1.防衛隊入隊日の出会い
街の上空を覆いつくすほどの巨大UFOは、いくつかの小さなユニットに分裂した。
空を素早く移動して世界各地に広がり、主要都市に大量のエイリアンを降らしていく。
スクリーンに映し出されたのは、各国の防衛隊員たちが武器を手に取り、戦いを挑む姿と泣き叫ぶ子どもたち。
「ひどい。こんなの私たちに勝ち目がない⋯⋯」
「桜坂 小春くん。君なら必ずや大義を成し遂げられる。『世界が君に夢見ている』」
男性は敵地に乗り込まんとする私に向かって敬礼をした。
◆
――20××年 6月24日。突然、この国の上空に、超巨大UFOが現れた。
その大きさは、直径50kmという、途方もないもので、四方を山に囲まれた殿宮県の空の全てを、分厚い雲のように覆い尽くした。
円盤状のUFOは、下部中央から強烈な光を放ち、初めてこの光を見た人々は、太陽が落っこちて来たのだと、パニックに陥ったという。
UFOから解き放たれ、地上を暴れ回るエイリアンには、銃や刃物といった従来型の武器は軒並み通用せず、人類は絶望に突き落とされることになる――
しかし、皆には安心して欲しい。
なんとしても、この悪夢を終わらせるべく、我々『防衛隊〈アトモスフィア〉』が立ち上がった!
人類の希望『デザライト鉱石』を元に作成された武器によって、エイリアンの討伐が可能となったのだ!
さぁ! 勇気ある者たちよ!
愛する者を守るため、この美しい星を救うため、共に戦おう!
世界が君に夢見ている!!
研修室の正面のスクリーンに投映された動画は、そこで終了した。
ナレーションを務めていたのは、声の感じから察するに、初代レッドだろう。
この組織の花形であるレンジャー部隊の中でも、最も脚光を浴びるチーム、『六連星』の頼れるリーダー。
かっこいいな⋯⋯
「というのがこの組織――防衛隊の入隊時説明動画です。ここにいるみなさんは、管理部門に配属となりますから、戦闘に関わる機会はありませんが、この国を、世界を、救いたいと思う気持ちは同じです。みなさんの活躍を願っています」
研修の講師である管理本部長は、私たちにメッセージを贈ってくださったあと、退室して行った。
「これにて、入隊者合同研修を終了する。この後は各部門に分かれ、部門長の指示に従うように。解散!」
人事部長は、各部門の集合場所をスクリーンに映し出す。
私は、配属先である給食部門の待ち合わせ場所へと向かった。
私の上司となる給食部の部長は、五十代前半位の細身の女性だ。
部長の案内でエレベーターに乗り、長い廊下を歩く。
金属で出来ているような明るい銀色の壁に、少し青みがかった灰色の床と天井。
天井と床を二本ずつ走る、真っ白なライン照明。
SF映画に出てくる宇宙船のような建物に、心が躍る。
これから向かうのが、私の新しい職場――給食室。
そこで正義の味方、防衛隊員たちの食事を作るんだ。
「桜坂小春ちゃん⋯⋯だったわよね? 貴女はどうして、ここで働こうと思ったの?」
部長は首からぶら下げたカードキーで、次々と扉のロックを解除しながら私に話しかける。
この建物はいったい、どれだけ厳重なセキュリティに守られているのか。
「はい! 私は物心ついた時から、ずっと六連星に憧れていまして! 正義の味方をサポート出来るなんて、やり甲斐を感じますから!」
本当はレンジャー部隊に入るのが夢だったけど、サポート役だって重要な役割だ。
その責任の重さを思うと、光栄すぎて、感動が湧き上がり震えが来る。
「そう。まだ若いのに偉いわね。ウチのメンバーは、みんないい子たちだから、緊張しなくて大丈夫だからね」
部長は、給食室の扉を開ける前に、笑顔でこちらを振り返った。
給食室の中も廊下と同じようなSF仕様だけど、お風呂に出来そうなくらい巨大な鍋がいくつも並び、大量の食材を洗うためか、蛇口がついた洗い場がずらりと続いている。
小学生の時に窓の外から見えた、給食室そのものだ。
それから、さっそく先輩方の前で、挨拶をする事になった。
「こちらが今年度採用の新メンバー、高校二年生の桜坂小春ちゃん。学業と両立しながら働いてくれるとのことで、主に平日の夜と休日のシフトに入ってもらいます。市内にお父さんとお母さんと暮らしていて⋯⋯⋯⋯」
部長は道中で話した内容を要約して、丁寧に紹介してくださった。
「桜坂です! 幼い頃から空手をしておりましたので、体力と気力には自信があります! 精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」
元気よく挨拶すると、みなさん笑顔で拍手してくれた。
よかった。本当に良い人たちだ。
これから一緒に仕事をする仲間⋯⋯
仲良くなれたらいいな。
「では、さっそく桜坂さんには、仕事をしてもらいます。ここでの業務は座学よりも、身体で覚えてもらった方が早いですから。何か手伝って欲しい仕事がある人〜?」
部長の問いかけに、一人の先輩職員が手を挙げた。
「はい! 風邪で寝込んでいる隊員に、お粥を持って行って欲しいです! 今日は四人もいるので大変だけど⋯⋯」
先輩は申し訳なさそうに眉を下げる。
「それは良いですね。館内の構造も覚えてもらわないといけませんから」
こうして出勤初日の初仕事は、寮の個室への配膳となった。
衛生的なユニフォームに着替え、マスクを付けて、衛生帽をかぶる。
配膳カートの上には四つのお盆。
灰色の土鍋の中身は、卵がゆとのこと。
寮は基地と直結しているから、建物内に段差はないし、エレベーターも完備されているから、仕事はサクサク進んだ。
それぞれのお盆に乗っているメモを頼りに、車輪のついた配膳カートをガラガラと押しながら、隊員たちの部屋を訪ねる。
最後の部屋が、408号室の『緑川 樹さん』か。
カードキーを使ってエレベーターを呼び、自動ドアをくぐって408号室を目指す。
「緑川さん、お疲れ様です。給食部です。お粥をお持ちしました」
インターホンを押して、声をかける。
最初は緊張したけど、四件目ともなると、セリフもスラスラと出てくるようになるものだ。
「はい⋯⋯ありがとうございます⋯⋯入ってすぐの部屋の⋯⋯テーブルに⋯⋯お願いします⋯⋯」
スピーカーから弱々しい声が聞こえ、ロックが解除されるカチッという音が鳴る。
どうやらこのインターホンは、スマートフォンと連動しているようで、隊員たちは起き上がらずともロックを解除出来るらしい。
前の三件も同じような流れで、隊員本人と直接顔を合わすことはなく、指定された場所に料理を置く形だった。
「わかりました。それでは失礼します」
玄関を開け、中に入ると、宇宙船のような廊下とは、がらりと雰囲気が変わり、落ち着く空間が広がっていた。
恐らく1DKのような間取りなんだろう。
左手にキッチン、右手がトイレ風呂洗面、そして正面のドアの向こうが寝室と思われる。
ご指定のテーブルは、入口を入ってすぐのところにあった。
「テーブルの上に置きました。それでは失礼いたします。お大事に」
声をかけ部屋を出ようとすると、背後からドサッと大きな物音がした。
なんだろう?
まるで、人が倒れたような⋯⋯
「緑川さん? 大丈夫ですか? 物凄い音がしましたけど⋯⋯」
念の為声をかけるも、反応はない。
「緑川さん? あの〜生きてますか? 寝ちゃっただけ⋯⋯ですよね?」
扉に耳をつけて中の様子を伺っても、部屋の奥は静まり返り、物音一つしない。
「え? まさか、倒れてますか? こういう時ってどうしたら⋯⋯」
急変してしまったというのが最悪のパターン。
でも、ただ寝ているだけだったら?
「心配なので開けますね。勘違いだった場合は、後でいくらでも謝罪しますから! ごめんなさい!」
謝りながらドアを開けると、正面の窓際にベッドが、左右の壁沿いには書き物机や本棚、ソファが置いてあった。
ベッドやソファ、床の上に人はいない。
ということは⋯⋯
部屋の奥まで進むと、ベッドと窓の間の隙間に座り込むようにして、壁にもたれている緑川さんを発見した。
「緑川さん!! 大丈夫ですか!? 分かりますか
!?」
緑川さんは、私と年が近そうな高校生くらいの男の子だった。
透き通るような肌に長いまつ毛、モデルさんのように整った寝顔は、赤く火照っていて、薄く開いた唇からは、苦しそうな呼吸が漏れている。
「もしもし! 救護部でしょうか!? 給食部の桜坂です! 緑川樹隊員が、寮の部屋で倒れています! 声をかけても反応がありません! 熱が高くて、息苦しそうです! すぐに来てください!」
入隊初日から波乱の幕開けとなった。
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