第五話:時に凶器!?
「クラウスさん……!」
叫びたくなるが、そこはピアが同じ部屋で昼寝をしているので、我慢した。代わりに急いで取っ手を結わくリボンをほどき、鍵を開ける。そして窓を開けるとそのままバルコニーに出た。
狭いバルコニーで、クラウスと向き合うことになった。
「ごめん。急に尋ねてしまって。しかも転移魔法を使ったら……ここに到着だった」
そう言って謝るクラウスは、いつも通り髪は艶があり、美しいのだけど、転移魔法を使ったからか。少し乱れていた。さらに透明度の高い、海のような碧い瞳の下には、うっすらとクマができている。肌艶は悪くはないし、頬も唇も血色はいいのだけど、少しお疲れのように思えた。
「ゼノビア伯爵は? 南部では伯爵と何度も会ったけど、クラウスさんには全然会わなかったわ。そして東部へ来て、今日はゼノビア伯爵に会っていないのに、クラウスさんに会うなんて。不思議」
「そうだね。ちょっといろいろ忙しくて」
「……もしかしてトレリオン王国の件で?」
クラウスは「うん、そうなんだ」と肩をすくめる。腹落ちした私は口を開く。
「国同士の交渉。しかも今回決まった事案は、かなりの重要事項よね。当然、書簡だけのやり取りではなく、対面で会うことになる。でも馬車でのんびり会いに行ったわけではなく、そこは魔法を使うわよね」
「まあ、そうなるね」
「もしかしてクラウスさんは、アルシャイン国王や宰相がトレリオン王国へ向かうにあたり、転移魔法を使うことになったのでは!? ゼノビアの護衛をしているなら、国王陛下もクラウスさんが特級魔法の使い手であること、知っているわよね、当然。ゼノビアの護衛をしながら、国王陛下の移動を手伝う。それはいくら魔力が強くても、忙しくて疲れるはずだわ」
私がそう話すと、クラウスはクスクスと笑い「すごいね。フェリス。君は何もかもお見通しだ」と笑う。
「もう、笑いごとじゃないわ」
なんだかクラウスがエルのように、つまりは弟のように思えてしまい、その両頬を両手で包み、尋ねる。
「今は休憩時間なの? ちゃんと睡眠時間をとれている? 寝ているの? 食事もきちんと摂っ」
クラウスが、自身の手で私のそれぞれの手を掴むと、朗らかな笑顔になる。
「僕のこと、心配してくれているの、フェリス?」
その笑顔で爽やかな声音で尋ねられると、弟と思ったクラウスを、急に異性として意識してしまう。
「し、心配です。だって目の下にうっすらとクマもあるわ。それに疲れたって気配をかんじるもの」
「……そうか。それは……よかった!」
「!? よいわけではないですよ! 疲れているのでしょう!?」
するとクラウスは快活に笑い「違う、違う」と、実に元気そうに応じる。
「僕は隙を見せないようにしているから、疲れた、なんて気配、出さないんだよ。でもそれが出ているなら、僕は心底リラックスしていることになる。つまりフェリスの前なら、どんな自分でもさらけ出せるということだ。それっていいことじゃないかな?」
「……! クラウスさん、あなたは……」
なんて大変な人生を送って来たのだろう……!
悪役令嬢に転生し、未来には死が待っているしかないと知り、この世界で一番不幸で大変なのは私だ……と思ったが。そんなことはなかった。私は何とか断罪を回避し、今がある。だがクラウスは特級魔法の使い手であるがために、私などより沢山の苦労をしてきたのだろう。
ここはもう母性本能で、ぎゅっと抱きしめたくなってしまう。これまで、そして今も、よく頑張ったね、と。
「フェリス、どうしてそんな悲しそうな顔をしているの……?」
「!?」
今度はさっきの逆になっている!
クラウスが私の頬をその手で包み込んでいた。
そしてそんなことをされると、心臓が止まりそうになる……!
が、顔面偏差値の高い人の至近距離は、時に凶器です! 心臓が、心臓が持ちませんよ……!
「みやあ」
微かに聞こえた鳴き声は、クラウスにも届いていた。彼が動きを止めた瞬間に、その手からすりぬける。慌てて窓を見ると、ルナが前脚をあげ、窓に張り付いているではないですか!
「ピアが中で昼寝をしているんです。そろそろ起きる時間かと……」
「! そうだったのか。ごめん。じゃあ、僕はこれでいくよ。ずっとフェリスに会いたかったから、こんな短い時間だけど、会えてよかった」
「そ、それは……良かったです」
再びクラウスが私の頬に手を添えたので、心臓がバクバクし始めていたが……。
「また会いに来てもいいかな?」
白い歯が見える眩しい程の笑顔で尋ねられ「それはダメです」と答えられるだろうか!?
「はい……その、夏も終わったので、冷やしラーメンは販売終了になったんです。今はツケメンの販売に戻ったので、良かったら食べに来てください……」
「! そうなんだ。それはぜひ食べたいな」
宝石のような碧眼を細め、変わらず笑顔のクラウスに、私はこくこくと頷くしかできない。するとクラウスはさらに笑顔になり……。
一瞬、心臓が止まったのでは!?
だって。
クラウスが!
額へキスをしたのだ……!
「じゃあね、フェリス」と言いながら。
驚いて、慌てて目をつむり開いた時には……もうクラウスの姿はなかった。
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次話は18時頃公開予定です~
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