第三十話:さすが悪女
「一歩、遅かったわね」
屋敷は、公爵令嬢が暮らすには手狭過ぎるものだった。
裕福な平民が暮らすような屋敷であり、リビングルームとダイニングルームは分かれていない。リビング兼ダイニングで、厨房とつながっている。ここに本当に公爵令嬢が暮らしていたのか!?――そう思いたくなる狭さだったが……。
そこに公爵令嬢の姿はない。
ただ代わりに「トランクが残されていました」と報告が上がる。
「これは……」とゼノビアが僕を見る。
「転移魔法は、転移する質量に影響を受ける。少しでも遠くへ転移するため、荷物は放棄したのだろう」
「なるほど。潔いのね」
そう言いながら、ゼノビアが大きなテーブルの上を確認する。
「メインは終わり、これからデザート……だったのかしら?」
「正確にはワンプレートだ。スープやサラダの皿はない。そしてこの配膳からすると、食事をしていた人間は二人。給仕する人間がいないから、ワンプレートにサラダやメインをまとめたのだろう」
僕の言葉にゼノビアが「まあ」と驚く。
「トレリオン王国の公爵令嬢だったのよね? しかも王族の元婚約者。給仕なしで食事をしていたの? 供が一人いたのでしょう? 使用人ではないの?」
「報告します。他の部屋を確認しました。二つの寝室、バスルームが一つ、ランドリールームがありましたが、そこには誰もいません」
「報告します。厩舎、菜園、家畜小屋にも人はいません」
報告を受け「寝室を確認しよう」と告げ、リビング兼ダイニングを出る。
マスタールームはアイゼンバーグ公爵令嬢が使っていたのだろう。そこに何か転移先を示すものがあるのかというと……。地図や本はあるかもしれない。だがそこに印をつけるようなことはしないだろう。
ほぼ身一つで転移魔法を使う才女が、自らの転移先を明かすような証拠を残すはずがない。逆に証拠のようなものがあれば、それはブラフだ。騙されてはいけない。
そして知りたいのは同行している人間が何者であるか、だ。
もう一つの寝室へ向かい、ランプの明かりを灯す。
「まあ、この部屋、もしかして客室なのかしら? 綺麗に整理整頓されているわ。身の回り品は何もないわよ? そもそも使っていない部屋だったのでは? もしかして隣人を招いて食事をしていて、咄嗟にその隣人を連れて逃げたのかしら?」
ゼノビアの言葉を聞きながら、クローゼット、棚と確認し……。
「ベッドの下? そんなところに……」
「これだけか」
探り当てることができたのは、ベッドの下のずた袋。無造作に放り込まれていたのは、男性ものの下着やカミソリ。
「……従者、か。護衛騎士を連れているのか。だが従者ならここまでしない。この几帳面さは騎士だな。騎士は野戦に備え、身の回りの物を最低限にできる。さらに敵の潜入を踏まえ、自身の痕跡を常に残さないようにしているのだろう。……かなり腕の立つ騎士を連れているな。しかもここまで日々きっちりするのは容易ではないから、魔法も使える。元王族の婚約者の公爵令嬢の護衛。魔法は使えて当然だろうが……」
「なるほどね。トランクの中身はドレスや宝飾品だったわよ。だからあれは公爵令嬢のものよね。そのトランクを捨て、護衛騎士を連れ、転移した……普通なら」
「普通なら護衛を囮に逃走するはず。あたかもこの屋敷にまだ公爵令嬢が隠れていると思わせ、俺達の足止めをする。少しでも主である公爵令嬢を遠くへ逃そうとするのが、護衛であり、騎士の矜持のはず。それをしなかったということは……」
ゼノビアが僕を見る。
「……公爵令嬢が共に逃げるよう命じた、のね?」
「そうだろうな。主の命令でなければ、殉死を願うはずだ」
「公爵令嬢はドレスや宝飾品より、護衛騎士を選んだ。……もしかして恋仲なのかしら? 料理の給仕をさせることなく、共に食事をしているのよ。第二王子と婚約破棄になったと思ったら、自身の護衛騎士と深い仲だったなんて。さすが悪女、と言ったところね」
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ごめんなさい。
原稿を書く作業に集中し過ぎて更新時間を過ぎてしまいました。
次話は明日の7時頃公開予定です~
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