追放された元伯爵令嬢。
王妃になりたいなど、そんなだいそれた事は考えた事もなかった。
ただ、エドマンド王子と親しいと知ると、私の母が隣国の商家の出である事を馬鹿にしてきた貴族達がへりくだるのを見て、溜飲を下げていただけだ。
もしかしたら、側妃にはなれるかもしれないという打算もあった。
けれど。
ある日、私は王宮に呼び出された。
相手はエドマンド王子ではなく、その婚約者であるアイリーン゠ロークレール公爵令嬢だ。
アイリーン嬢は、ひどく冷たい笑みを浮かべていた。
「貴女が、エドマンドと親しくしていた方かしら?」
「……はい。友人の一人として、親しくさせていただいておりました」
「友人、ねぇ……」
アイリーン嬢は扇子を広げて顔を隠した。
目だけが、こちらを見ている。
「先に言っておきましょう。エドマンドは廃嫡される事になりました」
「では……」
もう一人の王子が跡を継がれるのだろうか。
「次期国王は、この私アイリーンです」
扇子の影からのぞくアイリーン嬢の目が、にぃっと笑っている。
「!」
私はひゅっと息を飲んだ。
ならば、私は次期国王の婚約者をたぶらかした娘として断罪されるという事か。
私は絞首刑となり、家は取り潰しとなる。
最悪の未来を思い浮かべ、私は絶望した。
優しい両親に、まだ幼い妹と弟。
私は床に膝をつき、頭を下げた。
「次期国王陛下に、伏してお願い申し上げます。どうか、家族だけはお見逃しいただけますように……」
ふふっとアイリーン嬢が笑った気配がした。
「心配しないでちょうだい。貴女の家族に手を出す気はないわ」
「本当、ですか……?」
「ええ。貴女のお母様のご実家は、隣国の大商家でしょう」
恩を売っておくのも、悪くはないわ。とアイリーン嬢が言った。
良かった。最悪の事態だけは避けられた。
「でも、貴女はそうはいかないわ」
「覚悟は出来ております」
「そう。時に貴女、エドマンドの子を宿しては……」
「あり得ません!」
思わず顔を上げ、アイリーン嬢の言葉を遮ってしまった。
目上の者の言葉を遮るなどあってはならない事ではあったが、私の矜持として、それだけは明白にしておかなければなかった。
「婚約もしていない殿方に身を任せる事など、決して致しません」
「ああ、そういう事なのね……」
私の言葉を聞き、アイリーン嬢がため息をついた。
ぱちりと扇子を閉じる。
「貴女の処遇は、陛下より一任されています」
「……はい」
「身分剥奪の上、国外追放とします」
「え……」
私は呆然として、アイリーン嬢の顔を見つめた。
「ご不満かしら?」
「い、いいえ。とんでもございません」
思っていたよりも、ずっと軽い刑だった。
「一両日中に、この国を退去するように」
「はい」
「国を出さえすれば、その後の動向は問いません」
「……?」
どういう意味かと首を傾げる私に、アイリーン嬢はうっすらと笑ってみせた。
「〈誰か〉が、貴女を迎えに来ても私達は関与しないと言っているのよ」
……つまり、母方の生家が私を迎えてもかまわないという事なのか?
「恩を売っておくのも悪くない、と言ったでしょう?」
「ありがとうございます」
私は再び頭を下げた。
私が国境を越えたその日、エドマンド王子が廃嫡され、アイリーン嬢が正式に次期国王として任命されたと聞いた。
家から早馬が行ったらしく、祖父が商会の馬車を迎えに寄越してくれていた。
私は、既に平民に落とされた身ではあったが。
この国の民ですらなくなったが。
それでも。
私は自分の生まれた国を振り返り、伯爵令嬢として最後の礼をした。
「アイリーン次期国王陛下の、末永い御代を遠くから祈っております」
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