桜色の雲に浮かんで・・・・・・ 3
「こんにちは、おはようございます」
「お、おはようございます」
私の前に立ったゲスト一人目は、青年だった。明らかにOGではないよね。
なんだか呆然と私の顔を見つめて立っているその男性、私が爽やかな微笑を浮かべて、『こちらへご住所とご署名お願いいたします』なんて、ペンを渡すと、飛び掛るようにして、署名用紙に住所と名前を書き込んでいく。
この様子だと、こちらにクレジットカードの番号とか、各種暗証番号とかをお願いしますって言ったら、本当に書いてくれるかも。
ここで得た氏名と住所の情報は、後で整理しなおして、お礼状の発送だとか、次回イベントの案内、寄付の募集のための名簿作りに使われる。
ゲストが署名している間に、案内用のパンフレットを準備して、次の初老の女性に署名用紙を渡し、署名をお願いする。
さらに、その次の重力の影響をまともに受けている中年女性にも署名をお願いして。
最初の位置にもどるころに、一人目の男性は書き終わって、私をじっと見ているし・・・・・・
私の顔になにかついているのかしら?
ふふふ、そんなに見つめられたら、私の顔に穴が開いちゃいそうよ。
早速、準備していたパンフレットを渡して、『ごゆっくりどうぞ。観桜会、たのしんでいってくださいね。それと、もしよろしければ、あちらで高校施設充実のための寄付を募っておりますので、よろしくお願いいたします』なんて案内をする。
彼、なんだか壊れた人形みたいに、ウンウンって何度もうなずいて、私が指した寄付の受付の方へ行っちゃった。しばらくして、寄付の方の受付の女の子、目を丸くして、ビックリしているけど、もしかして、相当多額の寄付をしちゃったのかな?
てへ、ホント、私って、罪な女。
二人目の初老の女性は、『はい、そうね。今年も小額だけど、寄付させてもらうわね』なんて、感じのいい微笑を浮かべて、寄付の方へいったけど、3人目の中年女性は、ちらりとそちらを見ただけで、さっさと先へいっちゃった。
それから、何十人もの人の受付を済ませたころ、私の前に立ったのは・・・・・・
「おっす! つかさ」
「つかさ、おはよう!」
学君とありさちゃん。
二人で連れ立って、やってきた。って、土曜日の朝っぱらから、二人そろってくるなんて、なんか、なんか・・・・・・
「おはよう! 学君、ありさちゃん。来てくれたんだぁ」
他のゲストはほっぽりだして、二人の相手・・・・・・
ありさちゃんの手をとって、キャッキャと喜んで見せた。なんかすんごいブリッ子。でも、周りにいる男性たち、私とありさちゃんのそんな楽しげな様子をまぶしいものでも見るようにして、目を細めてるし。さすが、この学校一番と二番の美少女コンビ。まわりの男たちの視線、釘付けよ!
「あ、そうそう、ここに署名してね。ハイ、これパンフレット」
私、まとめて、署名用紙とパンフレットを二人に渡した。二人が住所と名前を書き込んでいる間に、一旦ほっぽり出していたゲストたちの相手。
手早く終えて、二人の前にもどってくると、
「くふふ。つかさ、結構きちんとやってるんだぁ~ えらい、えらい!」
ありさちゃん、私の頭をなでてくれた。
「えへ、すごいでしょう」
「うんうん、すごい! いつの間に、こんなことをそつなくこなせるようになったのだろう。ありさお姉ちゃん、感動だよ!」
ありさちゃん、私の首を抱きしめてくれるし・・・・・・
うれしいのだけど、ちょっと大げさ。
でも、いっか。なんか気持ちいいし。
「さて、ありさ、そろそろ行こうぜ! 空手部の先輩たち、向こうでたこ焼き焼いてるらしいから、挨拶にいかないと、剣道部もなにか屋台だしてるんだろう?」
「あ、そうね。じゃ、つかさ、がんばってね」
「うん来てくれて、ありがとう。私、がんばる」
二人は、私に手をふって、並んでグラウンドの方へ歩いていった。二人して楽しそうに話しながら・・・・・・
でも、なんだろう、そんな二人の様子を眺めていると、ちょっと胸の中が冷えたような気がする。体の中に、そよと風が流れた。
それから一時間もしたころ、一人の女性が受付に来た。
細身の40代の女性。上品な着こなしが、素敵。
その女性、私の顔を見るなり・・・・・・
「あなた一年生ぐらいかしら? もしかして、あなたが斉藤さん?」
私は、きょとんとして、彼女の口元を見つめた。すぐにハッと気がついて、
「え? いえ、違います。神宮寺です」
「あら、そう。とても素敵なお嬢さんだから、間違っちゃったわ。ごめんなさいね?」
とても素敵なお嬢さんなのは、分かってるし、その通りだと思うけど、だからといって、なんで、私が斉藤さん(ありさちゃんのことかな?)と間違えられなきゃいけないのだろう?
「いえ、いえ」
「うちの息子の祐一が、学校で一番の美人がA組の斉藤ありささんっていう娘だって言っていたから、てっきりあなただと思ったの」
な、なに! な、なんで、学校一の美人が私じゃなくて、ありさちゃんなのよ! あなたの息子の祐一ってどんな目してるのよ! 目の玉が腐っているんじゃないの! 目ヤニだらけになっているんじゃないの! 一度取り出して、ようく、きれいに洗ってあげた方がいいことよ、お母様!
ったく!
でも、ふっと、横を見ると、なぜか委員長固まってるし・・・・・・
「委員長、どうしたの?」
私の声が聞こえなかったのか、じっと私の前の女性を見つめてるだけ。
「委員長? 大丈夫?」
ちょっとひじを突いてみると、ようやくスイッチが入ったみたい・・・・・・
「あ、うん、大丈夫・・・・・・」
「あの、こちらへご署名とご住所をご記入いただけないでしょうか?」
私、署名用紙をその女性に渡した。
「あ、はいはい。あなたも大変ね。こんなに忙しいなんてね」
「いえ、そんなことは・・・・・・」
確かに大変だ。開場してから、3時間近く、ひっきりなしにお客がやってきて、受付をしているわけだし・・・・・・
「私たちの頃は、今日みたいに晴れてなくて、二日とも小雨まじりの天気だった上に、開花が遅れ気味だったから、お客さんが少なかったのよねぇ~」
「あ、卒業生の方でしたか」
「そう、もう卒業して20年以上になるのね。さくらヶ丘の名前が消えちゃったのは、残念だけど、息子が今年神宮寺に入学してね。今、このキャンパスに通っているのよ。わたしたちが通っていた、この場所にね」
「へぇ~ すごい偶然ですね。まさに運命ですね」
「そう、運命なの。でも、素敵な運命だわ」
その女性、署名を終えて、私に署名用紙を渡してくれた。
交換に準備しておいたパンフレットを渡し、
「では、先輩、どうか、今年の観桜会楽しんでいってくださいね」
「ええ、そうさせてもらうわ」
彼女、小さく手を振って、私が何も言わないのに、寄付の受付の方へ歩いていった。
私の手には、『島崎ゆり子』という名前が書かれている紙が残った。