウエストが……となる可能性はゼロではない。
とはいえ、断罪される代わりのように、抜群のプロポーションで誕生したのだ。ここは何としても着てみせる……!
気合満々でワンピースを脱ぎ、店員さんに手伝ってもらい、ドレスを着て見ると……。
「まあ、遂にピッタリの女性が現れました……!」
「本当ですね、お似合いです!」
「とても素敵ですよ!」
店員さんが続々と集まり、似合っていると褒めてくれる。
さらに「せっかくですから」と言い、髪をアップにして髪飾りをつけてくれて、素敵なパンプスも用意してくれた。
「お連れ様に披露しましょう」と店員さんに促され、私はクラウスとエルの待つソファ席に向かう。
途中、他のお客さんともすれ違うが……。
「綺麗なドレス! 私もあれが欲しいわ」
「夜空みたいなドレスだわ。あれはまだ在庫があるのかしら?」
「こんなドレスがあるなら、私にも案内して欲しいわ!」
みんなこのドレスの仕立ての良さ、生地の上質さ、ビジューのラグジュアリー感に目を留め、次々に一目惚れをしていると思う。
こうして多くのお客さんを魅了しながら、クラウスとエルの前に戻ると……。
「「!」」
二人とも分かりやすく表情に出ている。
これは私が試着成功したことに驚いているのね。
瞳をうるうるさせたエルは、護衛騎士として黙って見守るつもりだったのだろうが、我慢できなかったようだ。
「お嬢様……これまで着ていらしたドレスの中で、一番お美しいと思います……!」
それはそうだと思う。これまでのドレスはロス第二王子の趣味と、悪役令嬢の設定で、正直、けばけばしいものが多かったから!
「フェリス。とても似合っているよ。まるで古の美の女神が降臨したみたいだ。そしておめでとう。これでこのドレスは君のものだ」
そう言うとクラウスが私の背後に回る。
これには「!?」と思ったが……。
煌めくダイヤモンドが散りばめられたネックレスをクラウスがつけてくれたのだ。それは姿見で見ると、ドレスにピッタリの星モチーフのデザインだった。
「これは自分でつけた方がいいだろう」と言って、さらにクラウスはネックレスとお揃いのイヤリングを渡してくれた。「ありがとうございます」とつけてみると……。
「ピッタリだ。すべてが完璧だと思う」
クラウスが眩しそうに目を細め、私を見た。
似合っている。完璧。
それは本当にその通り。
クラウスがつけてくれたネックレス、そしてイヤリング。それはまるでこのドレスのために作ったと思えるほど、ピッタリのデザインだった。
当然「欲しいな」と思ってしまうが、それは無理な話。どう考えても使われているダイヤの数からして、この店で一番高級なものに思える。イヤリングと合わせても、とんでもない値段になるはずだ。
ドレスが無料で手に入っただけでも御の字。
ネックレスとイヤリングは我慢だと思った。
「お客様、そちらのネックレスとイヤリング、どうされたのですか!?」
「あ、すみません。勝手に試着してしまい……」
「!? これは当店の商品ではございませんよ。でもまさにこのドレスにピッタリだったので、驚いていたんです」
これを聞いた私は驚き、クラウスを見る。
すると彼は――。
「よし。今日はこれで目的を果たせた。フェリスのドレスと宝飾品は手に入った。後はそのパンプスを貰って帰ろう。支払いを頼む」
「かしこまりました!」
店員はクラウスから銀貨を受け取り、「お箱を用意いたします!」と去って行くが、これには驚き「く、靴代は自分で払います!」と店員を追いかけようとすると、クラウスがスッと腕を出し、私の動きを制止した。
「フェリス、そのネックレスとイヤリングは、舞踏会の誘いに応じてくれた御礼だ。受け取って欲しい。というかそれをつけた君をエスコートさせて欲しい」
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