アルトナ戦記 ~天使たちはかく語りき~
異世界アルトナ大陸で起きる戦記物語。
人の魔力を燃料にする人型起動兵器”エンジェル”を用いて戦が行われる世界で、アルデンフォーフェン王国の騎士アーベル・グラッツェとバルトロメオ・ディアスは戦乱に巻き込まれ、遺跡の発掘兵器”ナフタリ”に搭乗することで数奇な運命へと導かれていく。
アルトナ大陸では500年の間、いくつもの国が興り戦が続いていた。
この大陸の戦争では“エンジェル”と呼ばれる兵器が主力兵器となっている。
エンジェルとは500年前の大陸で繁栄していた古代国家アルトナの“遺跡”から発掘される兵器をベースに開発された鉄の巨人のごとき人型兵器であり、人が魔力を通すことで起動する。
アルトナ大陸西部に位置するアルデンフォーフェン王国。
東部国境警備隊第六小隊に所属していたアーベル・グラッツェは従者にして友人であるバルトロメオ・ディアスと共に国境の警備にあたっていた。
ある夜、隣国フレンスべルク帝国のものと思われる漆黒の“アークエンジェル”が二人の所属する第六小隊に夜襲を仕掛けてきた。
アークエンジェルとは通常のエンジェルの三倍以上の性能を誇る最新鋭の兵器である。
第六小隊はアーベルとバルトロメオの両名を残して瞬く間に壊滅させられる。
アーベルは自機を囮にさせて敵を引き付けている間に、同じように機体を捨てたバルトロメオと共に国境近くのヴァーダーンの森の中に逃げ込んだ。
二人が森を彷徨っていると、謎の金属でできた構造物“遺跡”を発見する。
頭痛に悩まされながらもまるで導かれるように遺跡の中を進むアーベルたちの前に、銀色の機体が姿を現した。
見た目こそエンジェルを連想させるものの、構造から武装まで全てが一線を画す別物の機体であった。
複座式のコクピットに入りシステムを起動させると、この機体が第三世代型アイオーン機体名“ナフタリ”であることが判明する。
ナフタリを機動することに成功したアーベルたちは、自分たちが所属していた基地“国境の砦ヴローム”に向かった。
しかし時すでに遅く、ヴロームの砦はすでに火に包まれ陥落寸前となっていた。
帝国軍が二十機近くエンジェルをもってナフタリの制圧にかかるが、たった一機でそれを殲滅してみせる。
次にナフタリの前に姿を現したのは、アーベルたちを壊滅寸前に追い込んだあの漆黒のアークエンジェルだった。
それは自身が帝国の黒太子の異名をもつ皇子トバルカイン・ウィル・バウル・フレンスべルクであると名乗りナフタリに襲い掛かってきた。
前回は為す術なく翻弄されたアークエンジェルが相手であったが、ナフタリの性能はそれすらも圧倒していた。
黒太子の駆るアークエンジェルを撤退まで追い込んだアーベルたちは、改めてナフタリの危険性について考えを巡らせた。
この機体は王国の騎士に過ぎない彼らの手には余る代物だ。
アーベルとバルトロメオは今後の事を考えるため、一度遺跡に戻りナフタリについての詳しいデータを得ようとするが、そこでは遺跡発掘を専門に行う民間業者“サルベージャー”が乗る陸上艦プリスキラが巨大な魔物に襲われていた。
魔物ギガントウォームに巨体に巻き付かれ今にも艦体が破壊されそうになっていたプリスキラを救助し、魔物を撃破したアーベルたち。
二人はプリスキラよりの申し出を受けて、補給とメンテナンスを受ける事にした。
プリスキラは王国からの依頼で遺跡のサルベージを行うサルベージャーであり、ナフタリが発掘されたヴァーダーンの森の遺跡探索と発掘を依頼されていた。
アーベルたちの話を聞いたプリスキラの艦長シェバは、二人に対してプリスキラの乗組員になることを提案する。
ナフタリの専属パイロットに登録されているアーベルは、今後王国と帝国双方から駒として争奪される立場にある。
その状況から逃れるため民間サルベージャーとなることで他国からの干渉を逃れるという道を選ぶアーベルたちであったが、事態は二人の希望した方向とは違う展開を見せる。
王国中央部に位置する城塞都市シューデルデイッヒに帝国軍が迫るという情報がプリスキラに入った。
ヴロームを陥落させた帝国軍はさらに王国軍東部を侵攻、地図上にある集落を全て制圧し、住民を全て追い出すとシューデルデイッヒに逃げ込ませた上でこれを包囲した。
東部住民の大半が難民としてなだれ込んできたシューデルデイッヒは城壁にある全ての門を封鎖、難民を締め出すことで町の防備を固めるという選択をとる。
これによりシューデルデイッヒは難民と化した東部住民たちが城壁の外で立ち往生することになり、彼らがいつ暴発するか分からない一触即発の状況に陥った。
この状況を打開するため、シューデルデイッヒを包囲する帝国軍第三軍団総旗艦ヴェルトハイムをナフタリによって撃退してもらいたいとの依頼が王国情報局よりプリスキラにもたらされた。
依頼を受けた艦長シェバの命令により、乗組員(仮)となっているアーベルたちはナフタリを駆って出撃する。
遺跡より発掘された様々な新兵器により武装を強化されたナフタリは、ヴェルトハイムに対し長距離狙撃を敢行。
戦艦の機関部を狙撃することで移動を封じる事に成功するが、黒太子トバルカインが愛機と共に別のアークエンジェル一機を伴い迎撃に出る。
初戦よりも余裕をもって二機を撃退するナフタリであったが、トバルカインは自身が戦闘している間に第三軍団の艦艇を移動させると、ナフタリが狙撃のために身を潜めていたノルトキルヘン山に向けて艦砲射撃を浴びせかけた。
艦隊の一斉射による圧力で、ナフタリは身動きを封じられてしまう。
反撃の機会を窺いつつ艦砲射撃を耐え凌ぐナフタリの下に、通信が強制的に割り込んできた。
声の主はイスカリオテ神聖国の教皇ゼカリヤ三世より使わされた使者と名乗り、教皇の御名の下、王国と帝国の即時停戦を求めてきた。
イスカリオテ神聖国とはアルトナ大陸全土で信奉されているセデク教の総本山であり、国家元首である教皇はセデク教の主神である唯一神メルキセデクの地上代理人とされている。
大陸全土に影響力をもつイスカリオテ神聖国の介入により戦争は中断、王国と帝国の間に停戦協定を結ばれる流れとなった。
そしてサルベージャー艦プリスキラに帰還したアーベルとバルトロメオの両名には、王国よりナフタリと共に王都への出頭命令が下されていた。
プリスキラを出てからまるで連行されるように王都へと連れていかれたアーベルたちは、そのまま王宮の一室に軟禁される。
それから二日後。
自分たちが何が理由で何を目的にしてここに閉じ込められているのかまるで分からないアーベルたちの元に王宮近衛騎士ステファノ・グラッツェが訪れた。
彼はアーベルの兄であり、一体何が理由でこのような事態を引き起こしたのか二人を誰何するが、発掘兵器ナフタリを巡っての謀議ではないかと推察するものの、結論を導き出すには至らない。
そこに侯爵家の嫡子であり情報局に所属するフェストゥス・アイゼナッハが二人の下へやってくる。
アーベルと騎士学校で同期だった彼はステファノを退室させると、アーベルとバルトロメオに対して自分がプリスキラへの依頼を担当していたことを伝える。
そして現在、王宮にイスカリオテ神聖国に使者が訪れており、王国首脳部との間で停戦条約締結に向けて話し合いが進められていることが判明する。
王国側に求められた停戦条約の条項にはナフタリと専属パイロットであるアーベルとバルトロメオの身柄をイスカリオテ神聖国に委ねるという項目が付随されていた。
二人の身柄引き渡しの期日は明朝。
王国首脳部はアーベルとバルトロメオ、ナフタリを神聖国への人身御供とすることで、帝国との停戦条約を締結させた。
この取引を誰にも察せられないため二人とそれに関係するもの全てに箝口令を敷き、強引に事を進めていたのだ。
ナフタリを帝国より先に無傷で手に入れるため神聖国が両国間の戦争に介入してきた事は明白だった。
このまま王宮に留まっていては神聖国の貢物にされてしまう。
王国に関するあらゆる情報を収集する情報局員の立場からこの情報を手に入れたフェストゥスは、現在の状況から鑑みてナフタリという切り札を今失うのは王国にとって悪手であると判断し、二人を王宮から脱出させる決断をした。
深夜十二時に王宮から脱出するチャンスが訪れると告げ、フェストゥスは立ち去った。
当日深夜十二時。
軟禁されている貴賓室で時間が訪れるの待っていた二人の耳に激しい爆音が聞こえてきた。
窓から外を見ると王宮の西棟に火の手が上がっており、宮殿の警備兵たちが右往左往している。
アーベルたちがいる東棟にも騒ぎが起きる中、部屋の扉が開かれ二人の兵士が入り込んできた。
彼らは自分たちが安全な場所に誘導するので指示に従うよう伝えてきた。
兵士たちの案内に従うフリをしながら部屋を出たアーベルたちは、兵士の隙を見て背後から襲い掛かる。
武装を解除されているため丸腰の二人は格闘技で兵士の制圧にかかったが、技をかけられた兵士たちは慌てて兜を脱いで自分たちの正体を明かした。
なんと彼らはプリスキラの乗組員でありエンジェル操縦士のサウルとアモスであった。
宮殿の兵士に変装したサウルたちはアーベルたちを脱出させるために潜入していたのだ。
東棟の地下には王家の緊急脱出用として作られた地下通路が存在する。
ここを通れば王都の外れにある井戸に出る事も王宮警備隊が使うエンジェル格納庫に向かうこともできるという。
しかし地下へ向かった一行を待ち受けていたのは魔物ではなく、黒いフードで顔を隠した不気味な集団だった。
リーダーらしき人物がアーベルとバルトロメオのみ生け捕りにして他の二人は殺せと命じ、黒いフードの一団はいきなり襲い掛かってくる。
アーベルの竜巻の魔法により一団を制圧することに成功するが、彼らがどこから差し向けられた刺客であるかは分からなかった。
ともあれ王国と神聖国以外にも彼らとナフタリを欲する勢力がいることが判明したところで、一行は王宮の脱出を急ぐ。
一行が地下通路を進むと地底湖らしき場所にさしかかった。
そこではサウルたちと同じくプリスキラの乗務員である整備士のラケルが、ガトリングガンを撃ちながら白いワニのような巨大な魔物と戦っていた。
アーベルがホワイトアリゲーターと名づけたその魔物は、硬い外皮に守られ物理的な攻撃はおろか魔法攻撃さえもほとんどが弾かれてしまう厄介な敵だった。
この難敵に対してアーベルとバルトロメオは、雷と氷の魔法で立ち向かう。
ホワイトアリゲーターが湖の水に浸かったところで、“招雷”による電撃を水で感電さえ痛烈なダメージを受けたところで、即座に“氷結”の魔法により水を凍結させて動きを封じる。
ホワイトアリゲーターを封殺した二人は地底湖に留まり退路を確保していたラケルから姿くらましの呪符を受け取ると、先に王宮を脱出するプリスキラのメンバーと別れ、ナフタリが格納されているエンジェル格納庫に向かうことになった。
西棟での騒動のおかげでエンジェル格納庫は手薄となっており、姿くらましの呪符の効果によりアーベルたちは警備に気づかれることなくナフタリに接近することができた。
ナフタリのコクピットの開閉時に正体が露見してしまうが起動してしまえば押し切れる。
起動に成功した二人は妨害に現れたエンジェルを排除し、外に繋がるハッチを破壊、王宮から出る事に成功した。
王宮は西棟の騒動により未だ混乱しており、格納庫から飛び出したナフタリに対応できるエンジェルはいなかった。
ナフタリは王宮から王都を抜け、更に飛行を続けて小麦畑が広がる穀倉地帯に出た。
王宮の追手を振り切ったアーベルはバルトロメオに語いかける。
「ここが分水嶺だ」
と。
ここから先自分と一緒に行動すれば、ナフタリを狙う王国、神聖国、帝国三つ巴の勢力に狙われるようになる。
二人を取り巻く自体はナフタリを機動させた時よりもはるかに厳しいものとなっていた。
逡巡したアーベルはバルトロメオに今後について問う。
その答えはシート越しに放たれた蹴りだった。
いきなり背中から伝わった衝撃にせき込むアーベルに対し、
「いまさらだよ」
とバルトロメオが答える。
先祖返りのハーフエルフとして生を受けたバルトロメオは、母親ともども亜人種として差別を受けていた。
それがグラッツエ家に拾われ三男であるアーベルの乳兄弟として育てられ、一の家臣として友として共に生きることができた。
そんな自分がいまさら道を変えるはずもない。
バルトロメオの言葉を聞いてアーベルは決意を固めた。
自分たちの置かれた状況は絶望的だ。
一人で立ち向かうのは無謀としか言えない。
だからこそバルトロメオを破滅に向かわせるに等しい己の道に従わせるのは正しい事か悩むアーベルであったが、親友にして唯一の家臣の答えは端的なものであった。
自分の道についてくると本人が決めている以上、自分が躊躇していては始まらない。
覚悟を決めるアーベルの下にプリスキラから合流を求める通信が入った。
合流要請を受け入れたアーベルたちはプリスキラに乗艦するのだった。
アーベルとバルトロメオがプリスキラの乗組員になって三か月後。
王国西部の状況は悪化の一途をたどっていた。
城塞都市シューデルデイッヒより東部の土地が帝国領として割譲されたため、土地を奪われた貴族や領民が難民化し西部になだれ込んだのだ。
王族を含め王国東部に領地をもつ多くの諸侯が自分たちの領地への受け入れを拒否する事を選択、難民の一部がこれに反発し食糧や居住地を巡る争いが激化した。
このような状況で民が頼れるのは国家の軍ではなく民間業者であるサルベージャーだった。
サルベージャーの主な仕事はアルトナ大陸各地にある遺跡を発掘し、そこに眠る遺物をサルベージャー協会に卸すことだが、それだけでは生計が成り立たない。
多くのサルベージャーはサルベージャー協会に寄せられた様々な依頼を引き受けることで糊塗を凌いでいるのだ。
二人が身を寄せたサルベージ艦プリスキラも王国民から寄せられた依頼を主に引き受けていた。
王国内で現在特に顕著になっている問題は野盗による強奪と襲撃だ。
職を失った兵士や傭兵の一部が野盗に身をやつし、王国の街や村を襲ったり街道に潜んで旅人や物資を運搬する商人の荷を強奪するなど、犯罪数が著しく増加しているのだ。
正体が露見しないよう外部装甲を取り付けて偽装したナフタリを用いて、アーベルたちは盗賊たちの小型戦艦を制圧した。
艦に積まれていたのは村や町から略奪した麦などの食糧の他に、極めて不衛生な環境の船倉に押し込められた老若男女だった。
彼らは住んでいた村や町を襲われた際に、奴隷商人に引き渡す目的で野盗たちに拉致された住民たちであることが判明する。
王国や帝国では人間を奴隷として売買がすることが禁じられているが、連邦など一部の国家では認められている。
そして奴隷商人たちは交易商人を装って、帝国の侵攻前から王国に入りこみ取引を行っていた。のだ。
この取引に手を染めていた者の中には王国貴族たちもおり、野盗たちに領地の住人を拉致させていたという事実が野盗たちの口から語られた。
王国が乱れる前からこのような非道がまかり通っていた事にアーベルとバルトロメオは強い衝撃を受ける。
野盗に囚われていた人々は百人以上もおり、衰弱し病に罹患している者も多く見られた。
彼らを安全に治療に専念できる場所に届けるため、プリスキラは城塞都市シューデルデイッヒに目指すことになった。
シューデルデイッヒには大型の陸上艦でも接岸できる巨大なドックと、王国の中でも有数の規模を誇るサルベージャー協会があるのだ。
陸上艦用ドックがある港は街の北側に存在している。
街の入港許可を受けたプリスキラはドックに入り、アーベルたちは乗組員たちとともにシューデルデイッヒの街に降り立った。
三か月前に帝国第三軍団に包囲されて以来、この街が置かれる状況も様変わりしていた。
かつては王都と王国の各都市を結ぶ重要な通商路の中心にあり、人と物が行き交う活気あふれる商業都市だった。
しかし現在、帝国に支配された西部からの難民が押し寄せているため無秩序な流入を防ぐために東西南北四方の門には検問が敷かれている。
王国が発行した通行許可書がなければ、都市の立ち入りができないのだ。
街に入ることを拒否された難民たちは城壁の外にキャンプを作り、そこで生活している。
キャンプでは慢性的に物資が不足しているが、シューデルデイッヒを治めるヘラースドルフ伯爵家は難民に対して一切の援助を行わない事を表明している。
このため難民たちは伯爵家に憎悪の念を募らせており、いつ爆発するか分からない一触即発の気配が、キャンプだけに留まらず都市全体に立ち込めていた。
アーベルとバルトロメオが町中を歩いていると、警報が鳴り響き人々がどよめく声が聞こえてきた。
町の西側に巨大な飛行物体が現れたのだ。
空に浮かぶ白亜の戦艦。
それは帝国軍が遺跡から発掘した反重力エンジンをベースに開発された最新鋭の空中戦艦“プリンシパリティ”だった。
そして地上には数十隻の陸上艦と数百機ものエンジェルによる大部隊が展開をしていた。
空中戦艦から一条の光が投影されると、それは軍服姿の中年男性の姿をとった。
「私は帝国軍第六軍団軍団長エズラ・トラク・ダルムシュタットである。城塞都市シューデルデイッヒに住まうすべての者に告げる。降伏せよ。速やかに城門を開き降伏するのであれば、住民に危害は加えない。今から一時間以内に城の塔に白旗を掲げれば降伏を認めよう。諸君らが降伏を受け入れない場合シューデルデイッヒは地獄の炎に包まれることになるだろう」
エズラの言葉に合わせて空中戦艦の砲台からビームが打ち出された。
閃光がシューデルデイッヒの西に広がる大地を穿つ。
轟音の後にそれは火柱を立ち上げ、草を、大地を、木々を薙ぎ払いながら炎上させた。
大地に穿たれた巨大な穴から煙が立ち昇り、その威力をまざまざと街の住人たちに見せつけた。
街中は大騒動となり見る間に大通りから人が逃げ去っていた。
シューデルデイッヒの街は三重の城壁それぞれにドーム状の強固な魔法障壁が展開されている。
確かにあの砲撃の威力は凄まじいが、あれだけでシューデルデイッヒの城壁と障壁を撃ち貫けるものだろうか。
そんな疑問を抱くアーベルたちの元にプリスキラのシェバより通信が入る。
「至急帰還せよ、シューデルデイッヒは陥落する」
一時間後。
ヘラースドルフ伯爵家の城館の塔に白旗は立たなかった。
第六軍団の陸上艦とエンジェルがシューデルデイッヒの城門に迫る中、空中戦艦から鐘の音のような音が鳴り響く。
音は段々と強まり耳を塞ぎたくなるような程の高さに達した時、西門付近の城壁に亀裂が入りだした。
いかなる攻撃からも都市を護ってきた城壁が軋みを上げ、まるで砂のように崩れ落ちていく。
第六軍団の砲門からビームが撃ち込まれ、閃光が振動で半ば破壊された城壁を引き裂き建物を消し飛ばしていく。
シューデルデイッヒ駐留部隊も手をこまねいていたわけではない。
空中戦艦目掛けて高射砲や迫撃砲など持てうる全ての対空兵装をもって迎撃にあたったが、それらの攻撃はすべて空中戦艦に命中する前に障壁に阻まれてしまう。
第六軍団はシューデルデイッヒの西門側に砲火を集中させ、逃げ惑う人々を蹂躙しながら街の中心部にある城館へと迫る。
そしてこれとほぼ同じタイミングで港からプリスキラが飛び出して脱出に成功した時、シェバはアーベルたちに語った。
「あれは“破滅の鐘”だ」
と。
破滅の鐘とは500年前大戦時にアルタナ大陸で生み出された兵器の一つである。
魔力を通すことで特定の物質にのみ影響を与える特殊な音波を発生、標的を内部から振動によって震わせ崩壊させるという恐るべき兵器だ。
第六軍団による城塞都市シューデルデイッヒの陥落の報が届いた直後、フレンスべルク帝国は停戦条約を破棄を通告、改めてアルデンフォーフェン王国に宣戦を布告した。
これは停戦条約締結を仲介したイスカリオテ神聖国とも敵対しかねない行為であったが、帝国軍はエズラ・トラク・ダルムシュタット中将率いる第六軍団にシューデルデイッヒの占領が完了次第、王都への進軍を行うよう命じる。
帝国の侵攻に対し王国は国内の貴族全てを王都に招集、すべての諸侯の軍を結集させた後シューデルデイッヒ奪還を目的とした軍を派遣することを決議。
合わせてイスカリオテ神聖国に使者を送り援軍を要請することとなった。
両軍の衝突が間近に迫る中、アーベルたちを乗せたプリスキラは王都の外れにあるウルム村に向かった。
王国情報局に所属するフェストゥスから呼び出されたのだ。
ウルム村は王都南東にある葡萄を生産する小さな村であるが、それは表向きの情報である。
真実はフェストゥスの実家であるアイゼナッハ侯爵家が管理する情報局の家族たちが暮らす隠れ里なのだ。
隠れ里に到着したアーベルたち一行は、出迎えに現れたフェストゥスから現在の王国の状況について説明を受ける。
ナフタリは現在アーベルによって王国から強奪したという扱いにされており、譲渡されなかった事に神聖国側は非常に不満を抱えているらしく、今回の王国からの援軍要請は通らないのではないかと情報局は見ている。
王国の揃えられる兵の総数は五万に対し第六軍団の兵数は四万五千。
数の上では王国軍のほうが優位だが、帝国軍には空中戦艦という驚異的な兵器がある。
そこで王国が用意したものが発掘兵器“ドラグーン”であった。
帝国に比べて発見される遺跡が少ない王国ではあるが、まったくないわけではない。
ドラグーンとは対艦仕様の巨大なバリスタ型の兵器である。
エンジェルのような機動兵器で操作することで撃ちだす矢には、魔法障壁のような防御を一切無効化する力が付与されている。
王国軍はこれを対空中戦艦の切り札と考え、王都に迫る帝国軍の不意を突く形で仕掛けるという。
情報局からの依頼はこのドラグーンにより空中戦艦の障壁を無効化した後、ナフタリによって空中戦艦に突貫をしかけ動力部を破壊してもらいたいというものだった。
プリスキラとナフタリは王国軍と合流しては問題になるため、事情を知るこの村で開戦するまで待機することとなった。
それから五日後。
シューデルデイッヒの占領を完了した第六軍団が遂に王都に向けて侵攻を開始した。
対する王国軍も第六軍団を撃退しシューデルデイッヒを解放すべく進軍する。
両軍がかち合ったのは王国東部に広がるノーフェルデン平野だった。
周囲を標高の低い山に囲まれた広い平野に両軍が展開する。
初戦は両軍共に互角の打ち合いを続けていたが、空中戦艦が前進し王国軍の艦艇に強力な砲撃を浴びせることで戦局が変化する。
空中戦艦は遮るものがない上空からピンポイントで戦艦を狙い撃ちにすることができる。
それに対し王国軍の対空砲火は空中戦艦の障壁に阻まれてしまいダメージを与えることができない。
エンジェルによる突撃も試みられたが、空中戦艦の砲撃と護衛につくエンジェル部隊に阻まれてしまい失敗に終わった。
空中戦艦の圧倒的な火力にさらされた王国軍は後退を開始し、帝国軍は攻勢を強めて追撃に入る。
勝敗が決したかに見えたその時、空中戦艦に向けて王国軍からバリスタの巨大な矢が放たれた。
対艦魔弾“ドラグーン”。
ドラグーンは空中戦艦の障壁を打ち破り、戦艦の衝角並みに大きい矢が艦体に深く突き刺さった。
その命中のタイミングに合わせてウルム村近郊に停泊していたプリスキラからナフタリが出撃、空中戦艦に突貫を仕掛けた。
空中戦艦の防衛網を突破し、外装を破壊、艦内部に侵入するナフタリ。
帝国のエンジェル部隊による妨害を退け機関室に突入したナフタリは、反重力エンジンの破壊に成功する。
動力源を失った空中戦艦は高度を下げ始め、ナフタリは壁を破壊して艦外に脱出した。
軍団長エズラも副官に諭され連絡艇から脱出した。
地上に落ちた空中戦艦は爆発四散し、第六軍団は戦場から撤退した。
ノーフェルデン平野開戦は王国軍の勝利で終わる。
この作品は漫画原作大賞に応募するシナリオを表現した文章となっています。
本編の小説も別途掲載予定ですので、ご興味をもっていただけましたら是非ご一読ください。