第三十五話:本当に悪女、なのだろうか……?
人間は性格の一貫性があるはずなのに、公爵令嬢が憐れなストリート・チルドレンに親切心を示さなかった。ツケメンをただで渡さなかった理由はこれだろう。
「ストリート・チルドレンに一度の食事を与えても、それは解決策にならない。彼らが本当に必要としているのは、一度きりの支援ではなく、継続した支援だ。中途半端な一度だけの手助けでは、救われない、救えないことを、彼女は分かっているのだろう。そしてピアという少女に、一度だけの支援になってしまう理由。それはそのツケメンの販売を、一か所にとどまり、するつもりはないからだ。移動した先々で販売するつもりなのでは?」
「……まあ、すごいわ! ヒントも与えていないのに、そこまで推理できてしまうの!?」
「……多分、公爵令嬢の考え方と俺自身の考え方に、共通点があるのだと思う。……しかし、そうか。屋敷で食事をしているところに俺達が現れた。一箇所に留まるのは危険だと認識してしまった。やはり移動を続け、追っ手をかわすつもりなのか。一体どこを目指しているのだろう……」
これについてゼノビアは「ひとまず夏の間は、最南端の最大都市サン・フォレストにでも向かうのでは?」と推測するが、それが妥当だろう。
だがしかし、一体いつまでそんな根無し草の生活をするつもりなのか。その辺りも公爵令嬢の考えを聞いてみたくなる。
「でもサン・フォレストまで泳がす必要はないですよね? ツケメンの味を確認したら、捕らえるのでいいのでは?」
そうだった。
公爵令嬢が自分の想像を裏切るので、つい興味の対象として考えてしまう。が、そもそもの目的は彼女を捕え、この国から退去してもらうことだった。
「ゼノビア」
「はい」
「そのストリート・チルドレンを連れ、移動を続けるようになった理由は?」
「ピアという少女は嘘をついていたのよ。マッチ箱は空箱で売り物ではない。『売れなくてお金がない』と言っては、大人たちからお金を巻き上げていた。それが分かり、公爵令嬢は『ツケメンを食べたいなら、騙したり、盗んだりしたわけではないお金で支払ってください』と伝えたのよ」
「……なるほど。それでそのピアという少女は?」
「煙突掃除をしてお金を手に入れ、無事ツケメンを食べることができたわ。公爵令嬢もピアが戻ると信じていたようで、完売寸前だったのに、残していたの、一食分を」
ピアは初めて食べたツケメンの味に感動。さらには懸命の労働で得たお金で食べることの意味を噛み締めた。盗んだ金ではなく、汗水流し働いたお金で食べるものは、とても美味しいと。
「その後、仕込みが始まり、ピアは手伝いを申し出て……。最後は公爵令嬢、ちゃんと給金もピアに払ったのよ。それでピアは帰って行き、おしまいになると思ったら……。翌日、ピアが仲間に加えて欲しいと申し出たの。そして公爵令嬢はそんなピアを受け入れ、共に旅を開始したのよ」
「つまり俺達に追われている身ながらも、ストリート・チルドレンであるピアの面倒を見ると、決めたのか」
「ピア自身、公爵令嬢におんぶにだっこになるつもりではないの。いつか自分でもツケメンのお店を持ちたい。それまで修行したい、弟子にして欲しいという提案だった。だからこそ公爵令嬢も、自身が追われる身であっても、受け入れることにしたのではないかしら? どの道、ピアと一緒にいる時間は長くないと考えて」
これを聞いて思うこと。それは……。
トレリオン王国が発表したアイゼンバーグ公爵令嬢の悪女像。ゼノビアから聞く実際の彼女の言動、さらには俺自身が推測した彼女の考え方。
それらはまったく一致しないのだ。
そこから考えてしまうことは一つ。
アイゼンバーグ公爵令嬢は、本当に悪女なのだろうか……?と。
自身の護衛騎士を大切にし、ストリート・チルドレンをはじめとした慈善活動の意義を深く考え、孤児であるピアという少女に手を差し伸べている。本当に悪女だったら、護衛騎士を切り捨て、宝飾品の入ったトランクを手に、一人逃走していたはずだ。ストリート・チルドレンに目を向ける必要なんてないはず。
彼女をこの国から追放する。それは本当に正解なのだろうか?
「ゼノビア」
「何でしょうか、今度は」
ゼノビアが肩をすくめつつも、僕が何か面白いことを言い出さないかと期待している様子が伝わってくる。
「君からの話、それに既に公爵令嬢がとった行動から考えても、彼女が本当に悪女なのか。確認したくなった」
「と、申しますと……?」
「ツケメンの味を確認すると共に、公爵令嬢の人物像も把握するつもりだ。それまでは捕えないし、一旦国王陛下への報告を止めよう」
これには「え、本気ですの!?」とゼノビアは驚くが――。
声が聞こえた。
幼い子供の悲鳴と、大人の男性の怒鳴り声が。
ゼノビアと共に二階の窓から、階下の様子を眺めることになった。
お読みいただきありがとうございます!
会議が長引き更新が遅くなりごめんなさい。
今後もこのようなことがあるかと思いますが
ご理解いただけますと幸いです。
次話は18時頃公開予定です~























































