13.ヒーローマインド
あやめ先輩のことは陽太さんに任せ、私と樹くん、海星くんは、訓練場を出た。
この足ですぐにブレードの訓練を開始するのかと思いきや、樹くんが向かったのは休憩スペースだった。
おしゃれなカウンターテーブルや丸テーブル、向かい合わせに置かれたソファーに観葉植物などがあって、カフェテリアのような雰囲気だ。
自販機で買った飲み物を飲みながら休憩している人や、地図のようなものをテーブルに広げながら、作戦会議をしているチームもいる。
「何か飲みなよ。好きなの選んでいいから」
樹くんは自販機に腕時計をかざしながら、こちらを振り返った。
「いや、いいよ。私は自分で⋯⋯」
「遠慮しないで。ほら」
「そう? ありがとう。じゃあ、次回は私がおごります」
ボタンを押して、しばらくしてから扉を開けると、紙コップに注がれたホットココアが出てきた。
甘いカカオの香りに気分が落ち着く。
樹くんと海星くんは、それぞれコーヒーを購入して、ソファーに腰かけた。
「先に休憩にしてくれてありがとう。てっきり、あのまま訓練に行くものかと」
樹くんは一分一秒でも惜しいと言って部屋を出たから、ブレードの練習をすぐにでも始めるつもりなのかと思ったから。
「何があったのか、詳しくはよく分かんないけど、痛い目に遭わされたんでしょ? 顔色悪かったし」
樹くんはカップを見つめながら落ち着いた声で言った。
「正直、私だって何がなんだか⋯⋯とにかく一瞬、骨が砕けたかと思うくらい痛かった。それも、いきなり呼び出されて、囲まれてなじられて⋯⋯まぁでも、結果的には私が泣かせてしまったと言うか。総合的に見れば、悪者は私なんじゃないかって」
私が給食部の職員として入隊して、米谷さんの検査を受けたせいで、あやめ先輩の居場所を奪ってしまった。
ああでもしないと、怒りが収まらなかったのかもしれない。
けど、大人しくやられたくなかった私は、お互い様とは言え、彼女を傷つけてしまった。
「最終審査の半月くらい前にさ、それぞれのポジションの候補者が数人ずつ集められたんだよね。思えば、あの会も選考の対象だったんだと思う。六人組になった後の相性とかを見られてたのかもね。あやめさん以外のピンク候補も優秀だったけど、みんな十代前半だったから、あやめさんがピンクでほぼ確定だろうなって、なんとなく察した。実際に上からもそんな風に声をかけられていたらしいし。そこから覆った例は今までなかったから」
樹くんは熱々のコーヒーを飲むのを諦めたのか、静かにテーブルの上に置いて、背もたれにもたれながら足を組んだ。
海星くんは黙ったままカップに口をつけている。
「その時、六連星に選ばれたら、みんなで頑張ろうって、口々に語りあってた。あやめさんからしたら、俺たちに手の平を返されたように感じたのかもね。でも、実際ピンクに相応しいのは小春ちゃんだって、あの人が自ら証明した形になった」
六連星に選ばれる基準は、戦闘能力や知識、経験だけじゃなくて、ヒーローとしてのマインドも含まれている。
今日のあやめ先輩にそれがあったとは、到底思えない。
「まぁ、気の毒ではあるけどさ、俺たちがどうこう出来ることでもないから。その辺りのケアは陽太さんと冬夜さんに任せたら良いと思う。あの三人は同期入隊だし。じゃあ、湿っぽいのはこれで終わりってことで。小春ちゃん、よくあの人に勝てたね? 空手強いんだ」
ソファーに深く沈んでいた樹くんは、身体を起こして、自分の両膝の上をパシッと叩いた。
それが空気を切り替える合図みたいに聞こえる。
「どうだろう。県の代表を決める大会には何度か出たから、そこそこいい線行ってたかも?」
「へぇ、そう。じゃあ、ブレードもすぐに上達しそうだね。体術はエイリアンには効かないけど、格闘家専用武器とか開発したら良いかもね」
樹くんは、さらりとすごいヒントをくれた気がする。
そうか。今ある武器で戦うのが原則だけど、六連星になれば専用武器を開発する権利が与えられる。
実戦に出たことがないから、今は想像がつかないけど、ブレードとボウに続く、使い勝手が良いものが見つかるかもしれないと⋯⋯
「小春クローとかって名前も付けていいのかなぁ。金ピカのグリフォンの羽根とかを生やしたい! 私の専用武器が防衛隊のデータベースに記録されて、人類の叡智として蓄積されていく⋯⋯」
「さすがヒーローオタク。まぁ、小春ちゃんが使うんだし、好きにしたら良いんじゃない?」
妄想が止まらない私を見ながら、樹くんは面白そうに笑ってくれた。
「小春ちゃんも通常運転に戻ったし、そろそろ行こうか」
樹くんは湯気が上がらなくなったコーヒーをぐいっと飲み干して立ち上がった。
「はい! お願いします!」
三人分の紙コップを集めて、所定の場所に捨てる。
自分で予約していた訓練場に入室する直前、ふと頭に疑問が浮かんだ。
「そう言えば、どうしてみんなはあの場に来てくれたの? 奥の方の部屋だったし、待ち合わせ時間よりも早かったのに」
「ポジション会議の後、小春ちゃんと合流する前に、食堂でお昼を済ませようとしてたんだけど、海星が急に、血相変えて飛び出していったんだよね。それで、陽太さんと二人で追いかけて行ったら、あの現場に遭遇したってわけ」
「そうなんだ。海星くんはどうして来てくれたの?」
「⋯⋯⋯⋯ヒーローの⋯⋯⋯⋯勘⋯⋯⋯⋯」
海星くんは真剣な表情でぼそっと答えた。
「勘? そんな能力があるの!? だからブルーに任命されたんだ?」
「そんな力があるなんて聞いたことないけど。海星って、ほんと謎」
樹くんは少し呆れたように笑いながら、タッチパネルの方に歩いて行く。
キョトンとしている海星くんに笑いかけると、彼はゆっくりとこちらに近づいて来た。
「⋯⋯⋯⋯小春が⋯⋯⋯⋯泣いてたから」
海星くんは私の右肩に手を置き、左耳に向かってつぶやいた。
耳に吐息がかかるのが何だかくすぐったくて、身をよじってしまう。
「⋯⋯⋯⋯みんなには⋯⋯⋯⋯内緒⋯⋯⋯⋯」
海星くんは人差し指を口に当てて、一瞬微笑んだ。
彼が初めて見せたその表情や仕草がやけに大人っぽくて、ちょっぴり色っぽくて、一瞬頭がフリーズしたのだった。




