60.誰かのヒーロー
樺山さんから情報を得た日の昼休み。
私は覚悟を決めて、光輝くんを校舎裏に呼び出した。
待ち合わせ場所に向かうと、光輝くんはすでにそこにいた。
天を仰ぎながら、壁にもたれて、ため息をついている。
普段は明るいムードメーカーな彼の辛そうな様子に、胸が締め付けられる。
「光輝くん⋯⋯」
少し離れたところから声をかけると、彼はこちらに向かって走って来た。
正面から、がばりと抱きしめられる。
「小春ちゃん⋯⋯誕生日の日はごめん。しかも俺、その後のフォローも出来ずに。ごめん。ごめん」
光輝くんは謝ってくれた。
辛そうに何度も何度も⋯⋯
震える声や手の冷たさ、腕に込められた力の強さから、彼の気持ちは痛いほど伝わってきた。
それでも、今みたいな曖昧な説明のままでは、受け止める事は到底できない。
私は両手で光輝くんの胸を押し返し、その腕から逃れた。
「え⋯⋯小春ちゃん⋯⋯」
傷ついたように表情を歪め、その場で固まる光輝くん。
そのあまりにも辛そうな反応に、罪悪感が湧く。
「ごめんなさい。でも、今のままじゃもう、光輝くんのこと男性として見れません。誕生日に理由もなく私を一人ぼっちにする人と、恋なんてしたくない。ブレスレットも受け取れません」
カバンからジュエリーボックスを取り出して、彼の胸に押し当てると、彼の表情はますます歪んだ。
でも、ここではっきり伝えておかないと、ズルズルと引きずり込まれてしまうから。
「一昨日、光輝くんが会ってたのって、小倉先輩じゃないですよね? 私、本当は着信画面が見えちゃったんです」
もう隠しきれないと悟ったのか、光輝くんは覚悟を決めたように語り始めた。
「あの日、電話の相手は一華やった。昼間、嫌なことがあったから、大量に薬を飲んだっていう連絡やった。助けに来てくれないなら、手首も切るって」
昼間あった嫌なことって、もしかして、私と話したこと?
それで辛くなって、自ら薬を飲んで、光輝くんに助けを求めたの?
「病院には? 一緒に行ったの?」
「いや。結局、薬飲んだっていうのも嘘やったって。だから病院にも行かずに、ずっと泣きつかれて、慰めてた感じ。俺さえそばにいれば、アイツは落ち着くから。けど、実際に薬を飲んでたことも過去にあるから、突き放せんくて」
光輝くんは恩人である一華さんを必死に支えている。
自分だってダメージを受けているのに。
「俺のディア能力が一時期下がったんは、正直一華の影響やと思ってる。けど、小春ちゃんがいてくれたから持ち直せた。六連星を続けられた」
一華さんの支えが光輝くんであるように、光輝くんの支えもまた私なんだ。
だとしたら、私はどうしたらいいのか⋯⋯
「光輝くん、一華さんを救う方法を一緒に考えましょう。私に出来ることがあれば何でもしますから」
光輝くんの手を握ると、彼は驚いたように私の顔を見た。
「絶対にもう終わりやと思ってた。ありがとう、小春ちゃん」
心細そうだった光輝くんの表情が、安心したように和らぐ。
ただし、一旦、私たち二人の関係は、友達以上ではなく、友達に戻ることにした。
恐らくそれが一華さんの一番の望みだし、私も今は前に進みたくなかったから。
とは言え、休みの日は引き続き二人で過ごすことが多かった。
そして、休みの日に限って、光輝くんの携帯には一華さんからの連絡が入る。
訓練中や任務中には連絡してこない辺り、光輝くんが対応できるギリギリの範囲を分かってるんだ。
「『来てくれないなら飛び降りる』って」
一華さんの心が辛いと叫んでいるのは理解できる。
でもそれは同時に、優しい光輝くんへの強烈な脅しでもあった。
「一華さんのお父さんお母さんは?」
「電源は入ってるけど、繋がらん」
「警察に連絡するのは?」
「うわさにでもなって、モデル生命が絶たれたら、完全に居場所が無くなるやろうから⋯⋯」
じゃあ、結局、光輝くんが行くしかない――ってなるんだ。
「またかよって思う時もあるけど、今度は嘘じゃないかもって思ったら⋯⋯」
「そうだよね。行ってあげて。⋯⋯って、私が言うのも変ですけど」
光輝くんは急いで一華さんの元へと向かった。
私と光輝くん。
対エイリアンのヒーローである私たちだけど、所詮はただの高校生。
一華さんの救い方は、手探りで考える他なかった。




