第三十九話:僕は君のことが――
「逃げないと約束するなら、瞼を閉じて」
この問いかけに私は素直に瞼を閉じている。
「ありがとう……フェリス」
その言葉の後、全身を包むようにしていた軽い圧が消えていた。
でもそれは……本当に緩いものだったと思う。とっくのとうに、魔法はかかっていないも同然だった。
ゆっくり目を開けると、クラウスの吸い込まれそうな碧眼と目が合う。そこではにかむような笑顔になると、クラウスが口を開く。膝に乗せていた私の手を取って。
「僕は君のことが好きなんだ」
ドクンと心臓が高鳴り、それは喜びでドクドクしている。
「一度も会ったことがないのに。君の人柄や考え方に惹かれ、魅了されてしまった。そして実際に君に会い、ますます心惹かれ……」
照れることなく、真っ直ぐに私を見て、自分の気持ちを打ち明けるクラウス。
特級魔法の使い手として、これまで他者に一線を引いていたと言っていた。でも今の彼は、その一線を取っ払い、私に素直な思いを伝えてくれていたのだ。
その事実が喜びとなり、私の全身を駈け巡っているように感じた。
「君が悪女ではないこともよく分かった。それは僕が国王陛下にも保証する」
そこで彼は言葉を切ると、ちょっとだけ申し訳ないという顔になる。
「……実は既に君のことは話してあるんだ。そして陛下も理解してくれている。だから新聞でも悪女のニュースはなくなった。陛下の指示で、新聞社はすべて悪女のニュースを載せないようにしてくれたんだ。陛下は君のことをもう悪女とは思っていない。追っ手もいないよ」
これには「そうだったのね……!」と驚き、感動することになる。
できれば早く悪女の噂はなくなってくれればいいと思っていたのだ。するとパタリと新聞から私の……悪女情報が消えたと思ったら……それはクラウスのおかげだったのね……! さらにもう追っ手もいないなんて!
でも、と思う。
クラウスはゼノビアの護衛なのに。
国王陛下に頼んでくれたの……?
そこで、「あっ」と思う。
さすがに護衛の身分で、国王陛下に直談判はできないだろう。きっとゼノビアに頼み、ゼノビアが国王陛下に話してくれたのだと思った。
しかしここでそれを指摘する必要はない。
だってゼノビアに進言してくれただけでも御の字なのだ。冷静に「え、それを国王陛下に頼んだのはゼノビア伯爵ですよね?」と指摘しても、興が冷めるだけ。
ということでここは素直に感謝を伝える。
「クラウスさん、ありがとうございます」
「え!?」
「悪女に関するニュースが新聞に出ないよう、手を回していただいたんですよね。おかげで逃走中、新聞を見て暗い気持ちにならずに済みました!」
気持ちを込めて伝えたのに、クラウスは少し困ったような表情になってしまう。だがすぐに「うん。そうだね。フェリスには笑顔でいて欲しいから、よかった」と、彼もニコニコとしてくれる。
「その点は本当に良かったと思うんだ。……それはそれとして……」
そこでなんだか言葉が詰まったが、クラウスはゆっくり瞼を閉じ、深呼吸すると――。
「それでフェリス。僕の気持ちを聞いて、どう思ったかな?」
「あっ」
そうだった。
私、告白、されたんだ……!
そこでゴーン、ゴーン、ゴーンと時計塔の鐘の音がなる。十五時を知らせる鐘の音だった。
「戻らなきゃ!」
本能的にベンチから立ち上がっていた。
私がゲンさんの部屋にいないと分かったら、エルとピア、マーガレットおばあちゃんにマーク、村人のみんなが心配する。既に魔力を残っていないので、ここはクラウスにお願いしよう……と思ったら。
「任せて、お姫様」
冗談めかしてクラウスが言うので、思わず笑いそうになった瞬間。
ふわりと彼に抱き上げられている!
驚き、慌ててその首に腕を絡めると、「そのまましっかり掴まっていて」と言い、クラウスは呪文を唱えた。
◇
「フェリスさ~~ん」
マーガレットおばあちゃんの声に、私は開いていた日記をパタンと閉じ、テーブルに置く。ノックの音に「はい、どうぞ!」と元気よく返事をすると、扉が開いた。
「お茶の時間よ。例のヨクアン、もう食べられるわよね!」
「ええ、まさに食べ頃かと思います」
そう答えるとマーガレットおばあちゃんは笑顔になり、「行きましょう、フェリスさん」と言い、私はソファから立ち上がる。
「ゲンさんの日記、どうだったの? 読めた?」
「はい。漢字という東方の言葉で書かれた部分は……シノブさんへの想いや羊羹のことを悔やむ言葉でした。後はこの村に暮らせたこと。マーガレットさんや村のみなさんへの感謝の気持ちが綴られていましたよ」
「そう。それは……良かったわ。さっきね、ゲンさんのお墓にピアちゃんのこと。フェリスさんやエルさんのことを伝えに行ったのよ。良かったらフェリスさんもヨクアンを一緒にお供えしにいく? 東方ではお墓に食べ物をお供えするのでしょう?」
この世界でお墓に供えるのは、花やキャンドル、そして祈りの言葉。食べ物を供えるのは、東方ならではだった。でもこの村ではゲンさんのお墓参りで食べ物を供えるのが、当たり前になっているようだ。
「ぜひ、ゲンさんに羊羹を供えたいです。ピアとエルと一緒に、お参りさせてください」
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