桜色の雲に浮かんで・・・・・・ 9
それから、私たち、そのまま手をつなぎ、裏山を登り始めた。
登山道の両脇に植えられた八重桜は、ピンク色の雲を視界いっぱいに広げ、かすかな風に吹かれて、甘い香りをあたりに撒き散らしている。
下のほうから聞こえる琴や横笛の音色が、優美でたゆたうような雰囲気をかもし出している。
このピンク色の世界の中で、横になり、お昼寝をすれば、天の国へ昇ったかのような、最高のくつろぎとやすらぎを与えてくれそう。
裏山といっても、高さは100メートルあるかどうかってぐらい。
学校自体が丘の上に建っているから、麓の町からの標高差で、200メートルちょいぐらいになるのかな?
学校の敷地自体は、もともとさくらヶ丘女子高校の運営財団の所有地だったけど、この学校に隣接する裏山は、さくらヶ丘女子の創始者一族の私有地。だから、今年の春の経営危機のときには、この裏山売りに出されることもなく、依然と同じように、管理されているのだねぇ~
だからこそ、さくらヶ丘女子の生徒会主催で行われる観桜会が、今年も支障なく開けるってわけだ。
私たちは、中腹にある池まで来た。
池といっても、水溜りみたいなものだし、今は干上がって、底に敷き詰められている小石が転がっているのが見えるだけ。梅雨時になり、雨が降ったときに、ようやく池らしい姿を見せる。
この池の周りでは、文芸部が自作の詩の朗読会を開いているはずなのだけど・・・・・・
まだ、時間がちょっと早いのか、だれもいない。
「だれもいないね?」
「うん、まだ、ちょっと早いみたいね」
委員長が、手元のパンフレットと携帯の時間表示を見比べて言う。
「ね、ちょっと寄り道して、あっちの東屋へいってみようか?」
「たしか、なにか作品を展示してあるんだっけ?」
「そうだよ。同じクラスの美術部の子の作品もあるって、言ってた」
「同じクラス? まだ、入学して、一週間ちょっとなのに?」
「うん」
一年生のそれも入学間なしなのに、もう先輩たちの作品と一緒に展示されるなんて・・・・・・
な、なんか、すごい作品がみられそう!
東屋の横、テントが設営してあり、何人かの女生徒たちが休息を取っている。
早速、その中に、友人の顔を発見したのか、熊坂さん、テントの中へ飛び込んで行っちゃった。
私たちも、その後をついていくかどうか迷ったけど、まずは、目的の東屋の中をのぞいてみることにした。
東屋は、壁が山側にしかなく、後の三方は3本の柱があるだけの吹きさらし・・・・
中のベンチに腰掛ければ、目の前の桜の雲海越しに、私たちの町が一望できる。高い建物がない、静かに眠っているかのような町。四方を山に囲まれた盆地で、夏は極端に暑く、冬は極度に寒い。
でも、今日は視界の縁を彩って、ピンク色の雲が漂っている。まるで、幻想の町。いまにも、あちらの扉から、 こちらの扉から、妖精たちが飛び出してきそうな・・・・・・
「素敵~」
今日何度目だろう。私や委員長の口から、この言葉が飛び出したのは・・・・・・
そして、反対側、中央のテーブルの上には、手芸部の作品が。こよりを編み、ニスで固めたカゴや、毛糸を編んだ人形。造花の桜を肩にしているのは、粘土細工の少女。
なかなかに手が込んでいて、力作ぞろい。
「かわいい~」
山側の壁やベンチの上に置かれているのは、桜の絵。おそらく、去年、ここの桜が満開になった頃、観桜会の後で、スケッチし、描き上げた作品の数々。油絵や水彩画、さまざまな技法を凝らした桜の絵が華やかさを競っている。
現実の桜もきれいだけど、これらの絵の中の桜も、美しく気高い。
「あれ? このベンチの上の小さな作品、駅の向こうの学校の桜じゃないのかな?」
「え? どれどれ?」
駅の向こうの学校といったら、私が通っていた中学校だ。校庭の隅に、大きな桜の木が一本だけ植わっていて、卒業式に雨のように、花びらを散らしていたっけ。
卒業式で感極まった女の子たちが、涙で濡れた頬に、桜の花びらをつけて、卒業写真におさまっていたんだよねぇ。ありさちゃんも、私も・・・・・・
そう、確かに、こんなシルエットの桜だった。
満開の桜、遠景に校庭でキャッチボールをしている少年たちの姿。私が学んでいた校舎が描きこまれている。
「これ、私が通っていた中学校だよ!」
「へぇ~ この中学校、いつも駅から見えるし、大きな桜があるから、すぐわかるね」
「うん。この桜、学校ができる前からここにあるんだってぇ 先生言ってた」
「歴史のある桜なんだぁ~」
「明治時代に、伊藤博文が来たときに記念に植えていったんだって」
「すごーい。そんなに昔からあるんだぁ~」
「うん。すごいでしょう。うふふ」
「私、いつも電車の中から、この桜、葉っぱしか見たことなかったから、花咲いているときって、どんなだろうって、いつも想像してたんだ」
「あ、そうか、今、葉桜だもんね」
「うん」
「じゃ、こんど、私の卒業式の日の写真見せてあげるよ。ちょうど、卒業式の日に、満開だったし、最後の集合写真、その桜の下で撮ったから、満開に咲いてる姿が見れるよ」
委員長、胸の前で両手を組んで、心の底からうれしそうに・・・・・・
「え、ほんと。うれしぃ~ ぜひ、ぜひ見せてね」
「うん、了解!」
ピトッと眉毛に人差し指と中指を当てて、敬礼をひとつ。了解の合図。
と、その途端、東屋の入り口に熊坂さん。
「なに、なに、なにぃ? なに二人で話してたの?」
含み笑いの私と委員長、そろって、
『ナイショ!』
「ええ~ ずるーい!」
私たちは、ようやく頂上まで上り詰めた。
って、大して上ったわけでもないので、特に疲れたりなんかしなかったけど。
頂上では、毛氈の敷かれた台が何台か置かれ、赤い大きな和傘が日よけ代わりに、立てかけられている。
すこし離れたところでは、茶釜が炊かれ、きれいな着物を着た上級生が、お手前を披露している。
とても優雅でしっとりと落ち着いた美しい眺め。
台のひとつに腰掛け、その仕草を眺めていると、着物にタスキ掛けした女生徒が、先ほどの上級生から大きなお茶碗を3つ受け取り、私たちの元へ運んできてくれた。
「えっ、えっ、えっ!?」
もちろん、私、お茶のお作法なんて、しらないよ!
「私、お作法ってしらないんだけど・・・・・・」
「私も・・・・・・」
って、こういったときに、もっとも頼りになるはずの委員長が・・・・・・
ひょいと、反対側をみると、マイペース娘、ずずずっとお茶を飲んでるし・・・・・・
あわてて、ひじをつつき、小声でたずねてみる。
「熊坂さん、お作法知ってるの?」
「えっ? お作法? 知ってるも何も、こんなときは、作法なんて気にせず、美味しく飲めばいいんだよ。それがお作法!」
「えっと・・・・・・ そ、そういうものなの・・・・・・?」
「そう、そういうもの」
妙に自信たっぷりに言ってくれるし・・・・・・
迷ったけど、思い切って、私も飲んでみた。
決して、美味しいってものでは・・・・・・ 苦いし、渋いし、なんだか生臭いような気もする。
それでもさすがお茶。なんだか、気分がすーっと落ち着く・・・・・・
お茶って、結構いいものかも。
隣では、私と熊坂さんの真似をして、委員長もずずずー。
私たち3人の中で、一番大きな音のずずずだった。
ぷっ