79.匂わせ注意報
コラボ商品が無事に決まり、これからは実際の商品サンプルを確認して、最終的なデザインを微調整する段階に入ったとのこと。
この工程さえ終われば、あとは企画部が中心となって、PRや受注、生産依頼、発送手配などをしてくれるので、樹くんは解放される。
相変わらず樹くんは忙しそうだけど、学校の授業も訓練も元気そうに参加している。
そんな日が続いたある日。
ゆりにゃんのキラスタが更新された。
『ずっと行ってみたかったお店♡』
一枚目の写真はお店の看板で、それは防衛隊の基地の近くにある、おしゃれなレストランだった。
二枚目の写真は、暗めの暖色系の照明に照らされた店内の写真。
三枚目はテーブルに並べられたお料理の写真。
その写真を見て、背筋がすーっと寒くなる。
え⋯⋯樹くん?
ゆりにゃんの向かい側に座っているのは、服装や腕の筋肉の感じからして、おそらく男の人だ。
なぜこれが樹くんと言えるかというと、写り込んでいるスマホの待ち受け画面が、樹くんの愛犬のウィルだから。
#防衛隊基地の近く♡
#一緒に食べると美味しいね♡
#犬好きに悪い人はいない♡
⋯⋯⋯⋯樹くん、ゆりにゃんと二人で会ってたのかな。
いや、きっと光輝くんたちも一緒でしょ?
でも、二人がけのテーブルだったし⋯⋯
それから少しして、再びキラスタの通知が来た。
『寛ぎなう♡』
それは、ゆりにゃんのお部屋っぽい場所で、ゆりにゃんがダボダボのパーカーを着ている写真。
明らかにサイズが合っていなくて、男性ものなのかなと想像できる。
#小さいって言わないで
#包まれる安心感
#マウンテンブリーズのパーカー
これ、全く同じパーカーを樹くんが着てるのを見たことあるような。
それがただの記憶違いではないことを裏付けるように、コメント欄が荒れ始める。
『樹くんのパーカー』
『お泊りデートってこと!?』
そうか。いつの間にか二人は、そこまで仲良くなってたんだ。
お部屋に招待したり、洋服を貸したりするくらいの⋯⋯
心が割れたみたいにショックを受ける。
けど、そもそも私に傷ついたり、さみしがったりする権利なんてある?
樹くんが明確な好意を向けてくれていたのに、自分の気持ちに上手く名前をつけられないからと、ズルズルと中途半端に繋ぎ止めて⋯⋯
彼にとって、より良い相手が見つかったから、そっちに行ったってだけの当たり前の話じゃん。
そして、極めつけは⋯⋯
それから数日して、また、ゆりにゃんのキラスタが更新された。
放課後、基地に向かって一人歩いていると、嫌な通知音が聞こえてくる。
立ち止まってキラスタを立ち上げると、ゆりにゃんが投稿した写真に映っていたのは、六連星とフローラルブーケのコラボ商品のキーホルダーだった。
それも、樹くんの色の⋯⋯
『試作品をちょこっとだけお見せいたします! 短いメッセージも刻印できるので、プレゼントにもおすすめですっ!』
#一番好きな色♡
#想いよ届け♡
#恋のキューピッド♡
キーホルダーを拡大してみると、『With Love』と刻印されていた。
樹くんがゆりにゃんに向けて贈ったメッセージなのかな。
なんだ。順調そうじゃん。
暗い気持ちになりながら、トボトボと基地に帰っていると、後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
「小春ちゃん! ちょっと待って! 一緒に帰ろ!」
声をかけてきたのは樹くんだった。
「あ⋯⋯うん。いいよ。途中まで⋯⋯ね」
別々の部屋に帰るんだから、途中までなのは当たり前なのに。
わざわざ強調してどうするの。
まるで構ってちゃんみたい。
「小春ちゃんさぁ、なんか最近、俺のこと避けてない?」
「え? そうかなぁ。別に普通だと思うけど。ほら、樹くんって最近忙しそうだから、あんまり話しかけたら悪いかな⋯⋯って」
図星を突かれて声がひっくり返りそうになる。
けど、樹くんが忙しそうなのは事実だし。
「そう。なら良いけど。実は、小春ちゃんに渡したい物があるから、部屋まで来てくれない?」
「うん⋯⋯なんだろう」
いつもなら、もっとテンションが上がるはずなのに。
気乗りしないまま、少し早足の樹くんの後ろをついていく。
「待ってね。テーブルの上に置いて出てきたから」
樹くんはそう言って、スクールバッグの中から玄関のカードキーを取り出した。
カードキーが入ったケースには、見慣れない革のキーホルダーがついていた。
それも、ゆりにゃんのメンバーカラーのホワイトのキーホルダーが⋯⋯
「あ⋯⋯ごめん、樹くん。やっぱり帰る。ゆりにゃんに悪いし。お幸せに」
目をまん丸にして驚く樹くんを置いて、自分の部屋まで走って逃げた。




