桜色の雲に浮かんで・・・・・・ 10
山は上りよりも、下りの方がラクだけど、でも、下りの方がケガをしやすい・・・・・・
斜面に足を乗せると、つま先が平地のときよりも下に位置し、足の甲が伸びる。さらに、重力の影響で、普段よりも強く足を踏み出すことになる。
よくよく気をつけないと、滑って、普段使わないような腱をいため、歩けなくなってしまう。
そう、最初に、すべってしまったのは、熊坂さんだった。
中腹の池のほとりにまでもどってきたころ、桜の根っこに足を滑らせ、転びそうなった。たまたま、私が隣を歩いていたので、慌てて、体を支え、転ばないようにすることができたのだけど。
でも、次にすべったのは、私。
もうちょっとで、裏山の入り口っていうところ、私、小石で足を滑らせてしまった。
熊坂さんも委員長も、私の後ろで、並んで、足元を気にし、気にし、慎重に下りていた。私も、同じように降りていたはずなのだけど・・・・・・
足を乗せた小石が急にガラガラと崩れ落ち、私の足が支えを失って、滑っていく。
「きゃっ!!」
私、転んじゃった。デニムのパンツだったから、擦り傷とか作らなくて済んだけど、スカートとかはいていたら、血まみれの足になっていたかも・・・・・・
「つかさちゃん、大丈夫?」
熊坂さんと委員長慌てて駆け寄ってきてくれる。そして、手を伸ばして、助けおこそうと・・・・・・
「っつ!? いたっ!」
「どっか、怪我した? 痛い? 大丈夫?」
「うん、ちょっとひねっちゃったみたい」
私、どうにか立ちあがったけど、すぐに痛さで、しゃがみこんじゃう。
「大丈夫? 立てる?」
「私、誰か呼んでくる。ひかりんはつかさちゃんのそばにいてあげて」
委員長はさすが頼りになる。そういって、一人で駆けていこうとした。
でも、すぐに、その委員長を呼び止めた人影がひとつ。
「やあ、委員長!」
「あ、佐野くん、ちょうどよかった。友達が怪我したみたいなの。歩けなさそうだから、保健室まで連れて行くの手伝ってくれない?」
「ああ、いいよ。そういうことらしいから、中川、悪いな」
桜の木の向こう側から、ああとかいう返事が聞こえた気がするけど。
中川・・・・・・?
こんなところで、中川君に会ったりしたら、また、どんなことになるか・・・・・・
来てくれるのは佐野君だけだといいな!
私の願いはどうやら聞き届けられたみたい。
程なく、委員長に連れられて、佐野君が登場した。
「あ、これは軽い捻挫だな? そういえば今日は保健の先生は、いないはずだから、だれか付き添って、一旦家へ帰って、家族の人と一緒に病院へ行った方がいいかもな」
佐野君、私の足をつかんで、グリグリ動かして、症状を確かめた。そのたびに、強烈な痛みが私の体を突き抜ける。
この人、わざと、私に痛い思いをさせてるのじゃないの!
かなり恨みがましい視線を佐野君に向けたのだけど、それに全然気づいてくれないし・・・・・・
ようやく、佐野君、私の足を放してくれたと思ったら、私に背を向けて、しゃがみこんだ。
「ほら、おんぶしてやる」
えっ! えっ! えぇっ!
「い、いいよ。自分で歩いていく」
「自分で立てもしないくせに、どうやって歩いていくんだよ! ほれ、早く乗りな!」
「えっ! でも・・・・・・」
「オレの背中がいやなら、なんなら、中川を呼んできてやってもいいんだぞ!」
そ、それは、絶対にヤダ!
私が動けないって知ったら、何をしでかしてくれることか・・・・・・
私、しかたなく、おずおずと佐野君の首に腕を回した。そして、体をその背中に預けた。
大きな背中だった。あったかくて、大きな背中。
そういえば、私がこんな風に大きな背中におんぶをしてもらったのって、いつ以来だろう?
小学校のとき、かみそりの刃で血だらけの足になった私をおんぶしてくれたのは、学君だったっけ。
「ほらっ! もっと腕に力入れて、ずりおちるぞ!」
「う、うん・・・・・・」
なんだか、頬が熱いような気がする。
でも、そのとき、佐野君。
「お前、結構、胸あるんだな」
「ば、ばかっ!!!」
私、中川君に顔を見られないように、佐野君の首筋に顔を伏せ、裏山の入り口の門を通り過ぎた。
佐野君、ご丁寧にも、中川君にちょっと行ってくるわとかなんとか、挨拶していたけど、中川君の方は、全然私には気づいていなかったみたい。C組の女の子とおしゃべりしてた。
まあ、パーカーとデニムのパンツなんて、あまり気の利いた女の子のするような格好じゃないし・・・・・・
私のイメージにぴったりなのは、ふりふりワンピとかかな?
もちろん、キライじゃないけど、やっぱり、こういう格好の方が、ラクっていうか、気を使わなくて、いい。
佐野君、私をおんぶしたまま、最短コースで校門前へ、校庭を通り抜け、途中、何人か、私に気づいた子がいたみたい。
熊坂さんと委員長は、会長に、私が怪我したことを報告しに生徒会室へもどり、委員長が私の荷物を取って、追いかけてくれるはず。
私は佐野君の背中に必死にしがみついて、校門から桜並木の道を下り始めた。
普段よりも、すこし目線が高い位置からの桜並木。
ハラハラと散って、私たちの頭に降りかかり、降り積もる。佐野君の頭の天辺に桜の花びらが張り付いているのが、なんだか間抜けな眺め。足の痛みがあったけど、ふっと息を吹きかけて、飛ばそうとしてみた。でも、うまくいかなかった。髪の毛に引っかかって、桜の花びらは佐野君の頭にくっついたままだった。
「なに遊んでるんだ!」
「あ、ごめん。桜の花びらが、頭に・・・・・・」
「ああ、知ってるよ。さっきから、額とかに、張り付いてきてるから」
えっ?
よく見たら、佐野君、顔中汗だらけ・・・・・・
汗で桜の花びらが張り付いてる。
「お前、結構重いな!」
「な、な、なっ・・・・・・」
なんですってぇ!!!
「わっ、ばか! 暴れるな! 落ちるだろうが!」
ほんと佐野君って、ヤなヤツ!
委員長は、歩道橋の前で私たちに追いつき、そのまま三人で、私の家へ向かった。
家の前では、予め電話で連絡が行っていたので、すでに車の用意がしてあり、私が着いた途端、車に乗せられ、病院へ直行した。
だけど、その車を運転してるパパどうしちゃったのだろう?
なんだか、機嫌わるい!
それに、家にたどりついたとき、裏山から、家までずっと私をおんぶしてくれた佐野君を、にらんでいたし・・・・・・
かなり、いけ好かないヤツだとはいえ、汗まみれになり、大変なおもいをしてまで、私を家まで連れ帰ってきてくれた今回の功労者だというのに、ありがとうぐらい声をかけてあげればいいのに・・・・・・
まるで、親の敵かなにかみたいににらんじゃって、ヘンなの!
病院で見てもらうと、私の足、軽い捻挫だって。
腫れはひどいけど、骨に異常がないし、足の腱を伸ばしちゃっただけで、とくにひどいものではないみたい。
大体、10日ほど、足首を固定していれば、完治するだろうという見立てだった。
おかげで、私、足首をがっちり固定されて、包帯でグルグルと大げさに巻かれちゃった。こんなんじゃ、靴はもちろん靴下も、履けないし、松葉杖なしじゃ、一人で移動すらできない。
明日も、受付しなきゃいけないのに・・・・・・
私は、病院から、会長の携帯に電話して、事情を説明しておいた。
いくらなんでも、こんな怪我人に明日の受付が務まるわけないのだし、会長の方で、適当にやりくりしてくれるだろうな。きっと。
その日は、早めに休むことにした。
眠る以外、することもなかったし・・・・・・