お花見しましょ? 6
1時間目の英語の時間。
島崎君、ずっと顔を両手で抱え込んだまま、何かを考えていたみたい。
2時間目の国語の時間には、今度は、教室の中の男子の顔を一人一人じっくりと観察していた。
そして、2時間目の後の短い休み時間。
たまたま私と学君が廊下の隅の自動販売機で、ジュースを買って並んで教室へもどってくると、教室のドアのところで、島崎君が突進してきた。
「神宮寺、ちょっといいか?」
なんだか、真剣な表情だ。
「お、おう」
「う、うん」
私と学君、同時に返事をした。でも、この場合、島崎君が呼びかけたのは、学君の方だった。
島崎君、学君をつれて、階段を上り、今は使われていない3階の廊下の奥へ歩いていった。
私、物陰に隠れるようにして、そんな二人の後を追いかけた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
島崎君と学君、向かい合ったまま、黙ってにらみ合っている。やばっ この二人喧嘩をしちゃうの? 二人からは死角になる場所に隠れている私。知らない人が見たら、これじゃまるで、私をめぐって、決闘を始める男たちふたりって図だなぁ。喧嘩は、やめてぇ。二人をとめてぇ。私のためにあらそわないで。
でも、この二人が争うのは、私ではなく、ありさちゃん。
なんで、なんで、ありさちゃんなのよ!
恋の決闘をするなら、普通、この美の女神つかさちゃんを賭けてでしょうに!
世の中、間違ってる! 絶対ヘン!
とはいえ、もし、本当にこのまま喧嘩になったとしても、島崎君がいくらスポーツマンだからといって、私を守って、実戦経験が豊富な学君に勝てるはずはないだろうし・・・・・・
やがて、島崎君から口を開いた。
「なぁ、神宮寺。お前、斉藤さんと付き合ってるのか?」
相変わらず視線はするどいまま。
「ああ、オレはそのつもりだ」
学君、ためらわずに返事をした。
「そか・・・・・・」
とたんに島崎君、うつむいちゃったし・・・・・・
泣いちゃったのかな? なんか、肩の辺りがピクピク動いてる。
「なぁ、彼女、ステキな人だよな。優しくて、格好良くて、がんばってて」
「ああ、そうだな」
「オレ、この学校に入ってすぐのころ、サッカー部のヤツが神宮寺に告白するっていうんで、応援するつもりで、隠れて見にいってたんだ」
ん? サッカー部? だれのことだろう? 何人かサッカー部の男子から告白されたからなぁ~?
「そしたら、アイツ、あっさり振られてやんの。なんかかわいそうだけど、おかしくて、隠れながら、ついつい大笑いしてた。それに気づいた、ヤツ、急に怒り出して、神宮寺を追いかけていったんだ。オレ、これはやばいってんで、慌てて、ヤツを止めに隠れ場所から出て、追いかけていったんだけど」
ああ、サッカー部で私を追いかけてきたっていったら、B組の子だったっけ? 名前忘れちゃったけど。
「ヤツ、神宮寺に追いついて、抵抗している神宮寺を無理やり押し倒そうとしやがった。オレ、すんげぇあわてて、やめろ!って大声だして、止めに入ろうとしたんだけど、その前に、たまたま近くを通りがかった斉藤が、間に入って、ヤツを投げ飛ばしちまいやがった。ヤツは、そのまま失神して、のびてたけど。投げ飛ばした斉藤、すげぇ、様になっててよ。すげぇ、格好よくってよぉ」
とうとう、島崎君泣き出した。
「それ以来、気づいたら、オレ、斉藤のことばかり見てた。斉藤の声を聞くたびに、心臓がドキドキしてたし、斉藤の笑顔を見るたびに、頭がしびれてた。オレ、自分でもおかしいって思うぐらい、いつもいつも斉藤のことを考えていてよ。あんなに大好きだったサッカーがちっとも楽しくなくなってよ。部活がつまんなくなってよ」
腕で涙をぬぐう。それでも、涙は次から次へあふれ出る。
「そんなときには、ああ、斉藤が応援に来てくれていたら、斉藤が『がんばれ』って言ってくれたらって、そんなことばかり考えていてよ。オレ、バカだよ」
学君、硬い表情で黙ってその場に立ったまま。
「そしたら、オレ、気づいちまった。オレ、あの一瞬だけで、斉藤に恋しちまったんだよ」
むせび泣きながら、島崎君告白を続ける。
「笑ってくれよ。高校生にもなって、一目ぼれなんて。オレ、みっともねぇ。格好わるぅ。オレ、自分でもなさけねぇよ。でも、オレ、斉藤が好きなんだよ。大好きなんだよ。どんなに格好の悪い恋だって、アイツが、アイツが好きなんだよ」
学君、なにも言わず、真剣な表情のまま、島崎君の告白を聞き続けていた。
私、なんだか急に、これ以上、盗み聞きしているのが悪いような気がしてきた。男の子が、こんな風に自分の気持ちをはっきりと出すなんて。照れも恥も外聞もなんもかんも、全部忘れて。そういえば、私に告白してくれた男の子たちって、振られた後でも、なんとなく、スッキリしたような表情をしている子が多かったような。
私の頭の中で、最近、告白してきた何人かの男の子たちの顔がうかんだ。キチンと、思いを言葉にすることで、 すっきりした気分になるのだろうなぁ。それがどんな結果に終わったとしても。
心の中に抱え込んで、いつまでも吐き出さないのって、もしかすると一番不幸せなことなのかもしれない。
そして、島崎君、目の端に涙の粒をうかべてはいるけど、妙にすっきりした様子で。
「だからって、もう、オレ、斉藤に付き合ってくれって言ったりしない。アイツが俺よりも、神宮寺の方を選んだのなら、オレは、潔く身を引く。そして、斉藤が幸せでいてくれるのを影で見ていることにする。だから、神宮寺、斉藤のこと、よろしく頼むな」
おうとか、学君、口の中で答えたみたいだけど、返事は聞こえなかった。
「絶対に、絶対に、斉藤を幸せにしてやってくれよな! 絶対泣かせるようなことはするな! そのときは、オレが、お前を殴りにいくからな!」
島崎君、こぶしを固めて、軽く学君の胸を叩いた。
「ああ、まかせとけ」
島崎君、にっこりと人懐っこい笑顔で笑いかけていた。
「なあ、神宮寺」
「ん?」
「コレ、もうオレには必要がないものだから、お前にやるよ」
そういって、島崎君がポケットの中から引っ張り出したのは、映画のチケットだった。でも、学君、そのチケットを受け取りもせず、自分もポケットの中をゴソゴソかき回す。
やがて・・・・・・
「それは、もらえねぇよ。ホレ、オレもコレ」
同じチケットが学君の手に・・・・・・
「そ、そうか・・・・・・ やっぱ、オレって、みっともないな・・・・・・」
二人とも、チケットをポケットの中にしまいなおし、苦笑いを浮かべあっている。
「でも、それ、捨てたりしない方がいいぞ!」
「・・・・・・」
「お前以上に、みっともなく、お前に恋しているヤツだっているのだから・・・・・・」
学君、ボソリとつぶやくように言った。
それから島崎君の手がかなり長いこと、止まったままだった。
「授業中とか、休み時間とか、お前のことずっと見てる女の子がいるの、お前気づいてないだろう?」
「えっ!? えっ!?」
「ったく。まあ、ありさにばかり意識がいってて、周りがみえてなかったんだな。仕方がないといえば、ないか」
「だ、だれのことだよ?」
島崎君、狼狽している。さっき、ありさちゃんの幸せをずっと見守ってるとか、なんとかいっていたのに・・・・・・
ったく! これだから、男ってヤツは・・・・・・
「とにかく、だれだとは教えてやらないけど、かわいそうだから、早くその子見つけてやれよ! その子が見つからなくて、このまま不幸になったら、オレが、お前を殴りにいってやるからな!」
学君、こぶしを島崎君の胸に押し付ける。
「お、おう」