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2.お礼の手紙と研究者


 救護部所属の医師と看護師たちはすぐに駆けつけてくれた。

 緑川隊員は、熱が高くて意識が朦朧としていただけで、命の危険はなさそうとのことだったので、発見時の状況を報告したあと、私は給食室に戻ってきた。


「初日から大変だったわね。よく異変に気づいてくれたわ」


 一連の出来事を報告すると、部長は褒めてくださった。


「レンジャー部隊の隊員を救うなんて、小春ちゃんもヒーローの仲間入りね!」


「ウチの部の夏のボーナスはきっと弾んで貰えるぞ! 小春ちゃんのおかげだ!」


 先輩たちもワラワラ集まってきて、声をかけてくれる。


「そんな、大げさですよ。たまたま、タイミングがよかったから、助けられただけで⋯⋯」


 ヒーローみたいと言われて、正直悪い気はしない。


 私は幼い頃から、男の子たちに混ざってヒーローごっこをしていたし、防衛隊発足から13代続いている六連星(プレアデス)の情報を、全て記憶している。

 

 自分の部屋の壁は一面ポスターだらけで、フィギュアや関連グッズなんかも大量に所持している、筋金入りのヒーローオタク。


 しかも、昔からおだてられると、喜んで木に登ってしまうタイプだ。


 そうこうしているうちに退勤時間になったので、皆さんに挨拶をして帰路についた。


 防衛隊の基地から地下鉄に乗り、二十分程度で最寄り駅についた。

 

護城(ごじょう)〜護城です。護城市役所、護城高校に御用の際は次でお降りください」  


 ここ護城市は大昔、お隣の上守市にある上守城(かみもりじょう)を守るための重要な役割を担っていた土地らしく、基地が出来る前は古い集落跡が歴史公園として遺されていたらしい。

 

 UFOの中心部であり、エイリアンが排出されるゲートが上守市上空にあるからと、それらの史跡を泣く泣く壊し、防衛隊の基地を作ったのだそう。

  

 地下鉄のホームから地上に上がると、朝と全く変わらない明るさだった。

 それはUFO襲来から40年が経った今でも、この空にUFOが停滞しているから。


 私が生まれる前、まだUFOがこの国に現れる前は、季節ごとに時間は違えど、夜には太陽が沈んで辺りは暗くなり、遠くの星や月の光が肉眼で見えたのだとか。

 

 今、私たちを照らしているのは偽りの太陽。

 UFOの下部が放つ強烈な光。


 私は本物の太陽なんて知らないし、星空だって、月だって知らない。

 24時間、365日、15年間、このUFOに照らされたり、照らされなかったりするだけだ。

 まるで、エイリアンに飼育されているみたいな気分になる。



「ただいま〜!」


「小春、おかえり〜どうだった、初出勤は?」


 玄関で元気よく挨拶すると、お母さんが出迎えてくれた。


「実は偶然にも人助けが出来たんだ! 先輩にヒーローって言われちゃった! 給食室の先輩たちも部長もみんな優しい人だし、頑張れそうな気がする!」


 仕事中に知り得た事は口外しないのが決まりだから、詳しいことは話せないけどね。 


「そう。憧れの防衛隊に入れてよかったわね。給食室なら()()()()()()だから安心だわ。レンジャー活動なんてのは、()()()()()()じゃないもの」


 お母さんはいつものように、にこにこしながら偏見たっぷりの発言をした。


 悪気は全くなく、私を心配しているだけなんだろうけど、お母さんはいつも、『女の子は〇〇してはいけない』と、私の行動を制限する。


 空手だって、女の子のスポーツじゃないと言われたけど、お父さんが『護身術の一環』だと言ってくれて、なんとか納得してもらえた。


 防衛隊の入隊だって、私は本当は給食室じゃなくって、レンジャー部隊に入りたかった。

 険しい道のりだろうけど、六連星(プレアデス)を目指したかった。

 勇敢にもエイリアンを倒し、人を助け、私がそうしてもらったように、子供たちに希望を与えたかった。


 けれども、お母さんに大反対され、最後まで説得できず、入隊同意書にサインを貰う条件が、給食室勤務だった。



「ただいま。おぉ、小春、入隊時研修はどうだった? 少し抜けて顔を見に行こうかと思ったんだが、中々手が離せなくて」


 お父さんは一本後の電車だったのか、まだ私が鍵をかけていない玄関ドアを開けて、家の中に入ってきた。


 お父さんは防衛隊の人事部給与課で課長職をしている。

 元々は隣の県の民間企業の人事部門で働いていたらしいけど、訳あって、ここに引っ越して来て、防衛隊に入隊した。


「来なくていいって言ったでしょ? 過保護みたいで嫌だよ。印象も悪くなっちゃうし、やりにくくなっちゃうから」


「そういうものか? まぁ、基地は広しと言えども、その内顔を合わすこともあるだろう。とにかく、高校生活をおろそかにしない事だ。青春なんてあっという間に終わるからなぁ。はははっ」


 お父さんは笑いながら、寝室にカバンを置きに行った。   

 

 どうしてわざわざお父さんは、民間企業から防衛隊の人事部に転職したのか。

 なぜ、こんなエイリアンがいつ降ってくるかも分からない場所に、引っ越して来たのか。


 その理由は家族の治療費が必要だから。


 私の双子の弟、秋人(あきと)は心臓の病気を患っている。

 お母さんのお腹の中にいる時に、病気が発覚してからというもの、生まれた日から今現在まで、十六年間ずっと、殿宮県立総合病院に入院していて、心臓移植を待っている状態だ。

 

 ここ、殿宮県は地球外生物侵略注意区域に指定されている。


 本来なら住民たちは全員避難が鉄則だろうけど、それだとここら一帯が廃墟になってしまう。


 そこで国の方針で、この県に留まる住民は、固定資産税や市民税、消費税等の納税義務を免除されることになった。


 それに加えて、防衛隊の給与は民間企業の同負荷の仕事に比べると、桁違いに報酬が高い。


 給食室で働く私の給与だって、平日の夕方と土日祝日しか勤務しないのに、大学院卒の初任給と同水準になる見込みだ。


 ヒーローに憧れているのは、もちろんだけど、私は秋人の移植費用を稼がないといけない。


 今日は疲れたし、明日は学校もあるので、早めに休むことにした。



 それから約一週間後、学校終わりに出勤すると、部長に呼び出された。


「小春ちゃん、実は手紙を預かっていてね。あなたが助けた緑川隊員からよ」


 部長はにっこりと微笑みながら、白い封筒を差し出した。

 封筒を裏返すと、そこには殿宮県公式ゆるキャラの『ボンチワワ』が描かれていた。

 この土地が盆地であることを表している、お盆を頭に被ったチワワだ。

 

 どうやら緑川さんという人は、意外とお茶目な人物らしい。


 中身を開封すると、そこには綺麗な手書きの文字が並んでいた。


『給食部、桜坂様。この度は危険な状態だったところを助けて頂き、ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。体調が回復次第、直接、お礼に伺いたいと思います――レンジャー部、緑川樹』


 なんとも丁寧な御礼状に胸と目頭がじーんと熱くなる。

 誰かを助けて、感謝されることって、こんなにも嬉しいことなんだ。

 

「それで緑川隊員が、小春ちゃんにサンクスポイントっていうのを贈ったそうでね」


 部長によると、サンクスポイントというのは、防衛隊の組織内の人間同士が、相手に感謝したい時に贈るもので、チームワークの向上やモチベーションアップを図るために導入されているらしい。


 そのポイントが貯まると表彰されたり、個人や所属部門の賞与に反映されたりするのだとか。

 だからこの前先輩は、ボーナスが上がると喜んでいたんだ。 


「サンクスポイントと賞品の引き換えは、売店で出来るから。帰りにでも寄ってみて」


 部長にそう言われたので、仕事終わりに売店に来てみると、そこにはコンビニのチェーン店が入っていた。

 寮で暮らす隊員もいるからか、服や生活雑貨などのコーナーも充実している。

 

「あ! 13代目六連星(プレアデス)の公式グッズもある!」


 レッド、ブルー、ブラック、イエロー、グリーン、そしてピンク⋯⋯。

 防衛隊の公式キャラ『アトモちゃん』とのコラボグッズは、『基地内限定販売』と書かれている。

 本当は今すぐ欲しいけど、お金が貯まったら買おう。


 それよりも今はポイント交換だ。

 確かATMみたいな機械で、手続きをするんだよね。

 いったい緑川さんから何ポイントくらい貰えていて、何と交換できるのか。

 

 緑川さんの手紙の内容を思い出すと、また目頭が熱くなって来る⋯⋯


「あ! ちょっと! 君! 君だよ! 探したんだから! 早く早く!」


 感動を思い出しながら目頭を押さえていると、白衣姿の男性に突然腕を掴まれた。


「え? ちょっと、どちら様ですか? 私を探していたというのは、どういう事でしょう?」


「入隊書類に不備があったんですよ! 急いで急いで!」


 そんな、まさか。どんな不備があったのか。

 この方の焦りようから察するに、このままではここで働けなくなるほど、重大な提出漏れなのかもしれない。


 白衣の男性は、私の腕をぐいぐいと引っ張り、研究部の扉を潜った。

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