89.レディ・ラック
カンガルー型エイリアンが暴れ回っている、上守城周辺にやって来た。
まずは、影からターゲットの様子を観察する。
私たちが担当するカンガルーたちは、二メートルほどの大きさで、しっぽでバランスを取りながら後ろ足で空中に蹴りを入れたり、両足を揃えてぴょんぴょんと飛び回っている。
「この前、通報があった謎の飛び跳ねる生き物って、アイツらとちゃうん?」
光輝くんは、怪訝そうにエイリアンたちを睨みつけながら言う。
「確かにこの国には野生のカンガルーはいないから、見慣れない人も多いだろう。しかし、猫くらいの大きさと言うには、大きすぎるな」
陽太さんは不思議そうに首をひねる。
「それはさて置き、作戦は先ほど伝えた通りだ。カンガルーの蹴りは正面から食らうと、もっともダメージが大きい。気を引き締めて行こう」
冬夜さんから告げられた通りに、配置についた。
今回、私が使用する武器は『勝利の女神』という武器で、穴開きグローブとシューズのセットで使用する。
穴開きグローブの拳の部分と、シューズの底にブレードが仕込まれていて、拳と蹴りで戦うというものだ。
一年ほどしか扱っていない剣に比べてこの武器は、自分の身体をそのまま使えばいいから、空手の経験を活かせる。
以前、樹くんがアドバイスをくれた、ファイター専用武器がようやく形になった。
そして、この武器の最大のメリットは、剣と同様、ディア能力が低い状態でも、十分な火力を出せるということだ。
しかし、目の前のカンガルーは隊員を危険な状態に陥らせた凶暴なエイリアン。
白っぽい灰色の皮膚は、関節周りに少しシワが寄っていて、じんわりと湿っているように見える。
「作戦開始!」
合図と同時に、まずは樹くんがカンガルーの足元に何発かグレネードを撃ち込んだ。
グレネードは炸裂する瞬間、足元に芝生が生えるように広がっていき、カンガルーの足元に絡みつく。
その隙に間合いに入って、顔面に蹴りを入れ、手による攻撃が来るタイミングで後ろに下がると、陽太さんと冬夜さんがサブマシンガンで大量の弾丸を浴びせる。
サブマシンガンのクールタイムに、再び私が前に出て、攻撃をしかけ、敵のヘイトを引き受けている間に、海星くんが背後から忍び寄って、首を掻き斬った。
「この調子でどんどん片付けるぞ」
新武器レディ・ラックは攻撃の感覚が身体に馴染むから使いやすい半面、後衛から矢を撃つよりも活動量が多いし、動体視力も使う分、消耗が激しい。
私と海星くんのクールタイムには、陽太さんと冬夜さんがサブマシンガンで、ゴリゴリと敵を削っていく。
この二人の火力も、たいがい常人離れしている。
五体ほど片付けたところで、三体のエイリアンが同時に近づいて来た。
「海星と樹、光輝と小春、陽太と俺の三組に分かれて対処する」
冬夜さんの指示で陣形を変え、目が合ったカンガルーと対峙する。
「小春ちゃん、いくで!」
光輝くんのいつもの合図に目を閉じると、光輝くんがスパークルバーストを焚いた。
閃光が収まり目を開けると、いつもなら目くらましを食らって動けなくなっているはずのエイリアンが目の前にいた。
後ろ脚を使った蹴りを肩に食らい、後ろ向きに吹っ飛ばされてしまう。
地面に着地する瞬間、後頭部を激しく打ちつけ、頭が割れるような激痛が走るのと同時に、視界が歪む。
「小春ちゃん!!」
光輝くんは悲痛な叫び声をあげながら、駆け寄って来た。
「大丈夫です。蹴られたのが肩でセーフでした」
頭に食らったら頭蓋骨や首の骨が折れていたかもしれないし、胸やお腹に食らったら心臓や肺、肝臓なんかが破裂していたかも。
腕を借りてなんとか体勢を立て直す間、カンガルーはファイティングポーズを取りながら、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「スパークルバーストは使えんから、ブレードに切り替えるわ」
光輝くんはショットガンを腰のベルトにしまい込み、ブレードを引き抜いた。
二人でカンガルーの後方からサイドを挟み込むようにポジションを取って、隙あらば攻撃を入れていく。
けど、さっき食らった攻撃が重かったのか、俊敏性は落ちるし、頭が働かないような気がする。
もしかして、脳がやられてる?
それを察知したのか、このカンガルーは、どれだけ挟み撃ちにされても、私を正面に見据えて蹴りを入れようとしてくる。
さっきまでのエイリアンたちとは雰囲気が違う。
この個体だけ、戦闘センスがある? 知能が高い?
光輝くんも私を守ろうと攻撃を入れ続けているけど、肉を切らせて骨を断つの精神なのか、私を仕留める隙を狙っている。
「小春ちゃん、一旦、引こう。俺らだけ孤立してる」
光輝くんの言葉に自分たちの位置を確認すると、みんなとの距離が空いてしまっている事に気がついた。




