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12.ピンクのプライド

 

 決闘が始まる合図が聞こえた瞬間、あやめ先輩は一気に間合いを詰めてきた。

 想像以上に機敏で、攻撃にも一切の迷いがない。


 垂直方向にジャンプして攻撃を避けたものの、跳躍力が5倍になっているから、バランスを崩しそうになる。

 その大きすぎる隙を相手が見逃すはずもなく、左腕を斬られてしまった。


「あぁ! 痛いっ」


 どうしてだろう。

 特殊な素材のジャージに守られているから、皮膚は傷ついていないはずなのに、骨が砕けたみたいに痛む。

 腕に全然、力が入らない。

 上級隊員だから、追加効果があるブレードを使っている?


 床を転がり回って、なんとか痛みを逃そうとするけど、耐えられない。


「その程度で泣いていたら、実際の戦闘では全く役に立たないわね。こんな雑魚に六連星の席を譲らないといけないなんて。ほら! 立ちなさい! 三本先取しないと終わらないんだから」


 あやめ先輩の怒りは、さらに強まり、声が大きくなる。


 最低あと2回もこの痛みに耐えないといけないの?

 神経に響くような痛みに、涙が止まらない。


 けど、やらなきゃいつまでも終わらない。


 再びブレードを構えると、あやめ先輩はすぐに斬りかかって来た。

 握力が出ない左手ばかり狙われる。


「あぁ! っ⋯⋯⋯⋯」


 今度はお腹を斬りつけられた。

 実戦だったら死んでいた。


 でも、エイリアンと戦うのが私たちの仕事なのに、剣を持った敵と戦う練習なんて、必要ある?

 

「あやめ先輩、やっば。えぐ強い」

「あの人が弱すぎるだけでしょ」


 わざわざマイクを使ってまで、野次を飛ばされる。

 馬鹿にしやがって。

 

「あやめ先輩⋯⋯私⋯⋯この決闘のルールをよく知らないんですけど、剣道みたいに殴ったらだめとか⋯⋯ありますか?」


「なんですって? 随分と舐められたものね。私の剣術に体術で勝てるわけないでしょ? それよりも、今すぐ立ち上がれないのなら、その時点であなたの負けよ」


「分かりました。体術はルール違反じゃないということですね。うちの道場はフルコンなんで、寸止めじゃないですし、顔面もありですから。悪く思わないでくださいね」

 

 こんなにあっさり負けてたまるもんか。

 私がこのポジションに選ばれたのには、きちんとした理由がある。


 誰かが納得出来ないからって、今更、逃げ出すつもりもない。

 私は自分のやるべき事をやるだけ。


「そう。じゃあ今度はそちらからどうぞ」


 あやめ先輩は余裕なのか、ダルそうに片脚に体重を乗せて立っている。


「はい。行きます」

 

 まずはゆっくりと間合いを詰めて、ブレードで斬りかかった。

 簡単に避けられ、容赦ない攻撃が返って来る。


 よし、釣れた。

 両手でブレード握り、ひたすら攻撃を受け流す。

 受けるだけなら動きについていける。

 十分に目で追える。


 攻防が続くことに苛立ってか、あやめ先輩は、一度後ろに飛び退いてから、再び距離を詰めて来た。


 そこをブレードで受けるフリをして、重心を一気に崩し、臀部(おしり)に蹴りを入れた。


「痛っ、なんなの!? こんなの、おかしいじゃない!」


 あやめ先輩は、さきほどの私と同じ状態に陥った。

 ほとんど寸止めと変わらない蹴りだったのに、床に倒れ込んで、大げさに喚く。


 生身でもあれくらいじゃ、ほとんど痛くないはず。

 しかも、このジャージには衝撃を吸収する機能もあったんじゃないの?


「ちょっと! ズルしたでしょ!」

「女のくせに野蛮よ!」

「暴力を振るうヒーローなんてあり得ない!!」

 

 野次馬がマイクを使って、まくし立ててくるけど、全て言いがかりだ。


「体術使用可と仰ったのは、あやめ先輩でしたよね。格下と認識しながら、剣で何度も斬りつけるのは野蛮じゃないんでしょうか。さぁ、立ってください」


 あやめ先輩は涙を拭いながら、ブレードを床に突き刺して立ち上がった。


「行きますよ」


 あやめ先輩が体勢を整え、ブレードを構えたのと同時に、一気に距離を詰める。

 振り下ろされるブレードを受け止め、ふくらはぎにローキックを入れた。


「んあっ!⋯⋯もう⋯⋯立てない⋯⋯」


 あやめ先輩は床にしゃがみ込んで、顔を押さえて泣き始めてしまった。

 今度は、かすったところで止めたのに、どうしてそんなに大げさに痛がるのか。

 さっき私も、あり得ないくらいの痛みを感じたし、何かがおかしい。


「最低!」

「やりすぎでしょ!?」

「人として終わってる!」


 マイク越しに野次が飛んでくる。

 そっちからしかけてきた挙句、最初は散々いたぶってくれたくせに。


「君たち! 何をやってるんだ!」


 ここにはいないはずの男の人の声がするので、後ろを振り返ると、陽太さんが立っていた。

 そのすぐ後ろには海星くんと樹くんもいる。

 三人は扉を開けて、ぞろぞろと中に入って来た。


「あ! 陽太! 聞いて! ひどいの! 小春ちゃんが、私に暴力を振るってきて⋯⋯」


 あやめ先輩は陽太さんの手を握り、泣き出してしまった。


 彼らの目に映っているのは、剣を手に持って立っている私と、泣きながら床に座り込むあやめ先輩⋯⋯

 どう見たって、私が彼女を泣かせているようにしか見えない。

 真っ向勝負で勝てないからって、同情を誘うつもりなんだ。


「⋯⋯⋯⋯これは⋯⋯⋯⋯決闘」


 室内の電光掲示板に表示された、残り時間を見ながら、海星くんはつぶやく。


「陽太先輩! その人、おかしいですよ? あやめ先輩が立てなくなるまで蹴ったりして!」


「暴力的すぎて、ヒーローに相応しい器だとは思えません!」


 あやめ先輩の取り巻きたちが騒ぎ出す。


「陽太さん、俺は小春ちゃんに決闘のやり方なんて教えてないです。あやめさんが自分から申し込んだんじゃないですか? そもそも、ただの決闘なんだったら、二人の勝負に俺たちが口を出す事もないですし。勝負の判定はAIがしてるんですから」


 樹くんが電光掲示板を見上げると、残り時間が表示された数秒後に、今度は『Fujiwara 2(棄権)ー2 Sakurazaka』の文字が表示される。


「でも、あり得ないくらい痛かったんだもん」

 

「それはお互い様ですよね? 私だって、実際に斬られたわけじゃないのに、腕が折れたのかってくらい痛かったんですから」


 私たちの会話を聞いて、陽太さんは何かを思い立ったように、部屋の外のタッチパネルを確認しに行った。


「この部屋、痛覚感度が十倍になってる。こんな状態で決闘なんかしたら、失神したっておかしくないぞ!」


「え? なんですか? それ」


 陽太さんの話によると、防衛隊のジャージの性能が良すぎて、攻撃が受けたかどうか、自分で気がつかない場合があるので、痛覚感度を上げることで、電気刺激による痛みを感じられるように設定することがあるそう。


 例えば、モスキート型エイリアンという、蚊のようなエイリアンには、いつの間にか刺されていることもあるのだとか。


 つまり、今回のこの決闘は、その時に使用する設定を悪用した陰湿なイビリ。


 あやめ先輩は、自分がやられるわけがないと油断していたみたいだけど、実際にやられてみると想像以上に痛かったんだろう。


「私はただ、この子に現実の厳しさを教えて上げようと思って」


 あやめ先輩は目頭を押さえながら、ぐすんぐすんと肩を震わせる。


「彼女の教育係は俺なんで、今後こういうのはお断りします。あとは陽太さんに任せて良いですか? 俺たちは一分一秒でも惜しいんで」


 樹くんは海星くんに目配せしたあと、私の腕を引いた。


「どうして? 樹だって! 光輝も、陽太も、冬夜だってみんな言ってたじゃない! 一緒に六連星(プレアデス)になって、この星を守ろうって! あの時言ってくれた言葉は嘘だったの!? その子さえいなければ、私が⋯⋯私が⋯⋯」


 あやめ先輩は泣きながら、床に顔を伏せた。


「行こう、小春ちゃん」


 樹くんは一瞬立ち止まったものの、振り返らずに訓練場をあとにした。

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