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6.防衛隊基地と律儀な彼


 樹さんは訓練棟の中を順番に案内してくれた。


「この並びは全部、会議室。ここを真っ直ぐ進んだ先が、本部長や指揮官たちの執務室がある区画。給食室は⋯⋯⋯⋯分かるよね。それから、一番よく使うのが、これから案内するトレーニング施設。そこでは説明することが山ほどあるから。今のところ質問は?」


「はい! 大丈夫です! ありがとうございます!」


 樹さんは、口調はぶっきらぼうだけど、メモを取るのを待っていてくれるし、話についてこれているか、こちらを振り返りながら何度も確認してくれる。

 

 先輩方の見立て通り、教育係の適性があるのでは⋯⋯ 


「敬語は使わないでよ。小春っていうくらいなんだから、秋生まれなんでしょ? 同じ学年じゃん。俺も海星も高二だし」


 エレベーターを待つ間、樹さん改め樹くんは、ツルツルとした金属製の壁に反射する自分の姿を見ながら、前髪をいじりつつ言った。

 

「え! 樹くんすごいね! どうして『小春』が秋生まれって分かったの!? だいたいいつも、春生まれって言われるのに!」


 秋の小春日和からとった名前だから、間違っていないと説明しても、嘘だとか、おかしいだとか言ってイジられるくらいだ。 

 

「双子の弟が秋人だから、双子なのに秋と春っておかしい! ってよくいちゃもん付けられたから。すごい! 感動した! 嬉しい!」


 喜びのあまり、ついつい前のめりになる。


「別に。小春って、旧暦の十月のことでしょ。それくらい常識だから。それよりも双子の弟がいるんだ。海星と一緒だね。顔は似てるの?」


「どうだろう? あんまり並んで見比べられる事がないからなぁ。病院の看護師さんとかには、似てるって言われた事あるかも」


「ふーん⋯⋯⋯⋯そうなんだ」


「樹くんは? 兄弟はいるの? どこの高校に通ってるの? やっぱり頭がいい学校? いつから防衛隊に入ったの?」

 

 『小春効果』のせいか、テンションが上がり、質問が溢れ出してくる。

 よく懐いた犬のように、前を歩く樹くんの周りをつきまとう。


「えっ⋯⋯だる⋯⋯なんで急にスイッチ入ったの?  歩きづらいんだけど」


 樹くんは、うっとおしそうにしながらも答えてくれた。


「俺も弟が一人。入隊は小五から。それ以来、小中高と、ずっと防衛の内部進学」


「そうなんだ〜! 弟は何歳? なんて名前? 小五からってベテランじゃん! すごいね! じゃあ今は、防衛高校なんだ」


 防衛隊に入隊が可能なのは、最短で小学五年生になった春。

 つまり樹くんは、最年少入隊組というわけだ。


 防衛隊は義務教育期間から入隊が出来るけど、学業がおろそかにならないようにと、基地と隣接した土地に、私設の学校を所有している。 

 樹くんは、そこにずっと通っているんだ。


「弟の話は、また今度。ついたよ」


 気がつけばトレーニング施設の入口にたどり着いていた。


 いよいよ、武器とのご対面。訓練風景も拝めるはず⋯⋯

 期待に胸が膨らむ。


 しかし、何故か樹くんは深刻そうな表情で立ち止まった。

 気がはやり、思わずその場で足踏みしてしまう。


「あのさ。あの時助けてくれたのは、小春ちゃんだったんだよね。ありがとう。もしあのまま肺炎をこじらせてたら、この世にいなかったかもだし、六連星(プレアデス)の最終審査も外されてたと思う。ありがとう。助かった」

 

 樹くんはこちらを振り返って深々と頭を下げた。


 そっか。あの時の体調不良は、そんな重要な時期と重なってたんだ。

 それであんなにも感謝してくれてたんだ。

 勇気を出して、奥の部屋に入って良かった。


「いえいえ! とんでもない! 無事で何よりだよ! こちらこそ、ご丁寧にお手紙まで頂いちゃって! ボンチワワの便せんも可愛いかったし! あとサンクスポイント? も頂いたみたいで、ありがとう!」


 そういえば、サンクスポイントの引き換えが、まだ終わってなかったんだった。

 また落ち着いたらレッツゴーマートに行ってこよう。


「便せんは光輝くんがくれたやつだから。別に俺が選んだわけじゃないから、勘違いしないで。じゃあ。こっからはガヤガヤうるさいし、慌ただしくなるだろうけど、しっかりついてきてよね」


 樹くんは少し照れくさそうにしながら、タッチパネルに手をかざした。

 この人は、ちょっとどころか結構ツンケンしてるけど、きっと、根は真っ直ぐな人なんだよね。


 指紋が無事に認証され、『Welcome! Itsuki Midorikawa!』の文字が表示される。

 

「なにこれ、めちゃくちゃかっこいい! 私もウェルカムって言われたい!」


「じゃあ、明日からは小春ちゃんがやってみて。米谷さんが小春ちゃんの指紋も登録しといてくれるはずだから」


「いいの? やったー! ウェルカム! 小春桜坂!」


 浮かれながらドアをくぐる私の事を、樹くんは呆れたような、でもどこか優しい目で見てくれていた。



 トレーニング施設内は、国内最大級の競技場『城東ドーム』くらいの広さがあった。


 銃の練習をするための射撃場の他、バーチャルのエイリアンとの戦闘訓練をするための訓練場などが、それぞれ複数ずつ用意されている。


 各部屋の壁はガラス張りになっていて、通路から中の様子が見えるようになっているから、見学中の隊員もたくさんいる様子。


「射撃場は、近距離、中距離、遠距離で分かれてる! 訓練場は、参加する隊員の人数によって、使う部屋が違うから!」

 

 隊員たちのかけ声や、武器から発せられる銃声などで、トレーニング施設内は、かなりの騒音だ。

 防音が施されているのか、扉が閉まっている時はそうでもないけど、各部屋の出入りがあった時はけたたましい音が響く。


 トレーニング室の外からマイクを使って、中の隊員に指示やアドバイスをしている隊員もいるから、無音とは程遠い状態だ。


 樹くんも声を張り上げながら説明を続けてくれる。

 そんな樹くんの声に気がついたのか、見学をしていた女性隊員たちが集まってきた。


「あ〜! 樹せんぱぁい〜! 六連星(プレアデス)抜擢、おめでとうございまぁす!」


「いつから本格始動ですかぁ!?」


「早く先輩のご活躍が見たいですぅ〜」


 私たちより少し下の中学生たちだろうか。

 私をさっと押しのけ、キラキラと目を輝かせながら、羨望の眼差しで樹くんを見あげている。

 なんというか、エネルギッシュだ。


「ありがとう。本格始動は例年通り6月24日から。一緒に任務に当たることもあるだろうから、よろしく。じゃあね」


 樹くんは、さらりと答えたあと、押し流された私の腕を掴んで、先に進んだ。


「あの人、誰?」

「まさか、裏口入隊のピンクじゃないの?」

「あぁ。コネか何かで入った」

「樹先輩が面倒見てるんだぁ〜かわいそぉ〜」


 樹ガールズは私を睨みながら、そんな事を言った。


 その時、脳裏に浮かんだのは、給与課で働くお父さんの顔だ。

 私がコネ入隊呼ばわりされて、一番迷惑を被るのは、防衛隊でずっと頑張って働いて来たお父さん⋯⋯


 そして、ヒーロー活動なんて、断固反対するだろう、お母さん⋯⋯


 自分の夢が叶うからって、今まで浮かれてたけど、実は私って、いけないことをしているのでは⋯⋯?

 樹くんに腕を引かれながら、罪悪感が胸をちくりと刺すのを感じた。

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