第九話:目がチカチカ
ひと騒動あったが、東部の町人三人組は、つけ麵を実際に食べると……。
「なんて旨さなんだ! こんなにも小麦の美味しさを引き出した料理は食べたことがない! 小麦を使ったメンのこのもちもち感、弾力、噛み応え! これを食べなければ、東部人とは名乗ることはできないだろう!」
「驚きの美味しさではないですか! このスープ! まさにこの小麦で作られたメンのために誕生したスープ! このスープをまとうことで、小麦の味が最高潮に達します! 召し上がっていない方、今すぐお食べなさい!」
「小麦と卵が合うことは、昔から知っていたが……! このニタマゴ、そしてチャーシューなる東方の味と、小麦が完璧なマリアージュを披露してくれている。小麦の美味しさが、このニタマゴのとろとろと、チャーシューのジューシーさでさらに際立つ! 今日しか食べられないなんて……残念過ぎる!」
チロル様の紹介の時と同様に、大変ドラマチックに、大仰に、つけ麵の味わいを表現してくれるので、売り場にお客さんが殺到。あれよ、あれよでつけ麵は完売御礼になってしまった。
「驚いたわ。あやうく食べ損ねるところだったわよ」
ゼノビアがそう言って驚くぐらいの売れ行きだった。
「ではお嬢様、予定よりかなり早いですが、片づけをしましょうか」
「そうね」
こうして大幅に早い時間に、完売による営業終了となり、後片付けをしていると……。
「あの~」と声を掛けられる。
誰かと思ったら例の東部の町人三人組!
何かと思ったら……。
「チロル様を……いえ、チロル様にそっくりのルナ様を……いえ、美味しいツケメンを食べさせていただいた御礼をしたいのですが」
そう声を掛けてくれたのは、三人の中の紅一点のリディアンだ。
フレームの両端がつり上がった、昭和の教育ママがかけていそうな眼鏡をつけたリディアンは、つけ麵の御礼は建前で、本音はどうやらチロル様に似ているルナを愛でたい模様。それはエルもピアもすぐ分かったので、私に目配せをする。
最初はとんでもないカスハラをする人たちだと思ったが、最終的には完売になるぐらい褒めてくれたので、ここは当初の態度は目をつぶり、そのお誘いに応じることにした。
すると。
「ではこちらのマイアさんのお宅へぜひみんなで参りましょう! マイアさんはご自身も料理好きで、離れにキッチンを建てたんですのよ」
離れにキッチンを建てる!?
初めて聞いた言葉に、エルもピアもビックリしているが、私も「それはすごいですね」と応じるしかない。
「わたくしめが僭越ながら皆様のために、手作りの小麦料理を披露します。皆様はまだ昼食を摂られていないのでしょう?」
四十代ぐらいの、鼻の頭に大きなほくろが特徴的なマイア氏が、ニコニコと微笑む。ここは「ではそのご招待をお受けします」ということで、馬車に乗り込み、マイア氏の家へと向かうことになった。
「どうやらあのお三方は、かなり裕福な平民のようですね。ご自身が小麦の栽培をされているわけではなく、沢山の人を雇い、彼らに小麦の栽培を任せているようで。有り余る時間をチロル様と小麦愛の活動に使っているように思えました」
馬車の中でエルがそう感想を述べたが、それはまさにその通り!
リディアンは特大サイズのパールのイヤリングをつけていたし、マイア氏はゴールドの懐中時計を持っていた。もう一人の、居酒屋などで見かける信楽焼のタヌキみたいなセファンという男性も、指にはかなり大きな宝石のついた指輪をつけていたのだ。間違いなく、裕福な平民三人組だと思った。
そんな三人だけあって、農地はまた少し離れた場所にあるのだろうが、家は町の中心部にあった。そしてマイア氏の家の門は、黄金の女神像が飾られている。さらに町の中心部とは思えない敷地面積に建てられた家には、黄金の噴水、黄金のブランコ、黄金のベンチを見つけることになり、ピアは「目がチカチカする」と驚いている。
「こちらが我が家の自慢の離れのキッチンです!」
離れのキッチンの前で馬車を降りると、マイア氏が嬉しそうに扉を開いた。
そこは……。
黄金の作業台、黄金の流し場、天井にはシャンデリア、床は大理石という仰天のキッチンが待ち受けていた。
「なんだかとんでもない場所に来てしまいましたね」とエル。「これがキッチンなの!? こんなにギラギラしたキッチン、初めて見た」とピアは呆然。
「さあさあ、遠慮なく中へ」と言われ、キッチンへ入ろうとすると。
「おっと、失礼した! これから皆様の昼食を用意するのです。チロル様……ルナ様の入室はご遠慮いただきたいのですが」
これには異論はない。
ピアの肩に乗っていたルナは、教育ママ風リディアンが恭しく抱き上げる。
「みゃぁーっ!」
ルナは嫌がるが、さすがに野外で調理しているわけではないし、ここはよそさまのキッチン。ピアと二人で宥め、最終的にルナはリディアンに連れられ、キッチンから出て行った。
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