第十五話:何ですと!?
「あ、それはですね、奥様が崇拝するチロル様という猫に瓜二つの子猫が現れまして。するとみるみる間にネズミが消えました! 他の猫も触発され、ネズミを狩るようになってくれて。二代目チロル様のおかげです」
これを聞いた私は「何ですと!?」と前世のノリで言いそうになったが、それは何とか呑み込んだ。
「チロル様の二代目の子猫。なるほど。それでネズミが減ったなら良かったですね。しかし突然現れたのですか?」
「ええ。奥様が一週間前でしたかね。チロル様の生まれ変わりの子猫を見つけたとおっしゃって、こちらへ連れて来たんですよ」
「そうなんですね。その子猫は二代目チロル様と呼ばれているのですか?」
すると老人はふるふると首をふる。
「奥様は二代目チロル様と名付けたかったようなのですが、一切無反応なんですよ。そこでルナ様とお呼びすることになりました。ルナ様と呼べば『みゃおん』と可愛らしく鳴いて反応してくれます」
クラウスがチラリと私を見るが、間違いない!
それはうちの子! エルが拾い、ピアが可愛がる、私たちの仲間で、友であり、家族のルナ! 一週間、毎日探し続けているルナに違いない!
私が頷くとクラウスは老人に申し出る。
「せっかくここまで来たので、そのルナ様を見せて頂くことは出来ますか?」
「ええ。いいですよ。大変人懐こい子猫で可愛いんです。ただ夜になると……いえ、何でもございません。えーと、ルナ様はまだ子猫ですし、外には危険も多い。よって日中は六つある穀物庫に順番にご案内しているんですよ。今は五つ目の穀物庫にいらっしゃいます。ネズミがいないか警戒くださり、夕方には一旦、夕食のために守衛の小屋に行くんです。その後、朝までいずれかの穀物庫でお過ごしいただいています」
そう説明されたが、これまでルナは比較的自由に生きていた。
家猫として、部屋から外へ出さないとしていたわけではない。私達と一緒に外に出ていたし、屋台営業中は食事を終えたお客さんと触れ合うこともあった。
倉庫に閉じ込め、ネズミ捕りばかりさせるなんて……!
子猫は大人の猫に比べ、好奇心が旺盛だ。大人の猫は既に経験を積み、対象を見て本気で狩りをするか無視をするかをシビアに判断する。「昔はよく遊んでくれたのに、最近はめっきりじゃれてくれない」というぼやきは、子猫から飼い主をしている人が、一度は思うことではないだろうか。でもそれは猫が成長した証であり、成長した猫は、無駄な労力をかけないということなのだ。
対して子猫は、小さくて動きの早いものに即、反応する。もはや反射的に興味を持ち、追いかけてしまうのだ。大人の猫のように、本気で狩るかどうかなんて判断は、そもそもしない。遊び感覚で捕まえようとする時もあれば、本気で狩ろうとする時もあるし、さんざん追いかけ回して終わることもあるが……。
この子猫の気まぐれさ、ネズミはたまったものではない。ゆえにチロル様以上に、ルナがいることで、穀物庫からネズミは姿を消すと思うのだ。
さらに言えば、子猫が楽しそうに遊ぶなり狩りをするなりで、ネズミを追いかける姿を見ている大人の猫。よほどの老齢だったり、穏やかなタイプでなければ、影響を受ける。
大人の猫だって狩猟本能があるのだ。活発な子猫の動きに刺激を受け、「あたしもやってやろうじゃないの」とネズミを追いかけることだってあるのだ。
その結果、ネズミが減り、あの三人組は「さすがチロル様の生まれ変わり!」となると思うのだけど……。
冗談ではない。ルナは私達の家族! 一緒に探すをふりをして、本当は自分達がチロル様の代わりでルナを攫っていたなんて!
そこで気が付く。
町のはずれまで捜索の範囲を広げたいと言ったら、急に渋り出したことを。あれは収穫祭うんぬんとは関係なく、ここにいることがバレないようにするためだったのね……。
さらに言えばこの老人がベラベラしゃべるのは、こんなところまで私達が来るとは思っておらず、諦めると踏んで、口止めをしていなかったからだろう。クラウスは私の話を聞き、すべてを看破し、この老人にかまをかけたのだ!
まんまと騙されている老人はルナのことを話し、さらに――。
「こちらでございます。この階段を上ると二階の通路に出ますので、そこから見下ろす形でルナ様をご覧いただくことができますよ。奥様の許可がないので直接触れ合うことはできませんが、ぴょこぴょこ駆け回る姿は大変愛らしいかと」
ルナがいる穀物庫まで案内してくれた。
「ということで足元、気を付けてください」
倉庫の外側にもうけられている階段は、前世で言うなら非常用階段のような造り。蹴込み板(段の間の板)がない階段なので、令嬢がドレスで上るには勇気がいると思うが、幸い私はルナ探しのためワンピース。くるぶし丈であるし、ブーツなので無問題。
こうしてトン、テン、カンと階段をのぼり、鉄製の扉から中へ入ると……。
穀物庫は広々として天井も高く、換気と採光のため、窓もいくつか設けられている。だが内部に照明はなく、昼間とは思えない程、薄暗い。
なぜこんなに暗いのかと思ったが、すぐに理解する。粉塵火災を意識してのことだと。
ただこの世界、粉塵火災をきっちり解明できているとは思えない。おそらく経験則で、火気厳禁になったのだろうと推測できる。
ということでわずかな明かりの中、目を凝らし、ルナの姿を探すが、あまりにも広くて分からない。
「これではどこにいるか分からないですね」
クラウスも私と同じ意見だったようだ。老人にルナがどこにいるか分からないと伝えてくれた。
「そうですね。ルナ様以外にも数匹いるのですが……。では名前で呼んでみましょうか」
「ええ。お願いします」
老人はクラウスに促され――。
「ルナちゃ~ん」
まるで孫を呼ぶように、ルナの名を口にした。
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