伝統を守る! 5
「瞳・・・・・・ アンタは、よくがんばったわ」
「・・・・・・」
「でも、力を抜きなさい。さく女の伝統を一人で守ろうなんて、力んでないで、深呼吸でもしてみなさい!」
「・・・・・・」
熊坂会長、さっきの言葉から、かたくなに黙り込んでいる。
「ったく、もう! で、瞳、あなたのいう、さく女の伝統って何?」
「・・・・・・」
「もしかして、私たちがこれまで続けてきたことを、これからも続けようっていうわけじゃないでしょうね?」
熊坂会長の頭がこくりと揺れた。
それをみて、梅田前会長が盛大にため息。
はぁ~
「だったら、そんなこと、やめときなさい! 悪いこと言わないから」
熊坂会長、キッと目を上げた。
「だって、あなたたちは、さく女の生徒ではもうないのよ。そんな制服着ているけど、神宮寺の生徒なの」
「それは、神宮寺が勝手に、さく女を乗っ取ったからで、私たちは認めていないわ!」
「それが違うことぐらい、あなたも分かっているんでしょ? 瞳」
そう、さきの世界金融危機で、運営財団が破綻して、神宮寺に救ってもらっただけ、別にさく女が乗っ取られたわけでは・・・・・・
「あなたがさく女を愛していたのは、よく分かるわ。すくなくとも、去年までの2年間、私たちは長い時間一緒に過ごしていたのだから、それぐらい分かっているわ。でも、もうさく女なんて、どこにもないのよ。あなたがどうこうしたところで、どうなるものでもないし、さく女がいつか復活するなんてこともないわ。そろそろ私たち、さく女の思い出にフタをしてあきらめなきゃいけない時よ」
えっ! っというように、熊坂会長、梅田前会長の顔を見上げた。見る見る表情がくずれ、ポロポロと水滴が目から転げ落ちる。
「どうして、どうして、先輩がそんなことをいうの? どうして? もう、卒業しちゃったから、さく女なんて、どうでもいいの? どうして?」
梅田前会長、熊坂会長にやさしく微笑みかけながら、
「違うわ! 私だって、さく女を愛していたわ。卒業したから、どうでもいいなんてことは絶対にない! もし、そうなら、今日、こんなところで瞳と話しなんかしていない」
「じゃ、どうして、どうして、さく女のことをあきらめろって言うの?」
「わからないの? もうさく女なんて、どこにもないのよ。私たちの思い出の中にしか、さく女なんてないの! あなたも、あの子も、他のみんなも、これからイヤでも神宮寺の生徒として、歩んでいかなくちゃいけないの。わかる? 私たちの思い出の中のさく女なんかで、瞳、あなた自身や他のみんなを縛り付けてほしくないの!」
「そ、そんな・・・・・・」
「さく女のプライドを持ってこれからがんばっていくのはいいことよ。だけど、さく女に縛られて、伝統を守るだとか、神宮寺の影響を排除しなきゃいけないだとか、考えてはダメ。これからのあなたたちは、あなたたちでしかできない歴史を作っていかなきゃいけないの」
ひと呼吸置き、さらに・・・・・・
「それは、過去のさく女に縛られたものではなく、さく女だの神宮寺だのではない、新しい伝統をあなたたちが築いていかなくちゃいけないの。これから、いまここから・・・・・・」
「・・・・・・」
「考えてみて! どんな伝統も、最初登場したときには、なにか合理的な理由があったはずなの。だけど、時代を経るにしたがって、取り巻く環境が変化し、かつては存在した合理的な存在理由って、なくなってしまう。だから、伝統を先人が伝えた形のまま受け継ぎ、次の人へそのままの形で渡そうとするのは、形だけを伝えているだけで、本当には伝統を守るってことにはならないの。存在意義のないものを伝えるなんて、自己満足なだけで、次の世代の人にとっては、迷惑なだけなのよ」
まっ、そうだろうなぁ。伝統を受け継いだ形のまま残すのであれば、メモをとったり、写真に収めたり、動画で保存したりすれば、それで十分。あとは博物館にでも展示しておけばいい。時代に合わないのに、延々と伝統を受け渡しし続けても、存在理由そのものがないのであれば意味がない。存在理由のないものなら、いずれその受け渡しは途絶え、消えていかなくちゃいけない。
「伝統を守るっていうのは、伝統をいつまでも同じ形で伝え続けることではなくて、その時代ごとに必要とされる形へ変え、あたらしい存在理由を与え続けるってことなの。そうしてはじめて、伝統を守るってことになるのよ。そして、時には、時代とまったくあわなくなってしまったなら、廃止してしまうのも、伝統を守るってことになるわね」
なんだか、熊坂会長、眉根を寄せて、考え込んじゃった。
「瞳、さっきはあそこで、神宮寺の男の子の登場に、激しく反発していたみたいだけど、それは過去のさく女の伝統では男子が関わってはいけなかったから。ううん、男子がそもそも存在していなかったから。過去のさく女の伝統にとらわれていたから。でも、あなたたちは、今を生きているの。過去のさく女の生徒ではないの。もう、男子が関わらないなんていう伝統は、まったくのナンセンスな世界にいるの」
「・・・・・・はい」
「あなたたちがしなければいけないのは、過去のさく女に縛られるのじゃなくて、神宮寺の生徒たちも関わることができる新しい伝統をつくることなの!」
梅田前会長、こぶしをグッと固め、さっと窓の外を指差す。
「瞳、前を向いて歩きなさい。決して、後ろを振り返るんじゃないわよ!」
梅田前会長、とっても満足そう!
これで、指差した先に今にも沈む夕日が輝いていると絵になるのだけど・・・・・・
でも、指差した窓からは、朝日を浴びた巨大なてるてる坊主がその指先を見つめているだけだった。