ゆりデビュー 2
「すっごい、きれいだねぇ~ さくら」
ありさちゃんは胸の前で手を組んで、うっとりと満開の桜を見上げてた。
「そうだねぇ。きれいだねぇ」
ちょっと投げやりな感じで思わず返事しちゃったかな? だって、けっ! そんな桜なんかより、私の方が百倍もきれいだって思っちゃったんだもん! だいたい、それは事実だし・・・・・
「うっとりしちゃうよねぇ。世界がすべてピンク一色に包まれて、夢の中に浮かんでいるみたい、ステキ~」
ありさちゃんは、夢見る少女のポーズのまま、桜を鑑賞している。
「うんうん」
「私ね、『さく女』に入りたかったの、この桜の坂をこうやって歩いてみたかったからなんだぁ~」
「へぇ。そうなんだ。よかったね、ちゃんとこの道を通れたじゃない」
「うん。私、今、すごく幸せ!」
へぇへぇ、そりゃどうも、お幸せなこって。
私は、心の中をうかがわせないように、うふふとかわいらしい微笑を顔に貼り付けたまま、ありさちゃんの隣に立っていた。
「ねぇ~? つかさは、なんで『さく女』だったの?」
「え?」
いきなり、ありさちゃんも、なに訊いて来るかなぁ。私が、さく女に入りたかったのは、清貴さんのお母様の三木先生がこの学校に勤めてるからなのに・・・・・・ それと・・・・・・
ちょっとダークサイドに落ち込みそうな思考をなんとか、踏みとどまらせ、無邪気な表情を装って。
「うんとね。私、さく女の制服、憧れてたんだぁ」
あのほんのり桜色の上着。モスグリーンのミニのスカート。すごくステキだったのに・・・・・・
でも、これは3番目ぐらいに重要な理由。
「ああ、残念! じゃ、つかさ的には、あんなことなければよかったのにね」
「うん! さ・い・あ・く!」
今日も元気なつかさちゃん! ふぁいとぉ~!!
私とありさちゃんは、ゆっくりと桜並木の道を登り始めた。
私たちの前を歩く男子二人連れは、チラチラと後ろを歩く私たちの方をうかがい、コソコソとなにか話し合っている。
たぶん、思い切って、私たちに声をかけ、友達になろうとかなんとか、相談しているんだろうなぁ。
でも、同じクラスでもないし、学校で一番と二番の美少女コンビから発する美少女オーラは圧倒的だし、この子たち、気おされて、声をかける勇気なんて、でてこなさそう。
ほんと、かわいい男心。
でも、実際、こんな汗臭いガキたちには、私もありさちゃんも興味なんて、持てないんだけど・・・・・
やがて、坂道の途中、まだ『さくらヶ丘女子高等学校前』ってなっているバス停が見えてきた。そろそろ、あいつが飛びついてくる頃。心の準備をして、おかなくちゃ!
深呼吸をひとつ。
よし、準備はOK!
その途端、バス停の影から、男の子が・・・・・・
「つっかさぁ~ おっはよ~!」
「きゃぁっ!!」
いつものことだし、心づもりもOK。しっかり音程と音量を調整して、聞いている周りの男の子たちがうっとりしちゃうような、かわいらしい悲鳴をあげたりなんかして。
そいつは、いつものように私に抱きついてきて、私の肩を抱く。
中学のときから、こいつはいつもこう。毎朝、登校途中で、私たちを待ち伏せて、いつも私に飛びついてくる。本当は、ありさちゃんに飛びつきたいくせに!
でも、いくら、いとこ同士だからって、毎日、毎日・・・・・・ うっとうしいヤツ!
「でたな! ヘンタイ男!」
で、今日もありさちゃんの怒鳴り声が響いて・・・・・
「・・・・・・うわっ!!」
そのヘンタイ男は宙を舞い、ありさちゃんの足元に叩きつけられると・・・・・・ これもいつものことだけど。
「いいかげんにしなさいよ! 毎日毎日。つかさが迷惑してるの、わかんないの!」
見事に決まった一本背負いに、思わず周りの高校生たちが拍手している中、腰まである長い髪をかき上げて、ありさちゃんは、そいつを冷たい視線でひとにらみ。
フンッと鼻を鳴らして、一人で先いっちゃった。
そいつは、道路に伸びたままで、へらへらと笑い出し・・・・・・
って、別に打ちどころが悪かったわけじゃない。
「今日は水色だった。うへへ」
私は、その場へしゃがみこんで、ツンツンとそいつのほっぺたをつっ突いたりして。
「まなぶ君、いいかげん、ありさちゃんに告白したらどう? 毎朝、毎朝、投げとばされてたりしないでさぁ?」
そいつ、神宮寺学は視線だけを私の方へ動かして、軽くウィンクしてみせる。ありさちゃんの一本背負い、傍からみれば、きれいに決まったみたいだけど、学君も、剣道4段、柔道5段、空手は6段。しっかり受身をとっていて、ダメージなんて、ほとんどないんだよねぇ~。ほんと、不死身の学君!
「ちっ、ちっ、ちっ、毎朝、投げ飛ばしてくれないと、ありさちゃんのパンティ見れないじゃん!」
ったく! これだから、さかりのついた男ってヤツは!
私、立ち上がって、さっさと先をいくありさちゃんを追いかける。
ふげぇっ・・・・・・
なにか足元で断末魔のような声が聞こえた気がするけど、きっと空耳、空耳だよね。