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ショートショート10月〜5回目

歩道橋

作者: たかさば

小学生の頃、家から歩いて三分ぐらいの場所に歩道橋ができた。


緑色で、銀色の手すりがついていて、真ん中に自転車用の坂道があるやつ。

太い道路の上にかかる、見晴らしがいいやつ。

タバコ屋の前にある古臭いやつとは違う、最新のやつ。


歩道橋は、私のお気に入りの場所になった。


何となく家に帰りたくない時、歩道橋に向かった。

つまらないことで落ち込んだ時、歩道橋に向かった。

イマイチ勇気が出ない時、歩道橋に向かった。


ほんの少し近くなった空を望みながら、日が暮れるのを待った。

自分の下をビュンビュン走る車を見送りながら、気が晴れるのを待った。

お日様が昇ってくるまでの30分間を見守って、パワーが満たされるのを待った。


何度も、何度も…歩道橋の上で立ち止まった。

急いでいる時も必ず…、歩道橋の真ん中で立ち止まって、景色を望んだ。


階段をのぼって高まった鼓動を、落ち着かせるため。

階段を駆け上って発散できなかった気持ちを、手放すため。

階段を一段ずつ上がってもこぼれなかった涙が落ちるのを、待つため。


歩道橋は、ずっと…私の一部だった。


進学の都合で縁が薄くなっても、歩道橋に向かった。

就職の都合でさらに縁が薄くなっても、歩道橋に向かった。

遠く離れた地で歩道橋の事を思い出しては、歩道橋に心だけ飛ばした。


実家で過ごす事が決まった時、私は再び歩道橋へと向かう日々が送れるのだと喜んだ。


朝起きて、散歩に向かい、歩道橋の上から朝日を望む。

仕事の途中で気分転換をするために出かけ、歩道橋の上で景色を望む。


桜の季節には、歩道橋の上から光景を望んだ。

花火の音を聞いた時には、歩道橋に向かい夜空の大輪を探した。

木枯らしの吹く日も、歩道橋の上で身を震わせながら足を止めた。

雪が積もった朝だって、凍り付く手すりを握りしめながら歩道橋をのぼった。


私の生きがいは、この歩道橋なのだと。

私の健康の秘訣は、この歩道橋にあるのだと。

私の人生には、この歩道橋が欠かせないのだと。


ところどころ、アスファルトがはがれているけれど。

ずいぶん、手すりがくすんでしまったけれど。

何度も塗り直されたペンキの表面は、やけにごつごつとしているけれど。


この歩道橋は、無くてはならない…大切なもの。


近所の小学生たちが、毎日使うから。

保育園に通う親子が、毎日使うから。

病院に通う人が、たまに使うから。

向こう側にあるポストに行く時、使う人がいるから。

ワンちゃんたちのお散歩コースだから。

ジョギングをしている学生さんたちも使っているから。

健康のために歩道橋にのぼる人は少なくないから。


ずっと、ずっと…この場所に。


ある日、いつものように歩道橋に向かった私が…目にしたのは。


大きな看板。

緑色の覆い。

封鎖された入り口。


老朽化に伴い、歩道橋は撤去されることになってしまったのだった。


歩道橋なんて、一度建てたらずっと…その場所に残り続けるものだと思っていた。


……私の、大切な、場所が。

……私の、大切な、思い出が。


もう、私は、歩道橋にのぼることはできない。

もう、私には…日々の楽しみが。


………。


落ち込んでいた私の元に、一通の回覧板が回ってきた。


―――新しい歩道橋が完成しました―――


なんでも、歩いて十分ほどの場所にある古くて大きな公園がリニューアルすることになり、敷地が幹線道路で分断されているため歩道橋が設けられたのだそうだ。

私の愛した歩道橋はつぶされたのに、新しい歩道橋が生まれ…お披露目会まで開かれるという。


忌々しい気持ちと、悔しい気持ちを胸に、公園に出かけてみた。


「……え、ナニ、これ!!」


見晴らし台付きの歩道橋、ベンチもあるし道幅もかなり広い!

自転車も乗り込める大きなエレベーター付きで上り下りも楽チン!

幹線道路の上に渡っているという事もあって、色んな種類の車がひっきりなしに通っている!

遠くの山もよく見えるし、風が心地いい!!

歩道橋の下には自動販売機コーナーもある!


スゴイ、すごすぎる!


すっかり最新の歩道橋の魅力のとりこになってしまった私は、散歩の距離を少し伸ばすことにした。


毎日通い続ける事で、体力が向上した。

おなかが空くようになって、食欲が増した。

顔見知りができて、コミュニケーションの輪が広がった。

公園で開かれるイベントが楽しみで、スケジュール帳が埋まるようになった。


毎日充実した日々を過ごしている私は……。


小さな歩道橋が撤去された日を、知ることはなかったのだった。












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