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冷酷無残と噂される騎士様が、心の中で私を溺愛しすぎてて逆に困ってます。

作者: つきなみ。

 

 誰だって嫌味のひとつやふたつくらいは口にしたことがあると思う。


 私も例外じゃないし、品行方正で性格が良さそうに見える令嬢だって、きっと愚痴くらいは吐くと思う。

 人間、そんなもんでしょう?


 分かっている。もちろんそんなことは分かっているけれど。

 心の中で吐かれた嫌味は、すごくすごく本音って感じがして。直接言われるより深く傷付く。



 一体いつからそんな力を持っていたんだろう。



 赤ちゃんの頃? 物心つき始めた頃? 誰かの心の中を覗いてみたいなんて思った時?


 そんな時があったかは定かではないけれど、気付いた時には私は他人の心の中が読めていた。



 それに初めて気が付いた時は、十歳の頃。貴族学校で初めて出来た友達のルーナちゃんの家の食事会に誘われた日。


 食事をしている時、ルーナちゃんの両親がやけに私を褒めていたのを覚えてる。


 なんでそんなに褒められていたのか、理由は全く分からないけど、その両親の言動に対してルーナちゃんは怒っていた。


 でもその矛先は両親ではなく、何故か私に向いた。


 もちろん直接言うわけでもなく、いつものように、ニコニコとした可愛らしい笑顔の奥深く。心の中で呟いていた——『ほんと、気持ち悪い……』と。


 最初は私も心の中が読めたなんて思ってはいなかった。

 はっきりとその言葉はルーナちゃんの声色で聞こえてきたけど、ルーナちゃんの口元は作り笑顔が張り付いて動いていなかったのを覚えている。


 そのあと、私はルーナちゃんとは疎遠になり、変な噂が広がったせいで学校で私に友達ができることは無かった。


 そこでようやく気がついた。

 ルーナちゃんの声で聞こえてきたあれは、きっと心の中の声で、本音だったということ。


 ルーナちゃんが学校中に身に覚えのない私の良からぬ噂を流していたことも、今となっては分かる。



 そこから私の頭の中に色んな人の心の声が聞こえるようになった。両親の声や話しかけてくる人たちの声。


 全ての心の声が悪いものでは無かったけど、悪いもの全ては本音のように聞こえて、よく強調されていた。


 寄ってくる令息たちも、みな下心を持っていた。

 真実の愛を探した時もあったけれど、それが見つかる前に私は疲れて全てを拒絶するようになった。


 結局男は私の家の地位や金、私自身の身体などばかり。本当に私の性格を好いてくれてる人は一向に見つからなかった。


 ある意味心の声が見えてよかったのかもしれないけど。ルーナちゃんとの一件以来、友情や恋愛とも壁を作った。




 そして私は友達が一人もできないまま、貴族学校を卒業して十八になった。

 もちろん恋愛も未経験。ここ一年は男すら寄ってこなくなった。


 どうやら私は学校内で男嫌いって噂も広がっていたらしい。それは卒業してから気付いたけれど。

 まぁあながち間違いではないから訂正はしないし、もうどうでもいいけどね。


 卒業したからにはシルヴィ侯爵家の長女として、この家に尽くすように仕事をすれば良い。

 友達も恋愛もしなくたって、趣味のピアノや週に一回は見に行く演劇など。楽しいことは溢れているし、私の人生に苦など存在しない。


 心の声が聞こえてくるってのが少し癪だけど、それを我慢して見ても、王都にある演劇は素晴らしい。


 そして今日も。

 演劇を見に行こうと支度をして、屋敷を出ようとした時だった。


 珍しくお父様が私を呼び止めた。


 心の中が読めるようになってからというもの、両親とも距離ができていた。

 数週間前に貴族学校の卒業を一言、「エリーゼ、おめでとう」と言われて以来、話していない。


 そろそろ仕事も始まるし、お父様とも真剣にお話しないといけないのだけれど。




「ご用はなんでしょうか、お父様」

「エリーゼ、結婚する気はもうないのか?」


 もう、ね。

 私が十五、六くらいまで舞踏会などに積極的に参加して、婚約相手を探していたのを知っているからこその”もう”なんだろうとは思う。


 あの頃、もしかしたらなんて一縷の望みを持って真実の愛を探していた。縁談の話もよくあったが、結局行き着く答えはいつも同じだった。


 実際にクラスメイトにも婚約相手がいる令嬢は多かったし、学校を卒業する頃にゴールインした方もいた。


 その頃は羨望の眼差しで見ていたけど、今はもう諦めもついて、仕事一筋の人生へと気持ちもシフトチェンジできた頃合いだ。


「そうですね、私は男の人が嫌いなようですので」


 自覚はないけれど、そう言われていたから皮肉も込めてそう返事をする。

 私だって下心も邪な心も持ってない純情な御方がいましたら、その人と人生を、苦楽も共にしたかった。

 でも、その人は見つからなかった。


「まぁお前ならそう言うと思っていた。だが、今回の縁談相手はあのウォルター公爵家の長男エルビナ様だ。いくら男嫌いなエリーゼでも、興味無いとは言わんだろう?」



 …………へぇ。




「……確かにお父様の言う通り、ウォルター公爵家ともあろう方が、なぜこんな侯爵家の娘を、しかも男嫌いと噂されている私を名指ししたのか、興味がありますね」


 ウォルター公爵家。

 この国に住んでいる人間で知らないものはいないであろう貴族だ。


 私が生まれるずっとずっと昔。

 数百年前からこの国の国防を一手に担ってきた騎士家系。


 もちろんその家の長男であるエルビナ・ウォルターも例外ではなく。

 次期騎士団長とも言われ、昔から【神童】とも呼ばれ、陛下から直接何度も表彰されているほど。だからこそ、その名前を聞いて知らないという者は存在しない。



 だが、そんなエルビナ様には三年ほど前。私が積極的に舞踏会に参加していた時、この目で見たことはある。

 心の声は読めなかったし、正直怖いから読みたくもなかった。会ったのはそれ以来ない。


 でもみんな、エルビナのことを怖がっていたのは覚えている。

【冷酷無残なエルビナ様】なんてあだ名を付けられ、避けられていたのをよく覚えている。


 みんなが華やかにダンスを踊る舞踏会の隅で、常に無表情だったエルビナ様を見た。

 そんなエルビナ様に勇気を持って話しかけようとした令嬢が睨まれ無言で一蹴されていたのも、見ていた。


 あの目は、確かに怖かったなぁ…。




 だからこそ、今回の縁談には興味はあった。

 相手はあの、冷酷無残な上、次期騎士団長になるとまだ言われている御方。


 婚約するかどうかはさておき。

 あの時に見られなかった心の声が覗いてみたくなった。


 何を考えているのか。

 すごく気になる。


「分かりました、お父様。その縁談、謹んでお受け致します」




 それは完全なる好奇心だった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 馬車に乗り、向かったのは辺境にある村。

 その中で一際大きく目立つ、それがウォルター公爵家の屋敷らしい。


 できる限り、失礼がないように。

 私は屋敷の前に立って考える。


 私もこうして名指しされての縁談は初めてだ。

 舞踏会で出会った何処ぞの令息とただただ世間話をするのとは訳が違う。


 しかも相手は、あのエルビナ様……好奇心だけをモチベーションにここへ来たけど。


 ……うぅ、お腹が居なくなってきましたわ。



「ようやく来たか、入りたまえ」

「えっ?」



 声がした方向へ目を向けると、そこにあのエルビナ様がいた。

 腰には剣を差し、額には汗をかいている。



「申し訳ない、魔獣討伐の遠征が近く、できるだけ剣を振っておかないといけないのだ。大事な縁談前にすまない」

「い、いえ! 多分私との縁談より魔獣討伐の方が百億倍くらい大事なので…」




 案外話すとエルビナ様も、普通の男の人なのかもしれない。

 今の問答だけで、噂にあったほどの怖いという印象は私の中から自然と消えた。



『エリーゼ嬢は本当にお優しい…はぁ、やはり世界一、美しい』




 だが、突如。私の心の中に響いてきたのはエルビナ様の声だった。

 困惑してエルビナ様を見ても、口は動いてない。


 ……まさか、ね?


 聞き間違いかもしれない。

 確かに心の声が聞こえてくる距離ではあるけど。



「外は少し冷えているだろう、中に入りたまえ」

「あ、ありがとうございます」



 聞こえてきた声を一旦忘れて、私は案内されるまま屋敷の玄関へと向かう。

 だが、その道中でも、先程の声を肯定するかのように。エルビナ様の心の声は聞こえてきた。


『なんていい匂いだ……薔薇の香りだろうか? それに比べて、私は汗臭いだろうな。風呂に入りたいが……招待しておいて待たせる訳にもいかない、魔獣討伐さえなければっ! ……それにしても、本当にエリーゼ嬢はお美しい』



 冷酷無残…氷の騎士…心無き神童…女嫌い…無口無表情…人間嫌い…色んな噂を聞いたけれど。


 どこが心無き、なんですか!?

 この人、心の中でめっちゃ喋るんだけど!?

 しかもすごく私のことを褒めてくれるし!?



 こんなすごい人に好かれることなんてした覚えは一つも思いつかないけど。

 とりあえず嫌な気分はしないので、聞こえてないふりをしておこう。



「エリーゼ嬢、先程から何をニヤニヤしていらっしゃる?」

「あぁ、すごくおっきな屋敷だな〜と」


 危ない。

 あまり聞き慣れないような褒め言葉の連続に、心の声が聞こえるようになってから全く動かなくなっていた私の口角が不覚にもつり上がってしまう。



『笑っている顔も可愛いなぁ…ここで変顔でもしたらもっと笑ってくれるだろうか…』


 それは反応に困るのでやめてほしいかな。



 そんな調子で、私は玄関を抜け、一番奥の部屋へと案内された。

 屋敷には複数人のメイドがいて、お茶や菓子を用意してくれた。


 みんな何も考えてなさそうに見えたけど、実際は私の噂を知っているのか、エルビナ様を心配するような心持ちらしい。


『エリーゼ・シルヴィ…男嫌いと聞くけど、エルビナ様がお選びになった御方…本当に大丈夫かしら…』



 心は本音を映す鏡だと思っている。

 思ったことを実際に出してくれたらいいが、この世界はそう簡単な話ではない。

 みんな取り繕って生きているし、悪口なんて尚更だ。私のように心が読める人なんてそもそもいないはずだから、心の中に本音を仕舞えば誰にも見られない。


 そう思ってみんな生きているし、だからこそ心は鏡だと思っている。



 メイドから部屋から出たタイミングで、エルビナ様は話し始めた。


 ……このクッキー美味しっ!?



「エリーゼ嬢、今日はわざわざこんな辺境の村に来てもらって感謝している。話はテリィ侯爵様へお伝えしている通り、婚約の申し出について」


『はぁ、まるで雲ひとつない快晴の空か、あるいは汚れ一つない澄み切った海か…いや、そのどちらよりも美しい青い双眸。金色の髪はまるで本物の金を見ているかのように綺麗だ……』


 ちょっと褒めすぎじゃありませんか?

 確かに嫌な気はしないですけど、心の中で早口過ぎませんか?


 表情筋を一つも動かすことなく無表情で言うもんだから、なんか私の心の中が見える力が壊れているのかと勘違いしてしまう。


「あの、ご無礼を承知の上で聞いておきたいのですが、その、私のことはどこで……?」

「あぁ、直接は話していなかったな。エリーゼ嬢と出会ったのは三年前、とある令嬢が開いた舞踏会に私も参加した日だ」


 なんとなくその日しかないかなって思っていたけれど、正解だったらしい。


「あの日、君だけは私に媚びることなく話してくれた」


 ……話した? 私と、エルビナ様が?


 私は心の中が読めてしまうから、大抵のことがなければ話さないし、仮に話したとしたらその相手を忘れることはないけれど。


「ただ一言、『その剣重そうですね』とエリーゼ嬢は私に声掛けた」



 それ話したって言いますか!?


 なんか遠くでエルビナ様と令嬢が話しているのを見ている時、周りの人達から酷い言われようだったから同情して一言声をかけたのは、なんとなく思い出してきた。


 特に話すこともないし、エルビナ様の余計な心の声が聞こえてきても怖かったので、その一言だけ言ったんだ。


『いい天気ですね、今日』くらいのノリで言った。

 なんなら、騎士に向かって剣が重そうですねってなんか失礼じゃないかな?なんて頭を抱えて、その日は眠れなかった気がする。


「その日を境に、私はあなたに恋をした」


 チョロくない!?

 冷酷無残とか、心無き神童なんて呼ばれてる人だよね?

 なんならそこら辺の男よりもチョロい気がするんだけど。


「昔から私は人と話すのが得意ではない。今もこうして話しているだけで、メイドたちから喧嘩してる!?って目で見られている」


 チラッと視線を扉の方へと向けると確かにその隙間から、あたふたしながらこちらを覗いている。


「陛下に騎士として名誉でもある【神童】の称号を頂いた時も、私の表情を見た国民たちから陛下と私は不仲だと言われ、気付けば国全体にそんな噂が流れた」


 あぁ、それは私も学校の誰かが話しているのを聞いたことがある。

 そんなつもりなかったというわけね。


 エルビナ様も色々と苦労しているらしい。

 どこか、私の境遇とも似ている。


「勘違いされる原因も私にあると反省はしているが、頑張って話しかけてもみんな離れていくのだ。…だから、もう恋愛などする気は無いと心に決めたその時、君が話しかけてくれたんだ」


 舞踏会に参加した理由も私とほぼ同じだということらしい。


「私も男嫌いだと言われますよ。そんなつもりないんですけど、寄ってくる男の人たちがみんな下心があるように見えて。真実の愛を探しましたけど、見つかりませんでした」

「そうか…私と似ているな」

「あはは、そうですね。私もあなたも同じように苦労したということですね」



 心の中が勝手に読んで勝手に絶望し、落胆する私と。

 人と話すのが苦手で、どう頑張っても空回りして逃げられるエルビナ様。


「エルビナ様、私も少し勘違いしていたようです。話してみて…心の中を見て…それが間違いだったとはっきり分かりました」

「心の中?」

「……それは、言葉の綾ですよ。要するに、エルビナ様は怖い人じゃなかったということです」

「ふむ、そうか。その勘違いが解けたのはよかったことだな」


『よしっ!』


 あまり心の中でガッツポーズする人いないと思いますけどね。

 まぁそこが良くも悪くもエルビナ様の、本音なのかもしれないですね。



「エルビナ様。これから私は、エルビナ様の隣にいてもよろしいのでしょうか?」

「なっ、それはつまり?」

「はい、そういうことになります」

「そ、そうか」



『こんな美しいエリーゼ嬢が、私なんかと婚約してくれるということなのか!? 夢か!? これは夢なのか!? …あぁ、私はなんて幸せ者なんだ! でも待て待て待て、これはゴールではない。これからが本番なんだ。エリーゼ嬢を幸せにする、それこそが私の生きる意味だ、うん…』


 もしも真実の愛ってものがあるなら、きっとこういうことを言うんじゃないだろうか?


 本来は見えない心の中だけど。

 見ても大丈夫だって思える相手の傍にいられることほど、幸せなことはないと思う。


 この十八年間で、ようやくその相手を見つけられた。

 遅いか早いかは分からない。

 けれど、この人でよかったと思える確信だけは、確かに私の心の中にある。



 少し私のことを溺愛(心の中だけ)しすぎていて、表情からは何を考えているか分からない人だけど。


 私だけは、エルビナ様の考えていることが全て分かる。



 心の中が見える事を話してしまったら、この人はどう思うんだろう?


 ……それはまたいつか考えることにしましょう。


「愛してくれますか?」

「もちろん、そのつもりだ」



『一生死ぬまで愛し続けるから、エリーゼ嬢…っ』



 この人なら、まぁ、大丈夫そうです。




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