64.クリスマスの夜
12月24日。
クリスマスイブデート当日。
夜になるのを待ってから、光輝くんと二人でイルミネーションを見にきた。
場所は、防衛隊の基地の最寄り駅。
駅前から隣駅まで続くイチョウ並木がライトアップされているのを、一緒に見ようというわけだ。
昼間に二人で出歩いてたら目立つかもしれないけど、夜だし人も多いから気づかれないだろうと。
「なぁ、小春ちゃん。今日は手、繋いでもいい? ほら、やっぱ寒いから」
光輝くんは、はにかんだように微笑みながら手袋をはめた右手を差し出して来た。
「まぁ⋯⋯そうですね⋯⋯手だけなら⋯⋯」
同じく手袋をはめた左手をそっと差し出すと、ぎゅっと握りしめられ、一瞬で恋人つなぎになった。
寒さで冷たくなっていた手が、じんわりと温まっていく。
「よっしゃ〜! ありがとう!」
光輝くんは子どもがするみたいに、繋いだ手を前に後ろに大きく振りながら笑う。
手を繋ぐだけで、こんなにも喜んでもらえるなんて。
しかし、光輝くんと一緒にいると、やはり気になるのは一華さんの体調のことだ。
今日の一華さんは仕事の延長で、モデル仲間と撮影スタッフとクリスマス会のご予定だそう。
恐らくお呼び出しは、ないだろうとのことだけど⋯⋯
「ほら、見て、小春ちゃん、綺麗やで」
優しい声で促されて正面を見ると、歩道の左右に立ち並ぶイチョウの木が、電飾で彩られている。
明るい曲調のクリスマスソングの音と連動して、色が変わる。
赤、黄、緑、青、そしてピンク。
「私たちの色みたい!」
「せやなぁ、さすがに黒は、ないみたいやけどなぁ」
「冬夜さんは名前の通り、夜空ということで。おかげ様で私たちも、より一層輝ける的な⋯⋯」
「たしかに!」
そんな会話をしながら、手を繋いで人の流れに沿って歩く。
「小春ちゃんと見に来れて良かった」
光輝くんは、そうつぶやいたあと、一度だけ手をぎゅっと強く握った。
光輝くんと恋人になったら、いつか、一華さんのことが落ち着いたら、こんな風にキラキラした日々を送れるのかなぁ。
並木を通り抜け、隣の駅にたどり着くと、広場にはクリスマスマーケットがあった。
三角お屋根の真っ白なテントが、ずらりと並んでいて、温かい飲み物やサクッとつまめる軽食、クリスマスらしいオーナメントなどが販売されている。
温かいココアを買って、他のカップルたちと同じように、広場の花壇に腰かける。
「はぁ〜温かい⋯⋯⋯⋯はは! 口からすんごい湯気が出てくる! 機関車になった気分!」
いつ雪が降ってきてもおかしくない寒さに、吐く息が真っ白になる。
先ほどから静かな光輝くんの顔を見上げると、愛しそうな目で見つめられていた。
不意打ちを食らい、慌てて目をそらす。
「なぁ、小春ちゃん。クリスマスプレゼント用意してきてんけど⋯⋯アクセサリーは重いかもやけど、これなら受け取ってもらえる?」
光輝くんは、ピンクの袋に黄色いリボンがかかったプレゼントを渡してくれた。
リボンを解いて中身を見ると⋯⋯私たち14代目六連星のぬいぐるみが仲良く6体入っていた。
俵型のぬいぐるみは、どんどん積み上げて飾れる仕様で、先代のぬいぐるみたちと重ねることも可能だ。
「やったぁ〜! めちゃくちゃかわいい! ありがとうございます! どの子もちゃんと特徴をとらえているんですよね。ほら、似てる!」
光輝くんの顔の横に、イエローの人形を持ってくると、光輝くんはキメ顔をした。
髪の毛の金色はもちろんのこと、目元の雰囲気も本人とそっくりだ。
頂いたプレゼントを大切にしまい、今度は私の番。
「光輝くん、前に落ち着いた色のネクタイが欲しいと言ってたので、あと、ネクタイピンも。どうしよう、私の方こそ重かったかも⋯⋯」
ブラウンのネクタイとゴールドのネクタイピン。
デパートの紳士服売り場で、店員さんとも相談して決めたから、おかしなものではないはずだけど⋯⋯
「ありがとう、小春ちゃん。そんな話まで覚えててくれたんや」
光輝くんは、タートルネックのセーターの上にネクタイを巻いて、ネクタイピンを留めた。
「うーん。なんか変だけど、光輝くんがやると流行るかも?」
ネクタイは襟付きシャツとセットというのは、思い込みにすぎないのかも。
「小春ちゃん。大好き」
光輝くんは私の前髪を指でよけて、ちゅっとキスをした。
「あっ! あ〜!」
今日は手を繋ぐだけだったはずなのに、いつの間に⋯⋯
「おでこはセーフ? アウト?」
光輝くんは甘えるような声で尋ねながら、顔をのぞき込んでくる。
だから、私はその顔に弱いんだって⋯⋯
「ん⋯⋯セーフで」
と返事をした途端、再びおでこにキスされる。
やわらかく、はむはむとついばまれる。
外なのに、なんてことをしてくれるのか。
幸い周囲のカップルたちも、自分たちの世界に入っている。
おでこにキスされてるだけなのに、胸の奥がキュンとなる。
物足りなさを感じてきた頃、光輝くんの携帯が鳴っている事に気がついた。
「光輝くん」
右手でおでこをカバーし、左手で光輝くんのコートのポケットをポンポンと優しく叩く。
温かな身体が離れていくと、外気温の冷たさと寂しさを感じる。
光輝くんは、深呼吸をしたあと、メッセージを確認し、険しい表情になった。
「なんて言ってるの?」
「手首に包帯巻いてる写真が送られて来た。今すぐ会いに来てって」
光輝くんは、私にはその写真を見せなかったけど、それってまさか、自分で⋯⋯
「小春ちゃん、ごめん⋯⋯」
光輝くんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「うん。私は大丈夫。気をつけてね、光輝くん」
また切り傷を作って帰って来たらどうしよう。
不安だけれども、私にはこれ以上、どうする事も出来ないから。
光輝くんは電話をかけながら、地下鉄への階段を下り、消えていった。
さぁ、私も帰ろ〜っと。
先ほどとは違って、ひとりぼっちで、カップルの海を泳ぐ。
私は大丈夫って? そんなわけないじゃん。
私、全然、光輝くんの特別じゃないじゃん。
嘘つき。
なんて思うだけで、自分が悪い人間になった気分。
悪いのは一華さんじゃなくて、彼女を苦しめる病気なのに。
私とクリスマスを過ごしたいと言ってくれた男性は、たくさんいたはずだけど、何故か一人ぼっち。
涙でイルミネーションがどんどんぼやけて、まぶしくなる。
涙を拭いながら歩いていると、誰かとぶつかってしまった。
「あっ⋯⋯ごめんなさい」
その方の顔を見上げて、心臓が止まりそうになる。
たった今、光輝くんが会いに行った、一華さんだ。
光輝くんと電話してたんじゃないの?
わざと別の居場所を伝えたってこと?
このままだと光輝くんが電車に乗っちゃう。
「あんたたちにとって、私は邪魔者なんでしょ? お望み通り、今から死んでやるわよ」
恐ろしい予告する一華さんの目は虚ろで、焦点が合っていない。
「おい! こんなところで立ち止まらないでくれよ!」
通行人の男性に注意され、慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい。すみませんでした」
一華さんを振り返ると、すでに彼女は居なくなっていた。
慌てて姿を探すけれども、見つからない。
人の波から何とか逃れ、少し人気のない場所に出ると、一華さんがビルの入り口に入っていくのが見えた。
ビルの高さは十階相当。
「光輝くん! 一華さんがいた! 早く戻って来て! ビルから飛び降りる気!」
光輝くんに音声メッセージを送ったあと、大急ぎで一華さんの後を追った。




