16. 幽閉
深海の姫はほとんど光の差さぬ小さな洞窟の奥へ、閉じ込められてしまった。
夏の宮廷の海で一番深い場所、つまり王の玉座の足下に、その洞窟はある。入り口は近衛兵たちによって大きな岩で閉ざされ、小さな覗き窓から貴婦人たちが時折、気遣わしげに姫の様子を伺った。舞踏会のダンスだけで態度を変えるなんて単純なものだな、とは思ったが、呆れる気力も、拒否する気力も残ってはいなかった。ただ、そっとしておいて欲しかった。
暗いのも狭いのも孤独なのも、別に構わなかった。
岩が分厚いのか父の魔法によるのか、宮廷からの物音もほとんど聞こえない、静かな洞窟の一番奥で、深海の姫は久しぶりに、たったひとりで、死んだ人間たちの嘆きの声と向き合うことになった。
けれど皆、ただ嘆き悲しむばかりで、何を嘆くのか、何を悲しむのかを語る者もいなかった。悲しい、苦しい、辛い、という声たちに、深海の姫は、何が、と問い返す術をもたなかった。
深海の姫は彼を失ったことが悲しく気掛かりであったのに、死んだ人間たちの嘆息を耳にするうち、その悲しみが麻痺するように、わからなくなっていった。
忘れたのでも消えたのでもない。その悲しみは厳然として姫の胸の内に穴をあけているのに、それをうまく感じることができなくなっていた。
ふと、細い声が深海の姫の耳に届いた。
静かに何かを話すその声に、姫は耳を傾けようとした。ざわざわと好き勝手に話す声たちの中で、いつものように、その声に集中しようと努めていると、今までにはなかったことに気付いた。
死んだ人間たちの声というのは、ぼんやりと聴こえてくるもので、鮮明に発生源の位置がわかることは、ほとんどない。黒い影を纏って、苦しみの声を漏らす者たちのような例外はあるものの、声を持つ魂たちの多くは形を持たないためか、魂たちの所在というのは曖昧なものだ。
けれどその細い声は、どこかこの洞窟の中から聴こえるようだった。深海の姫はゴツゴツした岩肌の、あらゆる窪みに耳を押し当て、その声を探した。
遠ざかり、近付き、今度こそはと思っては、また見失うようにわからなくなる。それを幾度となく繰り返して、長い時間を過ごした。
そうして姫はとうとう、その声の聞こえてくる窪みを見つけた。そっと指先で中を探ると思ったよりも深く、手首まで窪みの中へ入ってしまい、抜けなくなるのではないかとさえ思った。
指先で窪みの奥を探ると、爪の先が丸く小さい何かにぶつかった。慌てて転がらないように押さえ、そっとそれをつまんで、手を窪みから引き抜いた。
それは深い海の地の底で、彼が零した水晶に似ていた。深海の姫の胸はちくりと痛んだが、麻痺していた悲しみと彼にまつわる記憶が鮮やかに蘇ったのが、嬉しくもあった。
深海の姫は小さな丸い宝玉を手のひらに乗せて、そっと耳へ押し当てて目を閉じ、その声を聴いた。
姫はどれほどの時間を費やしたか意識してはいなかったが、ちょうど三日三晩、その宝玉の声に耳を傾けた。
その夜、小さな宝玉が黙ったのと時を同じくして、洞窟の入り口を塞いでいた岩が動かされた。




