第三十一話:二人の関係
公爵令嬢が自身の護衛騎士と恋仲?
そんな三文オペラやロマンス小説の話が現実にあるのか?
貴族令嬢はプライドが高い。
しかも公爵令嬢だ。自身の護衛などメイドと同じぐらいにしか考えていないものでは……。
「報告します。氷室がありましたが、そこにも人はいませんでした。井戸の中なども確認しましたが、人が隠れていることはありませんでした」
「氷室……確認してみよう」
氷室へ向かい、そこにコンフィにするらしい丁寧に下準備された鴨肉などを見つけることになった。
「何か分かった? わたくしからすると、しっかり自給自足をしている――としか思えないけれど」
「獲物を捌いたのは騎士だろう。無駄のない捌き方だ。狩りに慣れ、捌くことにも慣れている。だがこの鴨肉は……もも肉に塩・胡椒・タイムなどが丁寧に刷り込まれている。これは護衛の騎士がやったとは思えない。彼がやるならもう少し雑……荒いはずだ」
「え、ではまさか、公爵令嬢が料理をしたの??? コンフィの下準備を自分で? 護衛の騎士にやらせずに!?」
平民のように、愛する男に美味しい物を食べさせたかった……ということか。
騎士との恋仲なのかどうかは分からない。だが公爵令嬢でありながら、鴨肉のコンフィの下準備ができる令嬢であることは分かった。才媛の才能は多岐に渡るということか。
そこでリビング兼ダイニングに戻ると、警備隊の隊員たちが厨房に集結している。
「なあに、皆さん。逃走先を示す、大発見でもあったのかしら?」
ゼノビアが尋ねると、隊員たちはなんだか慌てふためいている。
「? どうしたのかしら?」
そこで隊員たちがゼノビアのために厨房のスペースを開ける。
そしてそこには……。
「あ、オレンジのいい香りがするわね。これは……なんて美味しそうなのかしら? オレンジのパウンドケーキね。これを護衛騎士が作るわけがないから、公爵令嬢の手作り!」
これを聞いた隊員は「「「おおおっ」」」と声を上げる。
「食べてみたい方がいたら、召し上がってみては? このままでは勿体ないわよね。ちゃんと紅茶の茶葉も用意されているし、自分達で召し上がろうとしていたのでしょう。毒入りのはずがないわ」
これを聞いた隊員たちは「いいんですか、ゼノビア伯爵!」とざわつく。
ゼノビアはなんて破天荒なことを言い出したかと思ったが――。
「公爵令嬢と護衛騎士が戻って食べるなんてことはないでしょうから。それにテーブルのお皿は空っぽ。氷室の鴨肉は下準備の状態。公爵令嬢の料理の腕を確認できるのは、これしかないのよ」
なるほど。公爵令嬢がにわかで料理を始めたのか、そもそも料理の腕を持っていたのか。見極めたいという意図があると理解する。
「では有難く、いただきます!」
隊員たちは大喜びでオレンジのパウンドケーキを食べ始める。
爽やかなオレンジの香りが広がり、正直なところ。自分も食べたい気持ちになっている。それに拍車をかけるのが、隊員たちの反応だ。
「旨い!」「絶品!」「最高!」
食べた全員が口をそろえて賛辞の言葉を口にする。
「こんな手作り菓子を作れる貴族令嬢がいるなんて……」
「街一番のスイーツ店でも食べられない上品な味わいだ」
「オレンジの風味がたまらないし、極上の味……!」
これらの賞賛の声を聞いたゼノビアは驚きを隠せない。僕はというと、食べてみたい気持ちがますます高まるが、それを言い出すことはできずにいる。
「どうやら公爵令嬢はお料理が得意だったようね。妃教育だって忙しかったでしょうに。一体いつ料理の腕をあげたのかしら? この地についてから料理を学んで、ここまで上達したの? 愛の力が料理の才能を開花させた? いずれにせよこの公爵令嬢は……少なくともわたくしが知る公爵令嬢とはかなり違っていると思いますわ」
そこでゼノビアはクスリと笑う。
「なんだか追いかけるのが楽しみになってしまいます。どんなご令嬢なのか。しっかり観察もしたくなりますわ」
それは僕自身も同様だった。
だがまずは彼女がどこへ向かったのか。
その足取りを掴む必要がある。
そうなると大勢の騎士を連れて移動ではなく、転移魔法を使い、身軽に動く必要があった。すなわちゼノビアと二人での、ほぼ単独行動になる。
こうしてゼノビアと二人で、アイゼンバーグ公爵令嬢を追う旅が始まった――。
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