第三十七話:もっと知りたい
階下に到着したゼノビアと僕は、登場のタイミングを伺うことになる。だがその時はすぐにやって来た。
「ピアは私の仲間であり、友であり、弟子なのよ。弟子を守るのは師匠の役目だから任せて」
「というか、この女も貴族みたいなふりをしているが、本当は娼婦なんじゃないか。そこの兄ちゃんが買った子連れの娼婦!」
この言葉を聞いた瞬間。
頭に血が上る状態になったが、それを瞬時に収め、考える。
この男、どうしてやろうかと。
しかし怒り心頭になったのは自分だけではなく、ゼノビアも同じだった。
既にゼノビアは男達のピアへの暴力を見て、スイッチが入っている。
表向きは実に妖艶に。
だが腹の中は煮えたぎった状態で、ゼノビアが声をあげた。
「わたくしが見て、聞いていましたわよ」
聞く者をとろけさせるような艶っぽい一声に、その場にいた全員がゼノビアを見た。
ゼノビアに注目が集まる中、僕自身はアイゼンバーグ公爵令嬢をじっくり見ることになった。
突然登場したゼノビアのことを、大きく目を見開き、見ている公爵令嬢は、少し子供っぽさも感じられる。
つまりとても愛らしい表情をしていた。
だがゼノビアが話し出すと……。
公爵令嬢の瞳がキラキラと輝きだす。それは喜び、憧れ、賞賛と、どうやらゼノビアを気に入った様子が伺える。
それを見ていると……。
自分も彼女からの羨望を集めたいという気持ちになってしまう。今、ゼノビアに熱い視線を送っているように、僕のことを見て欲しいと、切実に願っている。
「ありがとうございます、ゼノビア様!」
「「ありがとうございます!」」
ゼノビアの采配で見事が場が収まったと思ったその時。
一人の男の動きに不穏な気配を感じた。見るとその男だけ、ロープが緩んで……いや、切れている――。
そこはもう条件反射で体が動く。
キラッときらめく刃物の輝きを認識するのと同時に、脳がこの男を制圧するべしという指令を下している。
まずは男が手にしている短剣をゼノビアから遠ざけるためにも、足払い。
自分が動くとは、想像すらしていない男は、あっさり足払いをされ、体勢を崩す。
こうなったら後は簡単。
すぐに両手を組み、男の肩に打ち付ける。気絶させるための準備だ。既に手から短剣を落としていることを確認しながら、膝をあげる。まさに地面に倒れこもうとしている男の顎に、膝の一撃がヒット。男は白目を剥くと同時に気絶し、地面に沈んだ。
素人相手にここまでするのは他でもない。
ゼノビアを、背中を見せている相手の不意を狙ったのだ。しかも殺傷力のある短剣を向けた。そういうあくどいやり方に、容赦をするつもりはない。
ドサッと男が地面に落ちる前に、素早く身をひるがえす。
公爵令嬢が僕を見ると分かると、体が勝手に動いてしまった。
自分のことを見て欲しいし、気付いて欲しいと思っているのに、そうなることが恥ずかしいとも思っている。そのせいで咄嗟に背を向けてしまったのだ。
しかも心臓がとんでもなくドキドキしている。
これはあの男を制圧したからではない。今、公爵令嬢が自分の背中を見ていると思うと――。
なぜこんなにも胸が高鳴るのか、自分でもよく分からない。どうしたら分かるのだろうか、この鼓動が速い原因を。
そこで気が付く。
公爵令嬢の言動は目の当たりにしていた。彼女の人となりも掴みつつある。さらにその大輪の薔薇のような美しい姿もこの目で確かめた。
だがまだ彼女と会話していない。
なぜ彼女が祖国から追放されることになったのか。
婚約破棄と断罪はトレリオン王国の発表通りなのか、何か裏はないのか。さらに彼女はツケメンを販売する旅をなぜしているのか、ゴールがあるのか。
そういったことを本人から聞きたいと思った。
彼女のことをもっと知りたいと感じたのだ。
そうすることで、自分の胸がこんなにも高鳴ってしまう原因も解明する気がしていた。
「……フェリスと会話をするため、僕はメルボロ大学で化学を教えている、ジョーンズ教授に扮することになった。……実は彼は実在している。ローストヴィルから南部へ転移魔法を使い、どれだけ移動できるか。その実証実験に付き合ってくれた上級魔法の使い手が、彼だ。年齢は四十代で、見た目も僕とは全く違う。だが君はジョーンズ教授のことを知らないだろうから、問題ないだろうと思った。むしろ化学に詳しい大学教授として君に会うことで、警戒心を解いてもらえると思った」
ベンチに座るフェリスに背を向け、背もたれに寄りかかるようにして、話をしていた。だがゆっくり振り返り、彼女のその華奢な背に手を載せる。
「ジョーンズ教授として君に会い、謎が解け、ますます魅了された。食へかける情熱。ピアへの優しさ。ストリート・チルドレンに対する考え方。初対面の東方料理の店主へ見せた親切心。さらに婚約破棄と断罪の真相。君がなんのために移動し、いつまで逃亡を続けるのかも、理解できた。その全てを知るにつけ、人間として君のことをとても好ましく感じ、君の側にいたい、共に生きたいと感じるようになった」
お読みいただきありがとうございます!
昨日はお昼更新が遅くなり本当にごめんなさい。
今日も会議があるので12時頃までには公開できているようにします!
次話から視点はフェリスに戻ります。
本日もよろしくお願いいたします☆彡























































