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第一話 不真面目なからす

 からすは黒いが故によく目立つ。

周りの景色に合わせる事を辞めたら、見ようとしなくても浮き出てしまう。

浮き出てしまった不真面目なからすを見た時、私は何をするのだろう。

──餌をやるのか、見逃すのか。確かなのはからすはきっと、私無しには生きていけないという事だけ。

 高校二年の秋。

世間が気の早いハロウィンを謳って人気の俳優をCMに起用しだしたり、能天気に生きてる学生が「来年こそは頑張ろう」なんて出来もしない空想を浮かべたりする頃。

私は中々な優越感に浸っていた。忙しない俗世を離れ、神様みたいに堕落している時に感じる優越感を。

早い話、この頃の私はちょっと「恋」をしていたのかもしれない。


「いらっしゃい」

 放課後の柔い陽射しが申し訳程度に差し込む別棟の踊り場で、先客の天音さんが私に言う。

確か、彼女は遠くからこの学校へ来ていると言っていたから、早く帰らないと予備校には間に合わないそうだ。

つまり、こんなオレンジ色の空を学校で見ているはずがない。彼女は真面目そうな風貌に似ず、サボり魔だった。

「いらっしゃい、じゃないですよ。こんな時間に……予備校はどうしたんです?」

私は持ってきていた缶ジュースを彼女に差し出しながら言った。今日、彼女が此処に居ると確信していた訳ではないが、読みが当たったらしい。

「羽鳥。貴女が言ってたアニメ見たわよ」

天音さんは私の大好きなグレープ味の方をわざとらしく選んでからプルタブを開けた。

私も少し距離を開けて隣に座り、その真似をする。開けるのは勿論、彼女の為に買ったオレンジ味。

「はぐらかさないでください」毅然として言ったものも、私は直ぐに彼女の感想が聞きたくなってしまった。

「……で、どうでしたか?」

「まあ……つまらなくはなかったわ。けど、何というか。ああいうアニメって苦手なのよね」

「苦手、というと?」何口か流し込みながら、私は聞いた。日常系のアニメだったのが不味かったのかな。

「別に、特段何かが嫌って訳じゃないの。ただ、なんか馬鹿にされてる気がするってだけ。だって、あのアニメの子達はさ。私達と同じ立場な訳でしょ。でも、幸せそうじゃない。なーんか受験で悩んだり、人間関係で悩んだりするのが馬鹿らしいというか」

「それが魅力なんですよ。汚れも知らない彼女達が紡ぐ汚れも知らない世界。ほら、芸術品が汚れてたら嫌でしょ?疲れるのは現実だけで充分です」

「私は別に汚れも芸術と呼べると思うけどね。まぁ、緩くて綺麗なのが好きって事なら、羽鳥は疲れてるのね」

「それは天音さんもでしょ?『おサボり』さん」私は気取って言い返した。

「そうね……でもさ。私、思うのよ」

天音さんがグレープ味を一口飲んでから言う。

その横顔は夕日に照らされながら少し物憂げで、揺れる黒髪が綺麗だった。

「疲れてへこたれるのは、溜めてるからなの。しゃがんで。……そう。今日は来週の予備校に行く為のしゃがみの日なの」

天音さんは缶ジュースを飲み干すと、「捨ててきて」と空き缶を差し出した。

この人は駄目な日はとことん人頼りなのだ。

「でも、天音さんは溜めすぎですよ。今は良くても、いつかは駄目になります。サボり過ぎ」

「それで?私がサボってたら羽鳥になんか不利益でもあるの?」

天音さんはつまらなさそうに、踊り場に放置されていた椅子に座り込む。今日の天音さんは相当駄目な日らしい。

真面目な言葉も、予備校の話も聞きたくないというオーラが凄まじく湧き立っていた。

「天音さん基準で不利益と呼べるかは分かりませんが……ちょっと凹みます。友達が進路失敗とかってなったら」

「うるさい」不機嫌さを隠す事なく、率直な天音ナイフが傷付きやすい羽鳥ハートを抉る様に突き刺す。

天音さんはいつもそうだ。彼女は嫌な事があるとすぐに不貞腐れる。

そして、自分の殻に閉じこもって私を追い出すのだ。

「友達ね……大体、私と羽鳥はそんな長い付き合いじゃないでしょ。あって半年ぐらい?笑わせないでよ、それで友達なんてさ」

天音さんの言い分は確かに正しいのかも知れない。私は彼女にとってただのクラスメイトだろう。

でも、それでも……そんな風に言われるのはちょっと、いやかなり癇に障った。

「私は天音さんの事を友人だと思ってます。だから、そんな言い方しないでください。天音さんだって私との付き合いは半年じゃないですか。笑わせないでください。そんな見透かした言い方するなんて……」

「……あっそ。そんな風に思ってもらえるなんて、私は幸せ者だな」

彼女は素っ気なく返すと立ち上がり、私を置いて何処かへ去ろうとした。その背中に、私は言う。

「ちょっと。何も解決してないじゃないですか。天音さんって面倒くさい事からすぐに逃げますよね」

私は彼女の手を掴んで強引にこちらへ引いた。

振り返った彼女は、まるで玩具を取り上げられた子供の様で。とても悲しそうだった。

「別に。私、羽鳥に解決してほしい事なんてないわ。予備校だって、行きたくない気分だったからよ」

「三週間続く気分って何ですか。常習犯なの知ってるんですからね?最近は学校も休みがちだし……付き合いも悪くなったみたいですし……」

私は天音さんの手をグッと握り込みながら言った。最後に言った事は他人の言伝だったのが少し悲しかった。

結局、私は放課後だけの友達で、外で遊ぶのは別の友達。休日に遊ぶのはまた違う友達なのだろう。

そう思うと悲しくて、私はその名も知らない友達が羨ましかった。

「はぁ……もう良いよ。面倒だから。予備校はちゃんと行く。行くから。それで満足?」

天音さんは私が握った手を見ながら、少し投げやりな様子で言った。

そんな呆れる彼女を他所に、私は首を何度もブルブルと横に振った。

「なんなの、羽鳥……離しなさいってば……」

完全に立場逆転。誰が見ても困らしているのは私の方だった。

「そ、そうだ!!ハグ!ハグしましょう!……ハグは人間の不安を幾らか軽減してくれるみたいですし!!」

掴んでいた彼女の手をグイグイと引っ張りながら、必死に言う。

自分でも何を口走っているのか分からなかったが、口から出た言葉を取り消すのは出来そうになかった。

「え、えぇ……」

天音さんはドン引きしていた。

そりゃそうだ、同性が、しかも付き合いの浅い奴からこんな風に迫られたら、どんな奴でも引くに決まってる。

けど……この時の私は何でか必死だった。天音さんを繋ぎ止めようと必死だった。

その必死さが伝わったのか、彼女は私の手を振り解く事もせず、ただじっと考え込んでいた。

そして、諦めた様に「まぁ、物は試しかな」と呟く。まさに、青天の霹靂。ゴネ得、ゴネ得もいいとこだった。

「そ、それじゃどうぞ……」

私が電極差し込まれた解剖ガエルみたいにプルプルと両手を天音さんに向け、ハグを所望する。

しかし、天音さんは私の胸に飛び込む様な事はせず、ただ佇んでいた。心なしか、顔が笑っていた。

(馬鹿にされてる……!)

そう感じた瞬間、私は彼女の肩を強く掴み、その身体を強引に抱き寄せた。

「ば、馬鹿……何してんのよ!?」

「背中!背中に手を回して!」

私は天音さんの身体を強く抱き締めながら、耳元で叫ぶ。

彼女は少し躊躇う様にしてから、ゆっくりと私の背中に手を回してきた。

その細い腕は、私よりも華奢で……でも、湯たんぽみたいに暖かかった。

そして、彼女の心臓の鼓動が私と重なる。

ドクン……ドクンと脈打つ度に、まるで私達が一つの生命を共有しているかの様な不思議な感覚がした。

何分、そうしていただろうか。数分……いや数十分かもしれない。

ともかく、長い時間天音さんの熱を感じていた。

そして、私はそっと彼女を離す。身体が離れるのと同時に彼女の熱が逃げていくのがとても切なかった。

でも、それ以上に嬉しかった。焦がれてしまっていたから。

「ねぇ」天音さんは乱れた髪を整え、埃を払いながら探る様に言った。

「なんです」私はというと、行き場の無い火照った身体を思いながらへたり込んでいた。

「羽鳥はその……ソッチ系の人なの?」

ソッチ系……。女の子が好きなタイプの人なのか、と解するのが自然だろう。

だが、そう解するのであれば答えはNOだ。

「天音さんは子供の頃、人形遊びした事あります?」

「え?まぁ、少しぐらいなら……」天音さんは意味を取りかねてる様だった。

「人形は可愛いですよね。綺麗ですし、明らかに自分とは違う。キラキラしてるんです。私は昔から、そんなキラキラしてる物が好きでした。自分がジメジメしてるからですかね……。自分の持ってない物はなんだって美しく見えちゃって……早い話、私と全然違う天音さんだから私は……」

その先の言葉を遮る様に、天音さんは「成る程ね」と言った。そして、少し間を置いて言う。その目は、何かを見透かしている様だった。

「羽鳥の気持ちは良く分かったわ。本当、私は幸せ者みたいね……う〜ん、だからこそ、言わなきゃいけない事もあるのよね……」

私はそんな天音さんの目を見て……いや、彼女の言葉の先を察して……自分の言った事を後悔した。

でも、もう手遅れで。彼女は私の目をしっかりと見てから、ゆっくりと口を開いた。まるで死刑宣告の様に。

「私、その気は無いから。関わらない方がお互いにとって良いんじゃない?」

苦しい。聞きたくない。だけど、天音さんは容赦が無いから……どんどん抉ってくる。

「優しくしてくれて、ありがと。下心がある人間関係だったってのが辛いけどね」

「ち、ちがぁ!……わたしは、そんな……」

私が一番恐れていた言葉で、聞きたくなかった言葉なのに。天音さんはお構い無しに傷を抉り続ける。

「良いのよ。人付き合いなんて、そんなもんでしょ?羽鳥は本当に良い子だったから……私なんかに構ってちゃ駄目よ。なんなら餞別のハグする?」

「……そんなの、酷いです!!天音さんはいつもそうですよね!自分の考えが正しいんだって、他人の考え振り切って決めつけて!」

「良いでしょ、別に。私、正しいんだもん。私に関わっても得無し。羽鳥は良い子だからじきに友達が出来る。良い子は良い子と連みなさい」

「損とか得じゃないです!!私、私は……!私は天音さんの一番になりたいんですよ!!」

その瞬間、私は自分の言った事の重大さに気付いた。なんだその独占欲。天音さんが最も嫌いな物じゃないか。

高らかな敗北宣言。自己破産……申告退場。あまりに惨めな恋の、愚かすぎるピリオド。

「え?あ、いや……その」しどろもどろになって言葉を探すが、何も思い付かない。

涙も引っ込んでしまって、驚く天音さんの顔が良く見えた。次第に笑みが生まれるのも。やっぱり、綺麗だ。

「……そう。じゃあね」

そう言って彼女は私の頭を一撫でして去っていった。そして、取り残された私は暫く放心するしかなかった。

どうして、こうなったのか。嘆いても仕方ないのに、嘆いてしまう。

引っ込んでいた涙は出番を見つけたらしく、抑えれそうにない。


 秋特有の涼しげな夕焼けはやけに眩しかった。時刻は6時過ぎ。

ハロウィンを謳う俳優だって、能天気な学生だってきっとこの空を見てる。

だけど、私と天音さんが見るのと同じ空ではない。

早い話、この頃の私は不真面目なからすにちょっと「恋」をしていた。

この作品は連載中(行き詰まってるけど)の合間で書いた息抜きです。

続きも一応、考えてるけど書くのは気が向いたらになるでしょうね。

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