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13. 戻るつもりのなかった、海の宮廷へ

 夏の王の宮廷には、色とりどりの貴婦人たちがひしめいていた。彼女たちは海のあらゆる生き物たちが、王の魔法で美しい人の半身の姿を得たもので、夏の宮廷を賑やかに彩り、宮廷に満ちる王の寵愛を受けて、夏の間にたくさんの卵を産む。


 貴婦人たちの中を、深海の姫はしっかりと握った彼の手を引いて進んだ。貴婦人たちが彼女に道を譲るのは、彼女が王の子だからというだけではないことは、わかりきっていた。彼女が孵化する前から気味悪がられ、避けられてきた容姿に加え、今は貴婦人たちの見たことのない、人間の姿をした者を連れているのだから。


 やがて、海面にすら届く、偉大な王の御前へ出た。王はシャチの王子に伴われて深海の姫がやってきたのにも、遥か遠くから気付いていた。王の目は(あまね)く海の端にまで届く、というのは、半分は比喩であり、半分は事実でもある。海中に聳える王の視界は他の誰よりも広く、遠くまでを見渡すことができたから。


 姫が王の御前へ出ると王冠を務める珊瑚たちの間から、動く宝玉のように鮮やかな魚たちが覗き、臆病な生き物たちは豊かな王の髪の中へと逃げ込んだ。


―おかえり。お前が帰ってきてくれて、嬉しいよ。


 王は深海の姫へ微笑んでそう言い、娘の傍に跪いた男を一瞥すると、姫の言葉を待った。


―願い事を、叶えていただきに参りました。


―思いついたかい。


 深海の姫は頷いた。


―彼は、死んだ人間なのに姿があり、声がなく、他の魂たちを送る力があります。私は彼に助けられたし、私は彼を助けたい。けれど、声がない者の物語を、望みを聞くことはできません。だから、彼の声が欲しいのです。


 王は玉座としている岩へと肘をつき、顎をのせたまま、黙り込んだ。


 好奇心を隠しもせずに、遠巻きにしながらもさざめいていた貴婦人たちも、王の沈黙に皆押し黙った。


―お前の、本当の望みは何だい。


 王はようやく、こう言った。


 深海の姫は俯いたまま、本当は心の奥にある望みを、口に出せずにいた。彼と、永遠を共にしたい、と。彼がそれを望むかどうかはわからないし、王は望まないに違いないし、自分にそんな権利があるとも思えなかった。


 もう少し考えなさい、と王は言った。


 王はもうそれ以上、深海の姫とその話をするつもりが無いようだった。姫は彼の手を引いて御前から下がったが、顔を上げることもできなかった。


―ご覧よ、あの醜い長い尾を。


―それに、あの派手な髪。


―急いで逃げても尾だけ残ってしまうね。可哀想に、他の王の子は皆あんなに美しいのに。


―気味の悪いあの眼、死んで腐った魚のよう。


―不恰好な人間なんて連れてきて、縁起でもないね。


―どういうつもりなのかしら、王がお気の毒。


 彼が深海の姫に手を引かれながら、陰口を叩く貴婦人たちを見回すと、貴婦人たちはああ嫌だ嫌だと口々に言いながら、二人から遠ざかった。


 深海の姫は結局、幼かった頃のように図書室に逃げ込むしかなかった。

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