第三十四話:ち、父親は誰なんだ!?
「……彼女、子連れになったから」
その一言にとんでもない衝撃を受けることになる。
「な……に、妊娠していたのか!? そして南部に来てから出産していた……!?」
「まあ! そんな表情もするのね!」
「ち、父親は誰なんだ!? 婚約破棄された第二王子?? それとも護衛の騎士!?」
「なんだか初心な反応だわ~。子連れといっても自分の子供、とは限らないでしょう」
これには「やられた」と思うが、仕方ない。早とちりし、冷静な判断ができなかった自分にも非はある。
そう思いつつ、アイゼンバーグ公爵令嬢が子供を産んだわけではないと分かり、安堵していた。
安堵。なぜ?
冷静に考えると、見たこともない公爵令嬢が妊娠して出産し、子連れになっていようが、関係ないではないか。なぜこんなに動揺したのだろう……。
恋仲でもない護衛騎士を、宝飾品やドレスよりも大切にし、給仕をさせずに自身と一緒に食事させていた。料理に詳しく、何とも美味しそうな香りがする鴨のローストとオレンジのパウンドケーキを、公爵令嬢という身分でありながら作っていた。
そんな公爵令嬢に自分は強い関心を確かに持っている。今、自分の中で強い関心を持っている彼女が急に子持ちになったと言われ、驚いた……だけだ。そしてそれが勘違いだと分かり、納得しただけ。安堵……ではないはず。
「それで子供と言うのは? 公爵令嬢の子供ではない、というなら、誰の子供なんだ?」
「孤児よ」
「孤児!? 孤児であれば孤児院に」
「ストリート・チルドレンよ」
これには「……!」となる。
国の保護下に置くこともできない、完全に孤立してしまった子供達。孤児院は門戸を広く開けているが、それを拒絶する子供もいる。既に先に収容されている子供達との折り合いが悪い、孤児院のスタッフとうまくいかない、などその理由は様々であるが……。
孤児院が受け入れた子供達には、すぐに仕事を覚えさせる。そして明日からでも働けるようにする――この考え方にネックがあるのではと、僕自身は考えていた。ようやく安心できる場所を得た子供達には、もう少し猶予を、さらには最低限の読み書き計算の知識を与えた方がいいのではと考えているのだが……。
「彼女、最初はそのストリート・チルドレンのことを拒絶していたのよ。名前はピアという女の子で、実年齢は十二歳。ところが実際は八歳ぐらいに見える。栄養が足りず、成長が追い付いていない。そんな憐れな少女が現れ、マッチ箱が入った籠を見せて『売れていないから、お金がない』と言って、彼女が販売しているツケメンをただで食べさせて欲しいと言ったの。でも公爵令嬢はそれを拒否したのよ」
「ゼノビア、待ってくれ。ツケメンとは一体何なのだ!? しかも販売している? どういうことなんだ……?」
憐れなストリート・チルドレンをなぜ拒絶したのか気になるが、それと同じぐらい、公爵令嬢がツケメンという謎の食べ物を販売していることに驚いてしまう。
「ツケメンは……ほら、護衛の騎士と二人で料理をしていたでしょう? その時に作っていたのが、試作品だったのよ。酔っ払いに絡まれた翌日、そのツケメンを休憩所にいた人達が『食べたい、食べたい』って言い出して。試作品だから無料でいいと彼女が言うのに、食べた人から『お金を払うよ』になっているのよ。驚きだったわ。食べたら美味しかったから、お金を払うと言い出したのよ? そうなったら商売を始めるしかないわよね?」
それは確かに驚きであるし、相当美味しいのだろう。
「ツケメンは、東方にルーツを持つ料理らしいけど……。スープをいれた器に、別で湯がいた小麦粉で作った紐状のメンというものをつけながら食べるのよ。半熟状態の、味をつけた茹で卵……ニタマゴと一緒に食べると、絶品らしいわよ」
まったく想像がつかないが、話を聞いているだけで、間違いなく旨いのだろうと想像できた。
鴨肉のローストとオレンジのパウンドケーキ。
両方とも自分は香りだけ楽しんだが、警備隊の隊員はパウンドケーキを食べ、絶賛していたのだ。公爵令嬢が作ったそのツケメンという料理。美味しいに違いなかった。
「ゼノビアはそのツケメンを食べたのか?」
「いえ。まだです。報告するまで接触を控えようと思っていたので」
「ではそのツケメンは俺が食べて報告する」
それを聞いたゼノビアは不思議そうな顔をした。
「ツケメンの味の報告、必要かしら?」
「ストリート・チルドレンに、そのツケメンをただで渡さなかった理由だが、なんとなく想像がつく」
「あ、誤魔化したわ! 単純に話を聞いて食べてみたくなったのね。……それでそのツケメンを憐れなストリート・チルドレンにただで恵まなかった理由。それが分かるというの??」
ゼノビアはその妖艶な見た目から、女性らしい性格に見られることが多い。だが実際は、男性のようなサバサバした性格をしていた。よって誤魔化したと指摘しながらも、サラッと流してくれる。彼女のそういうこところはとても気に入っている。一緒にいて疲れないからだ。
それはさておき。
公爵令嬢がストリート・チルドレンにツケメンをあげなかった理由、だ。
「恋仲でもない自身の護衛騎士を大切にしている公爵令嬢なら、そのストリート・チルドレンにも当然親切にしそうに思える。人間の性格は一貫性があるもの。本当に親切な人間であれば、相手の性別や年齢、性格など隔たりなく、親切にするはず。だがそうしないということは……」
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続きは12時頃公開予定です~























































