第三十六話:目を逸らすことができない
「きゃあっ」「うわ、なんだこのクソガキ!」
幼い少女の叫び声と大人の男性の怒鳴り声。
それは初夏の今、風を取り込むため開けている窓からしっかり聞こえてきた。
何が起きているのかと思い、階下を見ると――。
明るい空色に、白いフリルの実に可愛らしいデザインのワンピースを着ている令嬢が、目に飛び込んできた。着ている衣装は大変愛らしい。だが本人は……。
艶のあるブロンドに、宝石のような青紫色の瞳。鼻も口もとても小さく、その唇は柔らかそうなピンク色をしている。とても大人っぽい顔立ちだ。そして小顔で首と手足はほっそりしているが、胸はゼノビアとひけをとらないサイズ。ウエストは見事にくびれ、抜群のスタイルであることが分かる。
その容姿に加え、凛とした雰囲気。
存在感があった。
間もなく日没となる休憩所の、これといった特徴のない木造建物の前にいるだけなのに。彼女がいるだけで、その一帯が華やいでいるように感じる。
見知らぬ令嬢のはずなのに。なぜかとても気になり、目を逸らすことができない。
「おい、クソガキ! カップケーキじゃねんだよ! 俺の服が汚れてんだろうが!」
「あやまっているのに、そんな言い方はしなくてもいいのでは!?」
「なんだこのガキ……妙に肝が据わってんな……」
「あれじゃねぇ、路上にいるガキ。あいつら、ガキのくせに怖いんだよ」
会話からもしやと思い、ゼノビアを見る。
「公爵令嬢とピアよ」
あれがアイゼンバーグ公爵令嬢……!
ついに実物をこの目にすることができたと、胸がドクンと大きく反応する。
……なんだ、この反応は……?
戸惑った時だった。
「うん、なんだ、この女……すげー美人じゃねぇか」
「本当だ。お貴族様かぁ?」
「いい女じゃねぇか。まさかこのクソガキの母ちゃん……なわけないか。姉ちゃんか?」
男たちが公爵令嬢に手を伸ばすのを見た瞬間。
大切に眺め続けた薔薇を、汚い手で蹂躙されるような気持ちになった。
魔法を詠唱しようとして、ハッとする。
男達と彼女の間に炎の壁が出来た。
こんな場所で火の魔法を!?と思ったが違う。
あれは光の魔法を使った目くらまし。
本物の炎ではない。
しかも男達がひるんだ隙に、ピアという少女を助けようとしている。
その機転、判断力と行動力に胸が躍る。
ただの深窓の公爵令嬢とは、やはり違う!
自分でも驚いてしまうが、瞬時に彼女に魅了されていた。
「まあ、ヒドイわ!」
そこでゼノビアの目が鋭くなる。
公爵令嬢はピアを救い出せたのかと思いきや、そうではない。
男がピアという少女の襟元を掴み、強引に引っ張り、しかも口を押さえつけた。さらに仲間の男達が炎の壁が本物ではないと気付いたのだ。
「魔法を使ったら、このガキ、放り投げるぞ!」
男の言葉に、ゼノビアの瞳が冷徹に輝く。
どうやら彼女の中のスイッチが入ってしまったようだ。
ゼノビアが僕を見て、これは動くかと思った時。
「うわぁ」と叫んだ男が吹き飛び、公爵令嬢がピアを取り戻している。
風の魔法を一点集中で使い、男を吹き飛ばしたのだ。
「なんだ、この女、魔法も使えるが、頭も回りやがる」
「さっきからその口がうるさいので、閉じてもらいますね」
「!?」
今度は残りの男達の口腔内を、魔法を使い、空気で満たし、声を出せないようにしている。
この公爵令嬢のユニークな行動に、思わず口元がほころんでしまう。
きっと暴力を好むわけではない。相手を傷つけず、降参させる方法をとったのだろう。
彼女の根底にある優しさを、垣間見た気持ちになっていると、一人の青年がレストランから飛び出して来た。
ホワイトブロンドに紺碧色の瞳。腕には沢山のお菓子を持っている。それだけ見ると、お菓子好きの好青年に見えてしまう。しかしシャツやズボンから分かる筋肉は、相当鍛えたもの。軽装備をしているし、間違いない。
彼が公爵令嬢の護衛騎士だ。
同性である自分から見ても、朗らかな青年に見える。……これなら恋仲になってもおかしくないが、そうではないと、ゼノビアは言っていた。
本当にそうなのだろうか。
この護衛騎士は、実に魅力的に見えるが……。
いつ二人がそういう関係になってもおかしくないと思えてしまい、なんとも言えない焦燥感を覚える。
「雲行きが怪しくなっきたわね」
ゼノビアの言葉に我に返る。
男達は公爵令嬢の魔法により、ロープで縛られている状態だった。
だが……。
「な、俺達は悪くない! 悪いのはそこのガキだ! 余所見して、俺にぶつかり、服を汚した!」
「確かにそうです。クリーニング代はお支払いします。ですがあなたは子供に対し『クソガキ』と怒鳴ったり、強引に引っ張ったり、放り投げると脅したり。乱暴が過ぎます」
「そんなことしてねえよ! 言い掛かりはやめてくれ! 目撃者もいないだろうが!」
確かにこれは、公爵令嬢達の分が悪い。しかも男達は、ピアがストリート・チルドレンであることを指摘している。騒動に集まった人々も「なんだ、ストリート・チルドレンか」とネガティブな反応を示していた。
「ゼノビア」
「行きましょうか」
すぐの場所であるが、転移魔法で瞬時に移動した。
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