86.クリスタルフロッグ
海星くんと見つけたクリスタルフロッグの卵と、なぜか車で駆けつけた研究部員の米谷さん。
「ここらの卵は全部回収して、さっさと退散するよ〜!」
米谷さんはビニール手袋をはめた手で、卵を回収し、虫かごに入れた。
そして素早く手袋を脱いで、再び運転席に乗り込む。
「小春ちゃん、何をぼーっとしてるの! 早く乗って!」
米谷さんは窓から顔を出して、後部座席に乗るよう手ぶりで訴えかけてくる。
「え? だって私たちは、まだ任務が終わってな――」
「説明はあと! まずは移動だよ!」
米谷さんは焦ったように言うけど、いやいや。そんなこと突然、言われても⋯⋯
どうしたら良いのか戸惑っていると、無言の海星くんにそっと背中を押される。
「まぁ、海星くんもそうするのなら⋯⋯」
理解できるように説明してもらうため、まずは大人しく車に乗ることにした。
「クリスタルフロッグって言うのはね。デザライトの埋蔵量が多い地域にのみ生息する希少な生き物なんだよね。それで、卵がディア能力の高い人間に触れることで、成長が進んで、やがて孵化するんだ」
移動中の車内。
米谷さんは運転をしながら、解説をしてくれた。
「デザライトの埋蔵量が多い? デザライトって、こんな田んぼの側でもたくさん採れるんですか? てっきり広大な採掘場とかで採れるのかと⋯⋯」
鉱石って、山の洞窟とか、岩場で採れるものじゃなかったんだ。
「その話をするためには、デザライトって、そもそも何? って話をしないといけないね。まず、デザライトは便宜上、奇跡の鉱石って呼ばれているけど、実際は金銀、ダイヤモンドみたいな鉱石じゃない。ある意味で人工物。ジャンルとしては、化石に近いのかな」
デザライトは鉱石じゃない?
古の生き物の痕跡である化石?
「この上守市という場所は、基地がある護城市もそうだけど、昔からの史跡がたくさん残っているよね? 大昔の人の生活の痕跡が残る地中を掘ると、デザライトがたくさん採れるんだ。それは、デザライトが人間の涙や汗から作られるから。デザライトは人々の願いと努力、そして絶望の結晶ってこと」
約40年前に発見され、エイリアン討伐の鍵となった鉱石、デザライト――奇跡の鉱石と呼ばれたそれは、大昔の人間の涙や汗が結晶化したもの。
防衛隊の基地は、とある史跡群を破壊して建てられたと言われている。
それはデザライトを掘り起こすためだったんだ。
「特に上守城とその周辺で生活していた一族は、ディア能力が高かったみたいだね。デザライトはディア能力の高い者からしか作れないから。それがUFOがこの街に目をつけた理由」
ディア能力が高い一族が住んでいた上守城。
そこでは幾度となく戦が行われ、人々は苦しみや怒りで涙し、平和を強く願ったことだろう。
UFOはそんな上守城に目をつけた。
デザライトを狙って⋯⋯?
「エイリアンは、なぜデザライトを欲しがるんでしょうか? デザライトを渡せば、帰ってくれるんですか?」
本当にそれがUFOの目的ならば、やり方次第ではこの星への侵略をやめさせることができるかもしれない。
「それはどうだろうね。エイリアンを討伐するためにはデザライトが必須だから、相手が欲しがるだけ渡してしまえば、自分たちの身を守る術がなくなる。政府がこの殿宮県に税を免除してまで人々を残す理由は、デザライトをこれからも作り続けたいからだ。結果的にはディア能力が高かった一族の末裔を引き留められたかは疑問で、他府県からの流入者が増えた形になったけど。それでも、小春ちゃんみたいな優秀な子が来てくれた」
エイリアンが求めるデザライトを渡してしまえば、今度は自分たちの生存が危ぶまれる。
だとすると、これは奪い合いの侵略戦争なんだ。
エイリアンの長であるオクトパスと交渉するとか?
けど、今まで誰も彼らと会話が成立したことがないらしいし。
それどころか、政府はデザライトをもっと欲しがっている。
そのために、殿宮県内に人を留めて、気が遠くなるような未来に化石が発見されることを、今から期待している。
「つまり何が言いたいかというと、小春ちゃんはこれからこの卵たちすべてに命を吹き込んで、オタマジャクシからカエルになるまで、面倒を見てってこと」
米谷さんの解説は急に飛躍したかとおもったら、とんでもない依頼をしてきた。
「すべての卵に命を吹き込めって⋯⋯百個位はありそうですけど。細胞分裂を始めるのはお手伝いできたとしても、これだけ大量のカエルを私一人では面倒見きれません。それに、このクリスタルフロッグって言うのは、エイリアンじゃないんですよね? 私たちの味方なんですよね?」
部屋に持って帰るのは、置き場所もないし無理だ。
そもそも、大きな水槽も準備しないといけないし、カエルのエサって虫とかだよね?
学業や任務がままならないほど、お世話に時間と手間を捧げなくてはならないのでは⋯⋯?
「クリスタルフロッグは奇跡の生き物。この星がさらなる危機に陥った時、きっと状況をひっくり返してくれる。カエルだけにね」
米谷さんは下手くそなウインクを飛ばして来る。
そんな、オヤジギャグみたいな事を言われても⋯⋯
「このカエルたちが大切なことは分かりました。けど、飼育のことはもう少し考えさせてください。あと、任務に支障が出るのなら、陽太さんにも報告しないと」
「報告は無用だよ。この生物の事は三人だけの秘密だからね。世界を揺るがす世紀の大発見だから、部外者に知られたら、悪用されかねない」
米谷さんはピシャリと言って、首を左右に振った。
「部外者も何も、私たちは防衛隊員でしょ?」
先ほどから黙ったままの海星くんに同意を求めると、愛想笑いをするみたいに口角をあげた。
「え⋯⋯⋯⋯もしかして、二人は仲間の事を信じていないの? それに、二人はどうしてクリスタルフロッグの事を知ってたの? あえてみんなには黙ってたの?」
疑問をぶつけようと詰め寄ると、人さし指を唇に当てられた。
「⋯⋯今はまだ時期じゃない⋯⋯敵は近くにいる⋯⋯」
海星くんは意味深な言葉を残し、それ以上は何も答えてくれなかった。




