50.スランプ
それから二週間ほど経った頃。
昼休み時間中の教室での出来事。
「小春! 先週の六連星チャンネル見たぞ! 相変わらずド派手な技だったな!」
「あんだけエイリアンに囲まれた状態から脱出すんのはヤバいだろ」
防衛隊員ではないクラスメイトたちから、お褒めの言葉を頂戴する。
ありがたいことに、男の子たちはヒーロー活動に対しても理解してくれると言うか、割とリスペクトを示してくれている感じがするんだよね。
「光輝先輩、超かっこよかったよね〜!」
「ドジっても助けてもらえるとかお姫様かよ。マジうらやましい〜」
席に戻ろうとすると、わざと私にだけ聞こえるようにそんな事を言うのは、松前さんと平沢さん。
この二人は相変わらず言動にトゲがあるんだよね。
しかも、樹くんや海星くん、明里ちゃんや保奈美ちゃんといる時は、絶対にしかけてこない。
「松前さんは樹くんの前の席だから、小春ちゃんが来るまでは、よく振り返って話しかけてたんだよね。それが最近は樹くんが小春ちゃんの方を振り返るようになったから、すねてるんだと思う」
明里ちゃんは、彼女たちの言動の理由をそう分析した。
「そっか。もともと、その二人が仲良かったんだ⋯⋯」
確かに樹くんが、事あるごとに私を気遣ってくれているのは事実だ。
あんまり頼りにし過ぎも良くないよね。
段々とこの学校にも慣れてきたし、そろそろ一人立ちの時期なのかも。
翌日。
樹くんに甘えていた自分に反省し、気合を入れ直して登校したところ、教室内が騒がしかった。
「桜坂さんの席だね」
「すごい臭いがする」
あわてて自分の机に近づくと、鼻をつくような異臭がした。
私の机の上に置いてあるコーヒー牛乳の紙パックが横倒しになっていて、中身がこぼれて床までびしょびしょになっている。
中身が腐ってるのかな。悪臭の原因はこれみたい。
ひとまず掃除用具入れを開け、雑巾を何枚か取り出す。
「さすが、小春ちゃんだね。残念系女子って感じ」
「樹くんの椅子まで汚れてるじゃん。かわいそう」
松前さんと平沢さんはあざ笑うかのように、後始末をする私を見下ろす。
「なにこれ。臭いがヤバいんだけど」
そこに現れたのは樹くんだ。
心底嫌そうに表情を歪めながら近づいてくる。
あぁ、どうしよう。
こんなの最低な気分になるよね。
また迷惑かけちゃった。
「ごめん。なんか、飲み物がこぼれちゃってて⋯⋯」
身に覚えのないものだけど、なんとなく謝る。
「これ、本当に小春ちゃんの? コーヒー牛乳なんか、苦くて飲めないでしょ? お子様舌なんだから」
私が犯人じゃないって確信してくれているのか、教室中に聞こえるように言ってくれる。
それから樹くんは雑巾を一枚手に取って、掃除を手伝ってくれた。
公園の砂も触りたくないほどの潔癖症なのに。
洗剤も使って汚れを落とし、窓を開け放してなんとか授業が受けられるようになった。
そして放課後。
今日は月に一回の米谷さんの検査を受ける日だ。
強化版ディアラボにて、ディア能力を測定する。
「え〜! ちょっと! 小春ちゃん! ディア能力が30も下がってるよ!? 一般隊員一人分! やだやだ! なにがあったの!?!?」
米谷さんは発狂しながら、私の首元をつかみ、激しく前後に揺さぶる。
「ちょっ! 息が! 息が出来なくなりますから!」
なんとか腕から逃れ、距離を取る。
「なに? ケガ? 体調が悪いの? ストレス? メンタルかな? 失恋とか、無くし物とか!?」
米谷さんは両手をこちらに伸ばしながら、再び近づいてくる。
「んー⋯⋯まぁ⋯⋯あんまり言いたくないんですけど⋯⋯転校してから、ちょっと⋯⋯」
自分ではそこまで自覚はなかったけど、実は一連のモヤモヤエピソードに、相当ショックを受けていたという事なんだろうか。
「光輝くんもダダ下がりだし、どうなってるの〜!? ボンボンは微増傾向だけど、それだけじゃ補いきれないよ〜!!」
そうなんだ。光輝くんも調子悪いんだ。
ワスプ討伐の日の夜、なんとなく調子が悪そうだったし⋯⋯
ちなみに、ボンボンと言うのは樹くんのことらしい。
微増か。どうやって管理してるんだろう。
「ここからどうやって持ち直せばいいのでしょうか⋯⋯?」
「まずは原因を取り除くこと! あとは、前向きになれる事を探すんだ! 趣味とか、恋とか! このまま一ヶ月放置はまずいから、来週に再検査ね!」
米谷さんはそう言い残して、焦った様子でディアラボを出ていってしまった。




