突然の帰宅
「マリー、ただいま〜♪」
突然現れたのは、オフホワイトの繊細なレースブラウスにタイトなコルセットパンツをかっこよく着こなす全身に転移魔法の名残りを纏う紫髪の美しい人。
「……え?……アン?
お、おかえり?」
理解が追いつかない。
私の頭は、誠司さんからの告白で混乱真っ最中なのに、王都に居るはずのアンジェリカが緊急用の転移魔法を使ってまで帰ってくるとか…
(……何で???)
「“薬師の涙”を使った薬、調薬したんでしょ?
自分の目で鑑定たくて、居ても立っても居られなくて来ちゃった♪」
アンらしいと言えばアンらしい。
アンでさえ“薬師の涙”を使用した薬の調薬は2回。
私が調薬した今回の薬も鑑定して研究用にサンプルが欲しいのだろう。
「あ、こっちにやった勇者君はどうした?
見当たらないけど?」
「…せ、誠司さんは……で、出掛けてます」
誠司さんの話を振られ、告白を反射的に思い出してしまい、つい、しどろもどろになりながら答える。
そんな私の機微を察知して、ニマニマしだす。
「ふぅ〜ん?
もしかして、勇者君に告白でもされた?」
「………………………うん」
蚊の鳴くような声で何とか返事をした。
アンジェリカは、私の唯一の理解者だ。
アンにだけには、私が〔転生人〕であることを打ち明けている。
私の絵空事のような話を真剣に聞いてくれ、似たような物を作ってきてくれたり、お茶や味噌など向こうの世界の類似品を探してきてくれた。
周りには私が〔転生人〕だと悟らせないよう自分が表に立って動いてくれた。
アンは師匠であり、友であり、血はつながらないけれど姉であり、時に母のような愛情を与えてくれた人。凄く信頼している。
だから、アンの頼み事なら何でも聞きたいし、嘘は絶対つかないと心に決めている。
「あらあら……うふふ。
まぁ、そうなるかなぁーとは思ってたわ。
うちのマリーは可愛いからね!」
ぎゅっとハグをして両手で私の頬をむにむにと捏ね回す。
「なんでそんな泣きそうな顔なの?
ほらほら、私に話してごらんなさい。
勇者君のこと、嫌いな訳じゃないんでしょ?」
「…うん」
ソファーに座るよう促されて座ると、その横にアンも座り、私の頭を肩口に預けて宥めるようによしよしと頭を撫でる。
「マリーは、勇者君がまさか自分をそんな風に見てるとは思ってなくてびっくりしたのね?」
「うん…」
「でも、勇者君なりに言葉には出来なくても何か行動に出てたんじゃないかな?
思い当たることは無い?」
「…………あるわ」
「それなら、その行動にマリーはどう思った?」
「私……」
そう言いかける私に、アンはその先を言わないようにと合図をする。
「その先は、勇者君に直接言いなさい。
私が勇者君をここに寄越したのは、勇者君の為でもあるし、マリー貴女の為でもあったの。
私のとこに来た時の勇者君は、生に対する執着があまりないような感じがしたのよ。
それはそうよね。
壮絶な戦いが終わっても家族のもとには帰れないし、勇者という立場は足枷のように煩わしかっただろうし…。
解呪薬は私でも作れるけど、効果は期待できないと判断した。
だから、私は貴女に賭けることにした。
勇者君の世界を知ってる貴女になら心を開いてくれるかもしれない。そして、勇者君もマリーの理解者になって支えてくれるかもしれないって。
マリー、自分ではわかってないようだけど、貴女は私よりも仕事中毒者よ。
こんな森の中に住んでて、滅多に街にも出ない。先々代様だってもっと街に出ていたわ。
若い女の子なら、お洒落したいって思うはずなのにそれもない。
私には、マリーは誰かと幸せになるという選択肢を忘れてしまっているようにさえ見えてたから…
だから、今のこの状況はとっても理想的!
あの時の私、とてもいい仕事したわ!」
「ア、アン…
それって、何だか誠司さんの為じゃなくて私の為になってない?」
「あら?ダメなの?
いいじゃない、私はマリーが大事だもの。
赤の他人の依頼者なんて二の次よ」
そう言ってのけるアンの満面の笑顔が眩しすぎる。




