10.最強武器とチャラ男のノリ
光輝くん、樹くん、海星くんと、わちゃわちゃと過ごした後、ようやく次の武器を試す事になった。
「冬夜さんの読みでは、銃は使えなくても、ボウなら小春ちゃんに向いてるかもしれないって」
樹くんは再び手帳とボールペンを取り出し、絵を描き始めた。
「ライフルの場合は、ディア能力を弾丸に変換させる時に、制御装置ではコントロールしきれなくって、爆発した。だけど、ボウの場合、ディア能力を矢に変換するのは同じだけど、弦の引き具合や、発射までの時間なんかで、威力を調整できるんじゃないかって」
樹くんは机の上にあった弓を手渡してくれた。
弓は金属で出来ているみたいだけど、アルミなどの軽量な素材なのか、思ったよりも簡単に持つことが出来た。
その仮説が正しければ、冬夜さんが最初に言っていたように、後ろからほぼ無限に矢を降らせて、弾数で押して、メンバーを支援する事ができる。
「じゃあ、最初はそんなに気合いを入れずに、ちょっと弦を引いて、すぐに離してみて」
樹くんの言葉に頷いたあと、新品のオクトパス型エイリアンの方に向き直る。
左手でグリップを握って、右手で弦を軽く引くと、白く光る矢がひとりでに現れた。
矢は実体があって手で触れられるので、矢筈を弓の弦にかけて、さらに弦を引く。
するとグリップのやや上にあるデザライトが輝き出し、光がくるくると回転する。
「背中と胸の筋肉を使うイメージでな。身体がブレないように。両手は水平。そうそう、いい感じ」
光輝くんは先ほどまでとは打って変わって、真面目にアドバイスをくれた。
スコープサイトを覗いて、的に照準を合わせ、あまり弦を引かずに、ぱっと手を離す。
すると、白い光の矢がキラキラと輝きながら直進し、ぽすっと音を立てて、的の近くの壁に突き刺さった。
狙った場所には当たってないけど、これはつまり、成功なのでは?
「これなら皆さんを消し炭にしなくて済みますよね? 一緒に戦えますよね?」
「うん。いい感じかも。まぁ、今のだと矢が当たった人はやられるけどね。それは追々練習するとして、次はちょっと力を込めてやってみて」
樹くんは少し安心したみたいに微笑んでいる。
よし。さっきの感触を忘れずに、ちょっとだけ力を込めるんだ。
再びオクトパスの方に向き直り、弓を構える。
身体がブレないように足を開いて、背中と胸の筋肉で弦を引く。
両手は水平に。
弦はさっきよりも少し強めに引いて⋯⋯
もう一度矢を放つと、今度はじゅーっと燃えるような音を立てながらドリルみたいに回転し、オクトパスの足元に突き刺さった。
「おお! 今のは、そこそこな火力に見えたで!
小春ちゃん! センスあるやん!」
「うん。良かったんじゃない? やっぱりボウが小春ちゃんには合ってるのかも。明日からはボウとブレードの特訓だね」
「⋯⋯⋯⋯いける」
光輝くん、樹くん、海星くんは、こちらに向かって拳を突き出した。
乾杯するように、それぞれの拳に自分の拳をコツンとぶつけて、感謝を伝える。
一時はどうなることかと思ったけど、活路が見えた気がする。
その日は三人に何度もお礼を伝えて、解散となった。
そして翌日。
筋肉痛で言うことを聞かない身体を引きずりながら、六連星の休憩室に入ると、光輝くんがソファーに寝転がりながら機関誌を読んでいた。
「小春ちゃん、お疲れ〜! って、どないしたん? まだ朝やのに、すでにボロボロに見えるんやけど!?」
光輝くんはソファーから立ち上がり、私に場所を譲ってくれた。
自然な流れでカバンまで預かって貰い、遠慮なくソファーにぽすんと倒れ込む。
「昨日の夜中から全身が筋肉痛なんです。電車の中で倒れるかと思いました。腕と胸と背中が特にやばいです」
「あらあら、それはかわいそうに。ワタクシ、ストレッチやマッサージは得意ですのよ。十分コースでよろしいですか?」
そう言って光輝くんは、うつ伏せになる私の背中をマッサージし始めた。
「なんと。光輝先生、よろしいのですか? ぜひお願いいたします。あ゛あ〜ほぐれる〜あ゛あ゛〜⋯⋯⋯⋯」
あまりの気持ちよさに、おじさんみたいな声が漏れる。
「昨日は頑張っとったもんな。空手とはまた勝手が違うやろ? 筋肉痛も辛いやろうけど、関節だけは痛めたらあかんで〜」
光輝くんは優しく労いながら、両腕に体重をかけ、背中と腕をぐいぐいと押してくれる。
なんて、あったかい手なんだろう。
それと、次々と繰り出される的確なツボ押し。
もう、天国にいるみたい。
夜中は寝返りを打つのも苦痛だったから、眠りも浅かったし、ついつい、うとうとしてしまう。
「ちょっと、ちょっと! お客さん! 十分経ちましたよ! ほい! これ飲んでいってらっしゃい!」
いつの間にかマッサージは終わっており、目の前のテーブルにはペットボトルが置かれていた。
「防衛隊特製の疲労回復ドリンクです! 冷蔵庫に常備されていますから、一日一本を目安に飲んでどうぞ!」
防衛隊特製のドリンクと言えば、アミノ酸やビタミンなどが絶妙なバランスで配合された、我々、肉体労働者たちにとって、最強の飲み物と言われている。
自社工場で作られたドリンクは、全国のスポーツ関連施設や作業現場などにも出荷されているとか。
そんなことをぼんやり考えながら、ペットボトルのふたを開け、中に入った薄いピンク色の液体を飲む。
よく冷えているから、のどごしがいい。
味は⋯⋯⋯⋯アセロラかな?
「これは危ういなぁ、無防備過ぎる。いつものノリで行ったら、事故るかも分からん」
いつの間にか光輝くんは私の隣に座り、顔を覗き込んでいた。
考え事をしていたから、全く話についていけない。
光輝くんは、私の相づちを待っているわけではないのか、こちらが黙っていても特にお構い無しな様子で、口角を上げながら、じっと見つめてくる。
光輝くんって金髪にしてるから大人っぽく見えるけど、よく見ると意外と童顔なのかも。
あともう一つ気づいた事がある。
「光輝くんって休みの日は、ピアスをつけてるんですか?」
近くで見ると左耳に穴が空いているのが分かる。
無意識に手を伸ばしていたみたいで、そのままそっと手を握られた。
「うん。学校に行くときとかは付けてるよ。気になる? 小春ちゃんも開けてみたら?」
「光輝くんなら、よく似合いそうですね。私はお洒落じゃないし、ズボラだから⋯⋯」
「そんなことないよ。きっと可愛いと思う。毎日の消毒も手伝ったるで? 痛くないように、そっと、優しく⋯⋯」
左の耳たぶを柔らかくつままれると、慣れない感覚が身体中を駆け巡る。
気づけば、ますます顔が近づいて来ていた。
少し動いたら、鼻先が触れてしまいそうなくらい⋯⋯
あれ? もしかして、なんだか、イケナイ雰囲気になってる?
「あ。私、こんなところで油を売ってる場合じゃないんでした。トレーニング施設に行かないと」
海星くんの注意喚起をすっかり忘れて、光輝くんのペースに飲み込まれていた事に気がつく。
「あらら、残念。そう言えば、小春ちゃんのジャージが届いてたよって、陽太さんが言ってたで〜! ほな、俺はサポーターのミーティングに行ってこよ〜!」
光輝くんは気を遣ってくれたのか、笑いながら部屋を出ていった。
私は休憩室の奥の女性隊員用の更衣室に入り、ジャージに着替えることにした。




