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竜よ  作者: みやびつかさ
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02.出逢い


 ――竜はわたしを選ばない。いつもいつも。はなから選ぶはずがないのだ。


 竜の贄に選ばれたのち、わたしはベッドに臥せって泣いた。

 いけにえにされるから泣いたんじゃない。今更になってロズナが死んだという実感が湧いて、無性に悲しくなったから泣いた。


 それに、男に余り者が出るのを待ち望むあまり、ロズナの死を喜ぶようになったわたしの浅ましい心が、あまりにも憎くて醜かったから。


 わたしはいったい、なんなのだろう。

 おまえは魔物だと言われても、受け入れられたと思う。


 でも、仕方のないことでもあった。


 よその同族たちは知らないけれど、わたしたちの村では男の数が足りていない。

 だから、女がつがいになるためには待たなければならない。

 相手の男がおとなになりたてだろうと、誰かの後釜だろうと、好みの相手でなかろうと、関係ない。


 「わたしたち」には、ほかの生き物と違って寿命が無い。永遠を生きることができるという。その代わり、子を宿すのが難しく、産むのも命懸けだ。

 それでも病気や怪我による死はあるから、わたしたちの種族はどんどんと数を減らしている。


 だから、わたしたちの村でも、なるべく余り者が出ないようにするのがしきたりとなっていた。


 男が足りていないからといって、ひとりの男が複数の女とつがうことはない。

 人間にはそういう部族もあるらしいけれど、永く変わらない暮らしをするわたしたちには、禍根のできやすい仕組みは合わないのだ。

 数百前にそれを試した集落があったらしいけど、そこは痴話喧嘩で滅びたんだとピオンから千回は聞かされている。あの人の話はどこまでが本当だか分からない。


 村長のピオンは数千年の時を生きている……らしい。

 わたしたちは途中で歳を数えるのをやめるから、身体がおとなか子どもか、先に生まれたか後に生まれたかくらいでしか区別をしない。

 種の存続には代えられないため、人間と違って血統へのこだわりや倫理も薄く、家族の概念も曖昧だ。


 ところで、竜の贄も同じように「つがい」で供される。


 わたしたちの村と、森から東にある人間の村からひとりづつ。


 そして、竜は「どちらか片方だけを食べる」のだ。

 なぜって、竜は血肉よりも精霊力で生きる「魔物」で、巨体の割に少食だから。


 精霊の力をたくさん蓄えた生物は、力をもっと集めようとするために、精霊の多い場所や食物を好む。この森もそういった場所で竜が荒すのだけど、こちらから満たしてやればそうそうに立ち去ってくれるためにいけにえを捧げている。


 竜が食らうのは精霊を多く蓄えたほうだ。


 わたしと人間が並んでいて、腹を空かせた竜が来たら、普通ならばわたしのほうががぶりとやられるだろう。

 わたしは村ではそれほど精霊の扱いに長けたほうじゃないけれど、それでも人間の術士(彼らは精霊の力を借りて何かを為すことを術と呼ぶ)程度に精霊の力で負けることはないし。


 だけど、この場所を訪れる竜が食べているのは、決まって人間のいけにえだ。

 わたしは選ばれない。


 竜の好みにあわない?

 そうかもしれない。


 いちおう、わたしだって死にたくはないし、贄の箱に入る前に精霊をなるべく散らして、つがいの人間以下にしている。

 でも、それだけなら竜の気まぐれで食べられる可能性は残るだろう。


 けれど、そうなることは決してない。


 いけにえを入れる箱に細工がしてあるからだ。

 精霊を遮蔽する塗料を塗るとか、竜が好む香りの花を入れるとか。


 人間側は竜に選ばれるように、わたしたちは選ばれないように箱を作る。

 つまりは、最初から「人間が選ばれるように」仕組まれているということ。

 わたしたちの村と東の村長との密約だ。


 お互いにそのほうが都合がいいのだ。

 わたしたちはこれ以上数を減らしたくないし、人間たちはいくらでも生まれてくるし、何より人間は「竜に選ばれた」という優越感と栄誉を得られる。

 難しい話は分からないけど、その栄誉があれば人間の村は自分たちのかしらの治める帝都と良好な関係が築けるのだと聞いた。


 ともかく、そうやっておかないとロズナを殺した奴らみたいなのがつぎつぎとやってくるだろう。


 あいつらは「精霊狩り」だ。

 人間はわたしたちを「精霊びと」と呼ぶ。

 わたしたちは人間よりも優れた種族だ。

 長命で、耳がよく、鼻も利き、精霊の扱いに長ける。

 鳥や獣に愛されて、森とともに生きることができる。

 老いが来ないから身体も鍛えれば強くなるだろう。みんな寝てばかりだけど。


 いっぽう、人間というものは、いつだって勘違いをしている存在だ。

 自分たちを一番優れた存在だと思いこみ、それを追求し、証明しようとする。

 精霊の棲み処である森を切り拓き、ときには焼き払い、自分より強い獣を、食べるためではなく力を示すために殺す。そして、同族同士でも血を塗りあう。

 あの竜にまで挑もうとする者がいるのには呆れてしまう。

 あれを殺そうとしても、精霊たちが従うはずがないのに。


 その中でも特に厄介な勘違いは、わたしたちの特性を「精霊力のかたまりによるもの」として見ていることだ。

 精霊びとの血肉を喰らえば不死になるとか、交わると精霊の力が得られるとか、妄想が酷い。単にわたしたちは森に生きて精霊の扱いに長けるというだけなのに。


 竜の贄になるのは、これで何度目だっただろうか?

 わたしは繰り返すうちに、選ばれた人間が似通った行動を取ることを憶えた。

 

 死に怯え泣き過ごす者。あるいはさだめに怒りを見せる者。

 これは大抵は女だ。人間側はよく若い娘をいけにえとして選ぶので、彼女たちが家族や恋人などを想って嘆く姿がよく見られる。

 どうしてそんなもったいないことをするのだろうか。

 精霊力さえ高ければ問題ないのだから、老人や罪人でも使えばいいのに。


 男に多いのが、自分の力を過信して「竜を倒す」なんてのたまう愚か者。

 祭壇が毎年作り直しになるのは彼らのせいだ。まあ、わたしたちは暇だから構わないのだけど。

 顔合わせのさいに「きみのことを守る」なんて言われることもありがちで、わたしは乾いた笑いで鳥肌を鎮めなければならない。


 長のピオンいわく、「私たちは人間から見ると誰しもが美形らしい」。

 そりゃどうも。わたしたちは顔や肉体の造形は気にしない。

 強いていえば、髪の飾りかたと性格の好みはあるけれど、種族のための掟が優先されるから、愛しても焦がれても無意味だ。


 ……こうも人間とわたしたちは違うけれど、恋というものが悲しい結末になりがちなところはいっしょだと思う。


 ほとんどはこういうのと組まされて辟易するのだけど、一度だけ人間に対して敬意を感じたことがあった。


 何年前だったか。ひとつ前の竜の贄のときだ。

 十年くらいか。彼女のことは決して忘れはしない。


 通例通り、当時の村でいちばん精霊力に長けた人間が選出された。

 女だった。名前を訊ねじまいだったのが悔やまれる。


 あのひとはその理不尽なさだめを受け入れて、動じる様子を決して見せなかった。

 わたしなんて、また「余り者」になったからと不貞腐れていたのに。

 そして彼女は「精霊に好かれるたち」らしく、細工なしにわたしが選ばれないくらいにまで精霊を宿していた。

 それだけの力を持っていれば脱走を図るのは容易いだろうし、男なら竜に挑むものなのだけど……。


 竜を待つ箱の中で聞いたのは、となりの木箱と人間の骨が砕ける音だけだった。

 いつもなら、その音や絶叫を聞いても、ひと仕事終えたくらいの気持ちだったのだけど、彼女の静かで潔い終わりは確かな死を連想させ、わたしは震えた。


 あとになって知りたくなった。彼女はどうして死から目を背けなかったのだろう。

 どうして生にしがみつかなかったのだろう。

 選ばれる人間としては少し年増だったし、恋人や夫、子どもがいても変じゃない。

 わたしと同じ余り者だったのだろうか?


 同じ? 同じなんかじゃない。

 思い返せば思い返すほど、わたしはあのひとを美しいと思うようになった。

 おぼろに浮かんでは消える姿には、ひと季節だけ咲く花の面影を感じた。


 ほとんどの人間は愚かでつまらない存在だけど、彼女に限っては、ただ花を探してさまようわたしなんかよりも遥かに気高く、もっと生きるべき存在に思えた。


 わたしは表向きだけでも彼女をまねたかった。

 今度も竜の贄に選ばれたけど、村の者は無反応だ。

 わたしを気遣ってのこともあるだろうけど、単なる無関心が大抵だろう。

 人間側は祭りをおこなったり、贄を特別扱いするらしいけど、わたしたちにとっての儀式は、気高いなんて表現から縁遠いものだったし。


 わたしはまだ見ぬ相手に想いを馳せた。


 会えるだろうか。あのひとのようないけにえに。

 あのひとのように気高いひとと、つがえるだろうか。


 もしも、あのひととまたつがえれば、みずから進んで竜に身を捧げたかもしれない。


 それはあのひとへの想いだけじゃない。

 おのれへの罰をこめてのことでもあった。

 自分勝手な欲求のために友人の死を喜ぶような魔物には相応しい罰……。



 次の新月の晩、ピオンとともに森の東にある小屋へやってきた。

 夕方に降った雨露のせいで夏の割に肌寒かった。

 気の早い虫たちも、自分たちのつがう相手を探しているようだった。


 人間の年寄り村長は恒例通り先に来ていて、いけにえに竜の贄についての宣告と説明を済ませたばかりだった。


 わたしはピオンの肩越しにいけにえを覗きこんだ。

 わたしを見て目を見開く男か、涙や憎しみを湛える女か。

 それとも、あのひとのような気高き者か。


 それは深い蒼の長髪と、同じ色をした瞳を持った少女で、ご多分に漏れず自分の運命に対して悲観していたし、怒ってもいた。


 またつまらない子か。


 そう思った矢先だった。彼女はわたしの姿をみとめると飛びついてきた。


「あんまりです! どちらかが死ななければならないなんて!」


 彼女は泣いていた。

 それでわたしの服をつかむから、服と胸のあいだに涙と熱い息が忍びこんだ。


 わたしのために嘆いた人間は初めてだった。

 だけどそのときは、いけにえ娘共通の反応の延長だと考えた。


 しかし彼女もまた、あのひとのようにほかとは違う存在だったのだ。


 ……竜の贄、そのつがいに選ばれた蒼髪の少女の名は、リリエ。


 月なき夜。


 ルセナとリリエ。

 わたしたちはこうして、出逢ってしまった。


***

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