桜色の雲に浮かんで・・・・・・ 8
裏山の入り口、いつもは、生徒たちが勝手に裏山に上ったりしないように閉じられている門が、今日は目一杯開いている。
そこを生徒たちやOGたち、近所の人たちが自由に出入りしている。
私たちがその門へ近づいた頃、門の影から、突然、ボロボロの服を着た少年が現れた。
「おお、春の女神よ! そなたは、美しく気高い!」
妙に甲高い声、わずかに盛り上がっている胸元、どう見ても女性。演劇部の野外劇だねぇ~
「それに引き換え、私のこのなりといえば、お粗末という言葉ですら、豪華な飾り・・・・・・」
要するに、夢の中で出会った春の女神に恋した羊飼いの少年が、春たけなわの裏山を見上げて、春の女神が降臨してくるのをただひたすら願っている。
けれど、その羊飼いの少年には、彼に恋する幼馴染がいて、彼が夢中になっている春の女神に嫉妬し、村祭りのダンスに彼を誘い出して、女神のことを忘れさせようとする話みたい。
そういえば、近くにも同じように、つれない女神さまに恋してしまった少年と、その少年に想いを寄せている少女がいたっけ。
できるだけ、さりげなく、なにげなく・・・・・・
「ねぇ、委員長、なんで、島崎君だったの?」
「えっ、えっ、えっ!!!」
委員長、しだいに耳まで赤くなっちゃって・・・・・・
さりげなく訊いたつもりだったけど、ちょっとストレートに訊きすぎちゃったかな?
「な、な、な、なんで・・・・・・」
「そりゃ、見てれば分かるし。結構、みんな気がついているみたいだよ。あ、でも、本人は、まだ気づいていないみたいだけど」
「そ、そんなぁ~」
委員長、もじもじしちゃって、かわいい。恥ずかしがって、私の質問の答え、なかなか口に出せないみたい。めがね巨乳好きなら、その姿だけでも、萌え萌えだね!
やがて、観念したのか、開き直ったしっかりした声で、
「私ね、3つ年上のお兄ちゃんがいるの」
委員長が言うには、小さなときから、そのお兄ちゃんのことが大好きで、いつもその後をついて回って、遊んでもらっていたらしい。で、そのお兄ちゃんが小学校の頃からのめりこんで、夢中になっていたのが、サッカー。
残念ながら、お兄ちゃんには、さほどサッカーのセンスがなくて、高校時代はサッカー部をあきらめ、別の部活に入っていた。でも、お兄ちゃんがもっとも輝いていたのは、サッカーをしていたとき。だから、今年入った大学で、もう一度、サッカーを始めてほしいっていうのが、この春の委員長の願いだった。
「で、そんな風にお兄ちゃんのことを考えて、学校のグラウンド見ていたら、一人お兄ちゃんみたいにボールを蹴るのが楽しくて、楽しくて、仕方がないっていう風な男の子がいたの。もちろん、お兄ちゃんよりもずっと上手だし、スピードもあって、格好よかったのだけど・・・・・・」
それが、島崎君。委員長、そう言って、小さく笑った。
「そっかぁ。大好きなお兄ちゃんと島崎君がダブって見えちゃったんだね」
うん・・・・・・ 小さく頭が動くのが見えた。
そっか・・・・・・
ブラコンが発端だったわけか。私には、お兄ちゃんも弟も、姉妹さえもいないけど、どんな感じなんだろう? 兄弟がいるって・・・・・・
学君をもっと身近にしたような存在なのかな?
学校だけでなく、いつでも、家の中でも一緒にいる学君。うっ、なんか、うっとうしいかも。
でも、委員長を見ていると、ちょっとうらやましくも、寂しくも感じた。
そうこうするうちに、入り口の門周辺の野外劇、村祭りのシーン。
管理棟から聞こえてきていた琴や横笛の調べが、ワルツの3拍子にかわり、質素な身なりの村人や村娘が8人ほど登場して、踊り始めた。
やがて、少女に手を取られ、強引に踊りの輪の中へ連れ込まれた少年。最初のうちは、少年もいやいや踊っていたのだけど、しだいに、少女と踊ることが楽しくなったのか、軽やかに笑いながらステップを踏む。
華麗なステップ、鮮やかなターン!
観衆を魅了するすばらしい踊りだった。
そして、気がつけば、村人たちは退場し、少年と少女だけが取り残されていた。少年と少女は踊りをやめ、しっかりと抱き合い、お互いの目の中を見つめあい・・・・・・
「ボクは、今、本当の女神を、この手で抱いている気がする・・・・・・」
「いいえ、ちがうわ。私は私。あなたの女神さまなんかではないわ」
「ああ、知っている。君はボクのただひとりの友達だから。ボクが、心の底から愛している、たった一人の・・・・・・」
「たった一人の・・・・・・?」
ピッタリと当てはまる言葉を捜しているかのようなすこしの間があり。
「・・・・・・君なのさ」
そうして、二人は、唇を重ねた。
コレが入り口脇の野外劇の大団円のようだ。本当なら、ここで舞台の上から幕が下り、幕引きになるんだろうけど、今はなにもない野外劇。幕なんてない。でも、観衆たちの満足のため息とあたたかい拍手がこの二人の若い俳優を包んだ。
でも、しかし、結局、夢の中の女神に血迷った少年を、自分自身の魅力を最大限に使って少女が正気づかせただけの話。この程度で、恋から覚める少年ってのもねぇ~
実際に、こんな少年がいたら、幻滅しちゃうかも。
やがて、音楽がまたワルツの調べにもどり、主役の少年と少女たちが踊り始めた。
劇の中の華麗な踊りではなく、もっと大人しく、優雅な踊り。先ほど退場していった村人たちも再び登場して、踊りだした。
エンディングのダンス。
と、観衆の中から、初老の男性がその妻らしき女性を誘い。その場でダンスをはじめる。日ごろの練習に裏打ちされた、本当に絵になるダンス・・・・・・
きっと、普段から、趣味で社交ダンスをたしなんでいるのだろうなぁ~
素敵な、素敵な老夫婦・・・・・・
私の周りにいたカップルたちから、いいな、私たちも、いつかあんな風になれるといいね。なんて、甘いささやきがあっちからも、こっちからも・・・・・・
私も、いつか、旦那さまになる人と、清貴さんと・・・・・・
「あ~、なに、なに? つかさちゃん、なに想像してたの? 真っ赤だよ!」
私の素敵な将来の夢に土足で入り込んできたのは、いつものマイペース娘。
「あぁ! わかった! つかさちゃん、あの先輩みたいに男装したら、すごく格好よくなるよ! 学校中の男子のだれよりも、絶対、絶対カッコいいんだから! みんなキャーキャー言って、ファンクラブがすぐにできちゃうかも。でも、そのときは、私がファンクラブの会員第一号だからね」
とウィンク。
ちょっと私が考えていたこととは違うのだけど・・・・・・
ま、まあ、私が男装したりなんかしたら、すごく様に・・・・・・
って、ならないって、どうせ、男装させるなら、ありさちゃんとか、ありさちゃんとか、ありさちゃんとか・・・・・・
背が高くて、ほっそりしてて、それでいて、動きがシャープ。きびきびしてて、格好いいんだもん!
私には、ボーイッシュな感じより、コケティッシュな、小悪魔的な、魅惑的な、女オンナした感じの方が、はるかに似合うと思うんだけど・・・・・・?
だって、美の女神つかさちゃんだもん!
ともあれ、老夫婦に釣られて、何組かのカップルもあちこちで踊りだした。
そういう状況になると調子に乗っちゃうのよねぇ。マイペース娘って。
「ね? つかさちゃん、私たちも!」
「え、ち、ちょっと、ちょっと!」
「はい、ずんちゃっちゃっ、ずんちゃっちゃっ」
「え、もう、1,2,3。1,2,3」
私たちも、老夫婦の見よう見まねで踊りだす。私と熊坂さん(妹)、どちらがリードするわけでもなく、リードされるわけでもなく。ムチャクチャに、そして、クルクルと・・・・・・
しまいには、両手をつなぎ、腕を伸ばして、お互いにお互いを振り回し、振り回され・・・・・・
「きゃははは、目、目がまわっちゃう」
「きゃぁ~ん、ふふふ」
近くの人には、ちょっと迷惑だったかな。でも、すごく楽しい。こんなに思いっきり踊ったのって、体を動かしたの、いつ以来かしら。すごく楽しかった。
けど、子供っぽすぎるのが、すこしだけ残念なのだけど・・・・・・