97.ラスボス登場!?
樹くんと過ごしたあと、覚悟を決めて上守城にやって来た私は、気がついたら円形のステージの上にいた。
この場所は実験室なのかな。
体重計みたいな機械からコードが伸びて、モニターに繋がっている。
ステージから降りると、床と天井が紫色に光っていて、どうやら、転送装置のようなものの上に、いたみたい。
キョロキョロしながら室内を探検していると、扉がウィーンと音を立てて開いた。
「おい。お前が弱小惑星S-003の人間か?」
突然、後ろから意味不明な言葉を浴びせられ、慌てて振り向く。
すると、そこには信じられない人物が立っていた。
「え! 海星くん!? どうしたの? こんなところで!」
彼にしては珍しく、上下黒っぽいシャツとスラックスを着ている。
まさかの潜入捜査? ゴーゥヤさんに手伝ってもらって⋯⋯とか?
「言葉は通じるのに、話は通じないみたいだな。優秀なのは祈願力だけか?」
目の前の男性は、見た目は海星くんなのに、声や言葉遣い、仕草なんかがまるで違う。
私が知っている海星くんは、もっと優しくて、穏やかで、ほんわかしている。
「あ⋯⋯! 分かった! 流星くんだ! 元気そうでよかったよ! お兄ちゃんにはお世話になってます!」
赤ん坊の頃に生き別れたと言う、双子の弟さんだ。
まさか、UFOに乗り込んで一番に会えるとは思わなかった。
さらわれたと聞いていたけど、健康そうに見える。
「俺はアギルの人間だ。家族なんていないし、こんな弱小惑星に関係者がいるわけないだろ」
「いやいや、こんなにそっくりな他人がいたらびっくりするよ!」
海星くんは、流星くんは洗脳されているだろうと言っていた。
記憶がない赤ん坊の頃に連れ去られたのなら、都合のいいことを教え込まれていても、なんら不思議はない。
「あのね、流星くん。あなたはもともとは、ルーンっていう星の王族の子孫なんだよ? アギルの人たちがルーン星を壊しちゃって、それで、逃げ延びた流星くんのお父さんは、この星でお母さんと出会って、流星くんと海星くんが生まれたの。それでね⋯⋯⋯⋯」
海星くんから聞いた話を伝えるも、流星くんは異星人の言葉に耳を傾けるつもりはないらしい。
いら立ったみたいに、立ったまま貧乏揺すりをする。
「しょうもない戯言に付き合うつもりはない。取引が成立した以上、死ぬまでアギルに貢献してもらうからな」
流星くんは私の手首を掴んで部屋を出る。
トンネルのような長い廊下には誰もいないのか、シーンと静まり返っていて、私と流星くんの足音がコツコツと響く。
「今からどこに行くの? 私は何をすればいいの? このUFOには、何人くらいの人が住んでいるの? どうやって浮いてるの?」
怖い顔をしながら歩く流星くんは、ずーーっと黙ったまま。
退屈しのぎに話しかけてみる。
「なんだお前は。ピーチクパーチクうるさいヤツだな。ついてくれば分かるんだから、少し黙ってろよ」
流星くんはピタッと立ち止まり、信じられないものを見るような目で、こちらを見てくる。
「だって、私はここに来るのが初めてなんだから、不安になるに決まってるじゃん! ちょっとくらい情報をくれても良いでしょ? 少し黙ってろって何分くらい? このまま歩き続けるの?」
更に質問を重ねると、流星くんは、ぷーっと吹き出し笑いをした。
「バーバリアンの姫は、随分と騒々しい人間みたいだな。そっちがそういうキャラなら、もう気を遣わなくてもいいか」
「バ⋯⋯バーバリアン!? 野蛮なのはどう考えても侵略者のそっちでしょ!? そもそも、今のところ、何かを気遣ってもらった実感がないんだけど⋯⋯」
実は流星くんも緊張していたということなんだろうか。
ひとしきり笑った後の彼は、少し表情が和らいだ気がする。
UFOの内部は長い廊下と複数の部屋で構成されていて、SF映画にありがちな、地下シェルターの街といった印象だ。
暗くて、無機質で、けど生活に必要な設備は用意されていて⋯⋯
途中、何人かのアギル星人とすれ違った。
彼らに共通する特徴は、ゴーゥヤさんと同じ、オレンジ色の髪と瞳。
対して流星くんは、ダークブロンドの髪と青い瞳で、明らかに違う民族の血が流れているのが、分かりそうなものだけど⋯⋯
「◎#!%$△●♭」
「▲☓♪▽?」
アギル星人同士の会話が聞こえてくるも、全然聞き取れない。
「ねぇ、あの人たちはなんて言ってるの? どうして流星くんは私と同じ言葉が話せるの?」
「俺は時々、調査のために下に降りてるからな。最近では朝倉との交渉も俺が担当してる。あいつらは『とうとうプリンスの番が見つかったのか』『蛮族の兵器姫』と言っている」
そうなんだ。調査のために勉強したってことなのかな。
それに、朝倉統括との交渉担当は、流星くんだったんだ。
「色々気になるんだけど、プリンスってのは流星くんのことだよね。それで、番っていうのはどういうこと? 鳥の番とかとおんなじこと? それと、さっきから寄ってたかって人のこと、蛮族って言うの止めてもらえませんか? 野蛮なのはそちらですからね!」
通りすがりのアギル星人に文句を言うと、彼らは一瞬驚いたものの、顔を見合わせて笑い始めた。
お腹を抱えて、人のことを指差して⋯⋯
「プププ! ウェイ! ポッポー!」
何を言われてるのかはわからないけど、間違いなく馬鹿にされている。
ムッとして言い返そうと近づくと、流星くんに腕を引かれた。
「なっ⋯⋯アギル星人の言うことが正しいって? こっちは一方的に攻撃されて、何人も命を奪われてる。同盟が結ばれた後だって、大怪我させられて、生活を無茶苦茶にされてるんだよ? 馬鹿にされる筋合いはないから!」
今度は流星くんに食ってかかろうとすると、彼は私のことを片手で制止し、前に出た。
怖い顔になった流星くんが何かを言うと、私を馬鹿にしていた人たちは、両手をこすり合わせるようにして、立ち去って行った。
なんて言ってるかはわからないけど、謝罪された?
流星くんの顔を見上げると、彼はぼそっとつぶやいた。
「悪かったな」
「⋯⋯⋯⋯え?」
流星くんはこちらを振り返り、頭を下げる。
「元来、俺たちの中で、お前たちの呼び名は蛮族だ。そういう認識でいることで、この侵略が正当化されるからな。けど、お前たちからしたら、理不尽に攻撃された上に、蔑称で呼ばれるなんて嫌だったよな」
反省したようにしょんぼりとする流星くん。
恐ろしい侵略者の一味も、意外と共感能力があるのかも。
「謝ってもらったからって許せないけど。まぁ、ちょっと意外というか、驚いた⋯⋯かも?」
首をかしげながら、彼のことを見守っていると、なぜか手を取られ、ぎゅっと握られた。
「俺たちは今までは敵同士だったし、育ってきた環境も、価値観も違うはずだ。それでも、これからは力を合わせないといけない。俺たちは夫婦になるんだから」
前半、ウンウンと相づちを打っていたのに、後半、なんだか良く分からないことを言われたような気がする。
「⋯⋯⋯⋯え? 夫婦? 番ってやっぱり、そういう意味?」
私がここに差し出された理由が、判明したのだった。




