第三十八話:ただこの一つの気持ち
「ジョーンズ教授として君と会った後。僕は君ともっと一緒にいたいと思ったし、捕らえて国王陛下に報告し、国外へ追放する……そんな気持ちにはなれなかった。そこでゼノビアに『君も彼女と接触し、彼女の人となりを見て見て欲しい』と話した」
肩に触れているクラウスの手の温もりを感じた。
全身を取り巻く重さは継続しているが、それは最初より軽くなっている。
もしかすると動こうと思えば、動けるのかもしれない。でも私はそうすることなく、クラウスの話を聞き続けていた。
彼は包み隠さず、自身の感じたことを口にしてくれている。嘘偽りのない言葉に心惹かれ、私は彼の話に……夢中になっていた。
「ゼノビアは驚いたが、こうも言ってくれたんだ。『特級魔法の使い手として、命を狙われ、懐柔されることを警戒し、他者との関係に距離をとっていたのに。心を許す相手が限られているあなたが、自らこれだけ強い関心を持つなんて、余程のことね。わたくし自身、公爵令嬢もピアちゃんも。気に入っているのよ。あとあのワンコのような忠実な護衛騎士さんも。いいわ。わたくしも知りたいと思っていたの。彼らの魅力を。わたくしも接触してみるわ』と」
さりげなく明かされるクラウスの過去。
やはり特級魔法の使い手として、生きにくい日々を送っていたようだ。ゼノビアには心を許しているが、そんな相手、本当に数少ないのだろう。
「ゼノビアがそう言ってくれたことで、僕は君たちを見守ることができるようになった。でも……見守るだけでは足りない。ますます君と話したくなっていたし、それに……ツケメンの次に、君は冷やし中華なんてものを考案した。ツケメンがあれだけ美味しかったんだ。当然、食べたくなる……。だから今度はインテリな雰囲気とは違う、僕の素の部分も多分に出るエディに扮し、君に会うことにした。でも最初は君の護衛騎士に警戒され、あっさり退散になってしまった。だが……」
そこでふわりと背後から、クラウスに抱きしめられた。
背中にはベンチの背もたれがある。でも彼の顔が自分のすぐ横にあり、回された腕が胸の前で優しくクロスされていた。
「ずっと気になっていたことを聞くことが出来た。『お嬢さんの彼氏?』って。そうしたらフェリスは
『!? ち、違いますよ!』と答えてくれただろう。それを聞けて安心できた。違うんだ、って。同時にようやく自覚できた。どうやら僕は……君のことを異性として強く意識しているのだと」
耳元で聞こえる爽やかなクラウスの声。
その声が紡ぐ言葉にドキドキが高まり、そして今の一言で、心臓が止まりそうになっている。
「意識し始めると、とても切なくなった。もっと君といたいという気持ちが高まり、護衛騎士との色恋沙汰はないと分かっても……。不安だし、心配だ。僕は君の側にいないが、彼は……エルは君とずっと一緒なんだから」
そこで深々とため息をつくクラウスから、爽やかな香りが漂う。
彼のつけている香水なのだろうか。
とてもいい香りだった。
「君を意識し始め、自分の気持ちの答えを見つけ出したのは……奇しくも君が、ポアラン男爵の私設騎士団のカナン団長に攫われたと分かった時だ。しかも娼館へ連れ込まれそうになっていると分かった時は……災害規模の魔法を行使しそうになっていた。気持ちを落ち着かせるためにも、魔法を使わず、荷馬車を奪い、逃走することになった……」
ここで大いに腹落ちすることになる。
特級魔法の使い手であるクラウスが、あの時、即、魔法を行使しなかった理由。それは自身の魔力暴走を防ぐためだった。
魔力が強い特級魔法の使い手は、その魔力と感情のコントロールがとても重要だった。魔力が強いだけに、コントロールを誤ると、ちょっと吹かせるはずの風が暴風となり、町が一つ消えた……なんてことにもなりかねないのだ。何事も過ぎたるは猶及ばざるが如し、だった。
「ここまで話したら、フェリスも分かってくれたのでは? その後、シャインとして会っている時も。クルスとして君の前に現れた時も。僕はただこの一つの気持ちで動いていた」
そこで言葉を切ったクラウスが私のそばから離れる。
背後からクラウスから抱きしめられている時。
なんだか守られているように感じていた。
それを失い、とても不安になっていたが……。
「!」
美しいアイスブルーのサラサラとした髪。綺麗なアーチを描く眉に、透明度の高い海のような碧い瞳碧。高い鼻に形のいい唇と血色のいい頬。スラリとした長身と引き締まった体躯。
目の前に現れたクラウスにドキッとすると……。
彼はその長い脚の一方を地面につき、私の前で跪いた。
「フェリス。これから魔法を解く。でも逃げないで欲しい。まだ君にすべてを伝えたわけではないから」
そこでクラウスの手が、そっと私の頬に触れる。
「逃げないと約束するなら、瞼を閉じて」
お読みいただきありがとうございます!
会議があるので早めに更新です!
次話は18時頃公開予定です~