第三十二話:探し続ける
アイゼンバーグ公爵令嬢が転移魔法でどこへ向かったのか。
すぐに見つけられるかと思ったが、アルシャイン国は国土が広い。見つけ出すにも一筋縄ではいかなかった。
「食への関心が深いなら、この国の穀物庫と言われる東部エリアへ向かうと考えたわけね。でもはずれだった」
ゼノビアの言う通り。
ローストヴィルから忽然と姿を消した公爵令嬢がどこへ行ったのか。
僕の予想は東部エリアだったが、実際に転移魔法を使い、向かったものの……。「違う」と気付くことになる。
というのも魔力も強く、特級魔法の使い手と言われる自分にとって、転移魔法での移動は、どこも同じだった。余裕で一度の転移で移動できてしまうからだ。
だが上級魔法の使い手ではそうはいかないことに気付いた。
それは東部エリアの首都寄りを領地とする貴族と会い、会話した時に気付くことになる。
「なるほど。我が領地に隣国の悪女が現れる可能性があると……。ですがその悪女、上級魔法の使い手、なんですよね?」
「ええ。そうなんです」
微笑むゼノビアに鼻の下を伸ばしながら、既婚の領主は話を続ける。
「一度の転移でここまでは無理でしょう。西部のローストヴィルから、この東部に来るには、首都を経由するか、北部や南部を通る必要があります。転移魔法を使っても、何度も転移を繰り返し、魔力回復のために休む必要もあると思います。身一つで逃げるのであれば、いろいろと入り用になるので、首都に向かった可能性もあるのでは?」
この助言には「なるほど」となる。そして上級魔法と特級魔法の違いを意識する必要性を理解することになった。
領主との面会を終え、歩き出しながら、考えを口にする。
「地方都市にいると見せかけ、首都の外れに潜伏する可能性もあるのか。そこは」
「そこは首都警備隊を動かしましょう。……でも首都にはいない気がするわ。だって首都には転移魔法で入れないでしょう。それに首都へ入る門では、二十四時間三百六十五日で、目を光らせているのよ。悪女以外の悪党を含め、悪い奴らが首都に入れないように」
ゼノビアの言う通りだ。本来国境だけに展開されている障壁魔法を、アルシャイン国では首都にも展開している。これにより、悪意ある魔法の使い手の、首都潜入を阻むようにしていたのだ。
「首都にはいない……それは……そうだな。ならば北部へ向かってみるか。鉱山が多いエリアで、観光で訪れるような場所ではない。だが沢山の鉱夫がいて、その家族もいるため、鉱山町はとても栄えている。移民も多いから、紛れ込もうと思えば紛れ込める。あえて行かないと思われるエリアに向かうのではないか、才女であるなら」
こうして北部に向かい、護衛騎士を連れた美しい令嬢についての目撃情報を集めるが……。
「ちょっと奇をてらい過ぎたかもしれないわね。北部の町では、何もせずただ住んでいる人間は少ない。護衛の騎士が鉱夫でもしないと、町の中で浮くわ。もしくは商売を始めるとかしないと。こうなると南部ね。季節的にも南部では人が増える時期よ」
こうして南部へ向かうことになった。
上級魔法の使い手を同行させ、ローストヴィルから転移を行い、到着したのは……西部寄りの小さな村。転移魔法を行使した人間が、魔力切れにならないのは、この辺りが限界に思えた。だがこの村に公爵令嬢が潜伏していたら、間違いなく見つかる規模。ここにいる可能性は低いと思ったが、それでも聞き込みを行う。
「こんな小さな村ですが、墓地だけは広大。墓参りで周辺の村や町から人が訪れることは、それなりにあります。疫病で亡くなった人の遺体から、さらに疫病が広がることが、昔はよくありました。よって墓地を自分達の村や町に作りたがらない時期もありましたよね。この村はそんな他の村や町の受け皿になった歴史がありまして……」
村長に問うと、そんなことを話しだし、そして――。
「若く美しい女性を連れた騎士……そんな吟遊詩人が語るような二人がこの村に現れたら、覚えていることでしょう。でもそんな二人は見かけていません。ここ最近で村を出入りした、見かけない者は……」
首都へ向かった者。西部へ向かった者。彼らは除外することになる。そして近くの宿場町へ空の棺を運んだ男が一人いた。
「幌馬車を使っていたなら、荷台へ隠れることはできるわね。御者を護衛騎士が勤め、移動を開始したのかしら?」
「西部の時と同じように、屋敷を手に入れ、そこで暮らす――はもうしない気がする。常に移動し、追っ手を意識するように思えるな。棺を積んだ幌馬車をマークしよう。だがその前に俺は、転移魔法の実証実験につき合わせたジョーンズ氏を首都へ送り届け、西部へ向かった者の足取りを確認する。一旦別行動でもいいか?」
問われたゼノビアは妖艶に笑う。
「本来はダメ、なことよ。でもそう言っても聞く気、ないでしょう?」
そう言って扇子で僕の顎を持ち上げるゼノビアは、多くの男達を虜にする妖艶さがある。
だが自分にとってはそこまで。
妖艶であるが、以上、終了。
特級魔法の使い手であるだけで、命を狙われるばかりではなく、媚びられることもある。ハニートラップだってあるわけだ。ちょっとやそっとで女性に反応しない――それは異性を意識する年齢になってから、魔法を指導する師匠から叩き込まれたことだ。
「ああ。残念だがイエスの答えしか認めない」
人差し指で扇子を押し返し、「先に進んでくれ。ゼノビアのことならすぐに見つけられる。街道沿いをそれるなら、言付けを残してくれればいい」と告げると「分かったわ」と、扇子を引っ込める。
こうして一旦別行動となり、そしてその次でゼノビアに会うと――。
お読みいただきありがとうございます!
次話は18時頃公開予定です~