第一話:GO EAST!
イースト島から戻った後、八月いっぱいまではサンフォレストという南部最大の都市に滞在した。
都市の中にいくつかの町があったので、そこを渡り歩くようにして、冷やしラーメンの販売を行った。
そこにちょいちょい顔を出してくれたのは、ゼノビア!
「奇遇、と言えばいいのかしら? 実はサンフォレストのそれぞれの町で、浄化作戦を行っている最中なの。どんな町にも悪党の一人や二人、ゴロゴロいるでしょう?」
そう言って冷やしラーメンを注文し、毎度「美味しいわ! これを作れるフェリスさんを嫁にしたい。ピアちゃんとエルちゃんは、娘と息子にする!」なんて言ってくれるので、あっという間にお客さんが集まり、冷やしラーメンは毎度毎度完売御礼だった。
その一方で。
クラウスはまったく姿を現わさない。彼からは「僕は君のことが好きなんだ」と告白されている。だがその返事をするタイミングを逸し、さらに一緒にいても、返事を促されることはなかった。
もしかすると、告白をしたものの、返事を聞きたくないタイプなのかと私は考えた。
前世でも時々そんなタイプがいると聞いたことがある。告白をしてイエスの返事が期待できればいいが、お断りの可能性が高い場合。返事を聞いたらそこで終わってしまう。友達のまま、もしくは友達になれたらいいが、そこで関係性がなくなることもあるのだ。
よって告白したものの。返事を促すことなく、なんとなく距離をとる人も皆無ではないと。
クラウスはとても快活で、明るく、自信に溢れているように見えた。だが彼は特級魔法の使い手として、暗殺を回避し、懐柔の罠に落ちないよう、慎重に生きていた部分がある。人との深い関係性の構築に慣れていない部分もありそうだ。
それに自ら動いたものの、もしかすると早まったと思っている可能性もある。さらに好きという感情そのものの扱いに、戸惑っているのかもしれないのだ。あえて私からその件について問うのは控えた方がいいのではないか。
そう思っていたら、本人が姿を現わさないのだ。こうなると告白の件は……一旦なかったものと考えた方がいいのでは?――というのが現在の私の認識。本人が何か言うまでは、保留にしておこうと判断した。
そう判断しているが、クラウスが現在どういう状況なのか。それは気になるのでゼノビアに尋ねたわけだけど……。
「クラウス? ああ、気にしないで頂戴。いつものことだから。本当は冷やしラーメンも食べたいだろうけど……。護衛の最中にラーメンを食べている場合ではないわ。仕方ないわよね」
そう言われてしまうと、確かに任務の最中なのだ。
護衛対象と一緒に食事をしている場合では……。
ゼノビアとの会話を思い出していると。
「お嬢様、どうしましたか?」
昼営業を終え、護衛騎士であるとエルとは、当たり前のように食事をしている。
「ううん。なんでもないわ。それよりエルもピアもよく日焼けしたわね」
「うん。毎年こんな感じだよ~」
「そう言われると……お嬢様が王宮で暮らしている時は、騎士の修練も朝と夕方。日中は控え室で待機も多かったので……。でもお嬢様はほとんど変わりがないですね」
「一応、貴族令嬢の名残り、よね。日焼けしないよう、レースの長袖の羽織りものは、手放せないでしょう。それに御者席にいる時は、帽子を被っているから」
そこで卵サンドを頬張りながら、空を見上げる。
「でも明日から九月よ。夏も……終わるわ」
「そうですね。トレリオン王国では八月の終わりから既に涼しかったですが、ここはさすが南部。まだ朝晩も夏の陽気です」
「うんとね、南部は九月半ばになると、朝晩はぐっと冷え込んで、日中も『涼しいな~』って感じになるよ。九月も後半になると『秋だね』って感じ」
さすが南部の町で育っただけあった。そしてピアの言葉を聞き、私は決意する。
「冷やしラーメンの季節は終わったわ。東部へ移動して、つけ麵の販売をしましょう。明日から移動すれば丁度、九月の半ばには東部へ到着できるはずよ」
「東部! すごい! 私、南部以外に行くのは初めてだよ~!」
「東部! 楽しみです! 自分も当然ですが、初めてです!」
ピアとエルが同じノリで目を輝かせるので、思わず笑ってしまう。
やっぱり二人は兄妹みたいだ。
「東部はね、この国の穀倉地帯と言われているんだよ。小麦が沢山とれるから、みんな毎日ふかふかの焼き立てのパンを食べるんだって」
「そうなのですね! パンが美味しいのは楽しみです。あ、お嬢様。良質な小麦が手に入れば、つけ麵にもいい影響を与えますよね!?」
エルに問われた私は、よくぞ聞いてくれました!という気持ちで答える。
「ええ、その通り。だからこそ東部には絶対に行きたいと思っていたの。そして小麦は収穫して製粉されるけど、そこから熟成させたものが、麺づくりには向いているのよ。今から東部へ移動すれば、夏の終わりに収穫された春小麦の熟成がまさに終わったところ。完璧な麺で作るつけ麵を、お客様に提供できるわ」
「へえ、そうなんだ! フェリスお姉さんはなんでも知っているんだね~」
「さすがはお嬢様です。それも料理本で勉強されたのですね!」
二人にそう言われ、嬉しいやら、焦るやら。
この世界の料理本で得た知識というわけではなく、ラーメン部で学んだことだった。そういううんちくがある後輩が、ラーメン部の飲みの席で教えてくれたのだ。その時は「ふうーん」ぐらいで聞いていた。だがその知識が今となって役立つとは……!
「ともかく東部へ行けば、良質な小麦に出会えるわ。価格も現地のものが手に入るから、お買い得だと思うの。それに小麦好きなら、麺にもつけ麵にも興味を持ってもらえると思うわ! つけ麵をみんなに食べてもらいましょう!」
「うん。きっと人気になる!」
「はい。楽しみです、お嬢様!」
こうして夏の終わりと共に、南部を後にして、東部へ向かうことになる。そして東部に到着した頃、新聞では驚きのニュースが掲載されることになった。
お読みいただきありがとうございます!
遂に第三部スタートです~
舞台は東部に移り、季節も秋へ。
そして次話でニューキャラ登場!
ということで続きは12時頃公開予定です~
本日もよろしくお願いいたします☆彡