57.十七歳の誕生日
11月26日。
この日は、私と双子の弟の秋人の誕生日だった。
たまたま休日だったので、午前中は秋人の病室にて、家族四人で集まり、ケーキを食べながらお祝いをした。
六連星になってから、一度もお母さんとは顔を合わせていなかったけど、時々、応援のメッセージはもらっていたという状況。
少々気まずさを感じたものの、お父さん曰く、最近は気分の波も落ち着いている様子。
「小春、秋人、十七歳のお誕生日おめでとう」
「おめでとう、来年はいよいよ成人だな」
お母さんとお父さんは笑顔でお祝いの言葉をくれる。
「まさか、十七歳を迎えられるなんて思わなかったよ。たくさんの人が支えてくれたお陰だ」
秋人は穏やかな表情でそう語った。
彼は今まで何度も峠を越えていて、今度こそ厳しいかもしれないとお医者さんに言われたのも一度や二度じゃない。
それでも秋人がこうして生きていてくれるのは、本人の努力と病院のスタッフの皆さんのお陰だ。
ちなみに午後からは、看護師さんと主治医の先生が誕生日パーティーを開いてくださるとのこと。
「じゃあ、愛想ないけど、私は行くね」
午後からは光輝くんとのデートの予定だからと、早めに帰ることにする。
「なんだ、小春。まさか⋯⋯」
お父さんは何かに勘づいたのか、椅子から立ち上がり、こちらにすがるように両手を伸ばす。
「お姉ちゃんもおめでとう! 来てくれてありがとうね! 早く行って! これからもヒーロー活動頑張ってね! 応援してるよ!」
秋人はお父さんを片手で制止するようにしながら、笑顔で見送ってくれた。
急いで病院を出て、電車に乗り込む。
今から光輝くんと、誕生日デート!
とは言え、二人で外出すると目立つから、お家デートなんだけどね。
最寄り駅に着いて、ルンルンで基地に向かって歩いていると、突然、誰かが道を遮るように立ちふさがった。
黒のショートブーツに美しく引き締まった生足、デニムのショートパンツに、黒の長袖ブラウス、薄いブラウンのサングラスをかけた、黒髪ロングヘアの女性。
身長は175cm位はありそう。
「槇島一華⋯⋯さん」
光輝くんの恩人、モデルの槇島一華さんだ。
「あなたね。最近、光輝の周りをうろついてるっていう、身の程知らずは」
一華さんは、汚らわしい物を見下すような目でこちらを見ている。
「うろついているも何も、仕事上、仕方のないことですから」
光輝くんと私の関係は、誰にも大っぴらにしていないから、この返しで良いはずなんだけど。
しかし、一華さんは大げさに、ため息をついた。
「あのね。本当に何もわかっていないようだから教えてあげる。光輝と私は10歳の頃からの付き合いで、親も公認の特別な関係なの。だから、あなたみたいなぽっと出の子が、どうこうしようと思ったって仕方がないのよ?」
一華さんは腕組みをしながら私を見下ろす。
つまり、一華さんは、私と光輝くんの関係に勘づいて、自分の方がより特別なのだと釘を刺しに来たと考えていいのかな。
「そうなんですか。それはおかしいですね。光輝くんは、今まで特別な関係になった女性はいないと言っておられましたけど⋯⋯それに、もし一華さんのお話が本当ならば、私じゃなくて、光輝くんに文句を言った方が良いと思いますよ?」
もし仮に光輝くんが一華さんと私を二股していたとして、悪いのは光輝くんであって、私ではないはず。
私に文句を言うってことは、この人と光輝くんには何の関係もないからで⋯⋯
「あなたは彼のその言葉を信じられるの? 私たちは、キスだって、それ以上だってしたのに。騙されているのね。かわいそうに」
「一華さんは信じられないのに、自分たちは特別な関係だっておっしゃるんですか? しかも、キス以上のことをしておいて、何もなかった扱いされている一華さんの方が可哀想だと思いますけど⋯⋯」
ちょっと言い過ぎたかな。
でも、もうその場で言い返さずウジウジしないって決めたし⋯⋯
予想外に私が引き下がらないからか、一華さんは苛立ちを隠せない様子。
「もう良いわ。あなたと私、どちらが光輝の特別かどうかは、すぐに分かるはずよ。じゃあね」
一華さんは、一方的に言いたいことを言って立ち去って行く。
何だったんだろう。
変わった人だったな。
ちょっとした事故だと自分に言い聞かせ、足早に基地に帰った。
光輝くんに連絡を入れたあと、少し身なりを整えて、彼のお部屋に向かう。
玄関の扉が開いた瞬間、目に飛び込んできたのは、キラキラの星柄のパーティー帽をかぶった光輝くんだった。
「小春ちゃ〜ん! お誕生日、おめでと〜!」
光輝くんは『本日の主役』と書かれたタスキと、色違いのパーティー帽をかぶせてくれる。
これも一応、メンバーカラーなんだ⋯⋯
カーテンレールには、『ハッピーバースデー★こはる』のガーランドが吊るされていて、テーブルの上には、ホールサイズのバースデーケーキが置かれている。
「光輝くん! 嬉しい! こんなにも準備してくれたなんて! 大変でしたよね!?」
あまりの嬉しさに、正面から思い切り抱きつく。
「おっと!」
光輝くんは少しバランスを崩しながらも、はにかんだように笑いながら、しっかりと受け止めてくれた。
家族以外に、こんな風に誕生日を祝ってもらうのは初めてだ。
光輝くんは、どんな顔でこれらのグッズたちを準備してくれたんだろう。
想像するだけで、胸が満たされる。
「じゃあ、ここに座って。やっぱりまずはプレゼントからやろ?」
光輝くんはテレビの前の床に座り、自分の脚の間をポンポンと叩く。
「え! プレゼントまで用意してくれたんですか? やった〜!」
プレゼントってなんだろう?
わくわくしながら、大急ぎで光輝くんの膝の間に滑り込むと、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「あ〜小春ちゃんを補給せな〜」
光輝くんは私の髪に鼻を埋めるようにして、くんくんと匂いをかぐ。
「ちょっと〜! 止めてくださいよ〜!」
あまりの恥ずかしさに身をよじるも、がっちりと捕まえられてしまい、逃げようがない。
「あっ、そうや。今日で小春ちゃんは十七歳。俺も三月までは十七歳やから、今日から敬語はナシな」
光輝くんとは一学年違いだけど、誕生日が一年離れてないから、同じ年齢になる期間があると。
「今から敬語使ったら⋯⋯キスする!」
光輝くんはいいことを思いついたとでも言いたげに、ニコッと笑う。
「え! なんですかそれ!?」
「ハイ! アウト〜!」
光輝くんはすりすりと頬ずりしたあと、ほっぺにちゅっとキスをした。
「いやいや、ちょっと待って⋯⋯⋯⋯ください」
「ハイ! 今のは確実に、わざと! かわいすぎるのでアウトです!」
わざと敬語を使ったのがバレてしまい、片手であごを持ち上げるようにして、唇にキスされた。
反対の手は、床についた手の上に重ねられる。
こういうのって天性のものなのかな。
この人の仕草、ひとつひとつから、確かな愛情が伝わってくる。
そっと唇が離れると、光輝くんは正方形の平らなジュエリーボックスを取り出した。
「小春ちゃんに、これあげる」
それはダイヤモンドと私の誕生石のイエローシトリンが、一粒ずつ輝いている、ピンクゴールドのチェーンのブレスレットだった。
「素敵です。でも、こんなの頂いちゃっていいんですか? とってもお高いんじゃ⋯⋯」
「ちょっと重いかなって自分でも思ったけど、俺が一目ぼれしてしまったから。受け取ってくれたら嬉しい」
光輝くんは私の左手首に、ブレスレットをつけてくれた。
華奢なチェーンと二粒の宝石が上品で華やかな雰囲気を演出してくれる。
「ありがとう、光輝くん」
「うん。似合ってる。これにしてよかった。もっと良く見せて」
光輝くんは私の左腕をそっと掴んだ。
けどなぜか、吸い寄せられるように再び唇が重なる。
「もう、ブレスレットを見るんじゃなかったの?」
「ブレスレットつけてる小春ちゃんを見てる」
甘い表情に、言葉に、とろけてしまいそう。
もう私たち、そろそろ本当に付き合っても良いんじゃないかな。
だって、このままなら、私、本当に光輝くんのこと⋯⋯
自分の気持ちを言葉にしようと思ったその時、光輝くんの携帯のバイブが鳴り続けていることに気がついた。
「光輝くん、鳴ってるよ?」
「あとで、かけ直す」
「でも、ずっと鳴ってるから、急ぎの用事かも」
光輝くんは観念したようにスマホを持ち上げた。
着信画面には槇島一華の文字。
なんだ。電話の相手は一華さんか。
今、結構、いい雰囲気だったのに⋯⋯
「わかった。今すぐ行くから、頼むから落ち着いてくれ」
光輝くんは焦ったように電話を切った。
え? 聞き間違いじゃなければ、今すぐ行くって言わなかった?
「ごめん、小春ちゃん。ちょっと用事が出来て⋯⋯今すぐ出ないとあかんくなった」
光輝くんは慌ててコートを羽織って、カバンにスマホを入れる。
「え? 何の電話だったんですか?」
「えーっと、ほら、アイツ⋯⋯小倉! 小春ちゃんも知ってるやろ? なんか、相当困ってるっぽくて。ほんまにごめん! この埋め合わせは必ず!」
光輝くんは仲のいい男子の先輩の名前を挙げた。
色々と思うところはあったものの、あまりの慌て具合に、私も大人しく部屋を出るしかなかった。




