第十話:ぺこぺこ
マイア氏はキッチンに入ると、コック帽を被り、白いシェフ衣装を羽織った。そこへ材料を手にした使用人がやってくると、調理スタートとなる。
使用人はパプリカ、トマト、マッシュルーム、ベーコンなどを切り始め、マイア氏はというと……。
小麦――強力粉、ベーキングパウダー、油、そして水を加え、一心不乱に捏ね始める。
マイア氏が捏ねている間に、使用人はトマト、玉ねぎ、にんにくを刻む。さらにフライパンにオリーブオイルを入れると、弱火でにんにくを炒め始めた。
大変食欲をそそる香りが漂う。
「急激にお腹が空いて来ました」とエル。
「もうとっくにぺっこぺこ」とピア。
フライパンにさらに玉ねぎが投入され、美味しそうな匂いがさらにキッチン中に広がったところで、トマトが投入された。そこでこれはトマトソースを作っているのでは?と気付くことになる。
「ふんぬっ!」
マイア氏の捏ね作業はひと段落したようで、生地を伸ばし始めた。その作業時に「ふんっ!」と鼻をならしている。
フライパンでは煮込みが続き、私達三人は「早く食べたい」と声に出せない想いで調理の様子を眺めている。気付くとリディアンとセファンの姿はない。
「お待ちいただいている間によろしかったらどうぞ」
使用人が出してくれたのは、ぶどうジュース。秋に収穫したばかりのフレッシュなぶどうジュースは、甘くて美味しい!
トマトソースは煮込みが終わったようで塩やハーブなどで味付けをしている。そしてマイア氏も生地を延ばし終わり、今度は生地の整形をしているようだ。
「一体、何を作っているのでしょうか」とエル。
「何でもいいから早く食べたいな……」とピア。
そうしているうちにもトマトソースが完成したようだ。さらにマイア氏の生地の整形も終わり、私は理解する。
どうやらピザを作ろうとしているらしいと。
この世界にはまだピザがあるわけではない。しかし小麦愛が高じてマイア氏は、独自にこの世界でピザを生み出したようだ。
「生地にトマトソースを塗り、刻んだ野菜やベーコンを載せていますね」
「さらにチーズも載せているよ! すごい具沢山!」
エルとピアの言う通りで、これはもう私が前世で知っているピザとしか思えない。
「これで焼けば出来上がりです!」
マイア氏は額に汗を浮かべ微笑む。
これにはエルとピアが瞳を輝かせる。
そしてたっぷり野菜やベーコンそしてチーズがのった生地は窯へ入れられた。
調理スタート時から火を入れているので、既に窯の温度はかなり高温になっているはず。
マイア氏は何度か様子を確認し、そして……。
「出来上がりましたよ!!!」
「「「やったぁ!」」」
お預け時間が長かった分。
三人で万歳だった。
◇
「美味しかった~! もう小麦万歳! 小麦大好き! 小麦最高だよ~」
ピアは初めて食べるピザに大満足で、マイア氏の相好が崩れるぐらいの小麦愛発言を口にする。一方のエルはそこは大人。冷静に美味しさを伝える。
「マイアさん、本当に美味しい料理をありがとうございます。出来立てにこだわるマイアさんだけあり、焼き立てのこのパンは、最高の美味しさでした。ベーコンは肉汁溢れ、チーズはとろとろ。沢山の野菜とあわさったトマトソースも絶品。これらをすべてを口の中で最高にしてくれるのは……やはり小麦たっぷりの生地のおかげですね。大変素晴らしかったです!」
これにはマイア氏は「そうだろう、そうだろう」と大いに頷く。
「フェリスさんはいかがでしたかな」
「はい! アルシャイン国で初めて頂いた料理で、感動しました。小麦たっぷりの生地は、外側はカリッとして、中はもちもち。その生地にトマトソースとベーコンの脂が染み込み、さらにシャキシャキの野菜、クリーミーなチーズが載っているんです。食べ応えがあり、肉も野菜も楽しめて。しかもアツアツの出来立て! 一つ提案ですが、オリーブオイルにペペロンチーノを漬け込んでみてください。ピリ辛のオイルが出来ますが、それをかけるとさらに美味しくいただけると思います!」
「ほう。それは面白いですね。やってみましょう。このパンが美味しくなることであれば、何でもやりますよ!」
そんな会話をしながら、楽しく食べるピザタイムは終了。食後のデザートは、さっぱりとぶどう味のジェラートが出され、それもぺろりと完食する。
「このパンを食べた後は、コーヒーが合うんですよ。どうぞ」
コーヒーの登場に、やはりマイア氏が裕福な庶民であることを実感する。ちなみにピアは、調理中にいただいたぶどうジュースをおかわりしていた。
「つけ麵はお金を出して食べていただいたのに。こんなに素晴らしい料理を本当にご馳走様でした」
「いえいえ。これもチロル様……いえ、皆様を楽しませたかったので」
ついチロル様と出てしまうところに、小麦愛同様のチロル愛が感じられるが。今の言葉でルナのことを思い出す。
あまりにも空腹で頭の中は「ごはん、ごはん」になっており、ようやく満腹になり、別のことを考えられるようになった気がする。
というか。
ここへ誘ってくれたのは教育ママ風リディアン。調理中は離席していても、食事がスタートしたら顔を出すと思ったのに。それにセファンも、このマイア氏の家まで一緒に来ていたはずなのに、どうしたのかしら?
「ねえ、マイアさん。もう食事も終わったから、ルナに会いたい」
「そうですね。ルナに会いたいです」
ピアとエルがまさにそう声を揃えた時。
扉が勢いよく開け放たれた。
貴族であれば、ノックがマナーだが、平民では声がけが当たり前。つまりノックなしでもマナー違反ではない。それでも声がけの方もなかったので、ビックリはしてしまう。さらに何でこんなに勢いよく扉が開けられたのかと思ったら――。
「大変ですわ! ルナ様がお逃げになってしまったの~~っ!」
顔面蒼白のリディアンが絶叫した。
お読みいただきありがとうございます!
本日もよろしくお願いいたします☆彡
次話は12時頃公開予定です~