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竜よ  作者: みやびつかさ
15/18

15.蜜月


 ――蜜のように甘く、ミルクのようにこく深く。「罪」なる呼び名は、このいのちを宿さぬまぐわいではなく、無意味な死こそが冠するべきものだ。


 食卓をあとにしたわたしたちは、頭も身体も火照らせて、少しふらついていた。

 階段をやっとのことで上がり、もつれ合ってベッドへと倒れこんだ。


 においが充満していた。

 リリエの身体のではなく、果実酒のにおいでもなく、「死」のにおいだ。


 わたしの背が流した血がベッドに染みを作っていた。

 果実酒のようだったそれは時を経て黒ずみ始めている。綺麗なシーツが台無しだ。

 リリエに謝ると、彼女は「どうせ汚れますよ」とそっけなく言った。


 わたしたちの関係がいびつなものだということは、お互いに承知している。

 本来なら同族の異性で結ぶべきものであり、生物の本懐を目的としたもの。


 それでもリリエを愛している。

 間違いなく、そういう気持ちで。


 だが、先程までとは打って変わって、わたしは不安だった。


 リリエがわたしと関係を結んだのは、きっと父親のことや村の男たちが原因だろう。

 わたしは彼女がどこをどうされるのが好きで、どうすればどんなふうになるか、そのすべてを知り尽くしたかったけど、同時に無理強いはしたくなかった。

 リリエのすべてが目の前にあったというのに、わたしはそれを告げた。


「帝都に暮らす貴族では、こーいうのも普通らしいですよ? これはお父さんから聞いたんじゃなくって、お父さんが持って帰ってきた本に書いてあったんです」


 また、悪い顔。ないしょですよ。


 わたしが真剣に言ってるんだよと咎めると、彼女は「もしかしたら、これはいっしょじゃないのかもしれませんね」と寂しげにつぶやいた。


「いけないことだとか、子どももできないとか、本当はどうでもいいんです。ただ、ルセナさんと触れ合っていると、私はまだ生きているんだって、気持ちになれるんです。あなたが喜んでくれると、私は生きていてもいいんだって思える……」


 リリエが生きていていけないなんてことは、ない。


「母が竜の贄になって死んだことを村長さんから聞かされたとき、私もいつかはそうなるのかなって、ぼんやり考えていました。でも、お父さんがきっとなんとかしてくれる、そうでなくったって、お隣のお婆ちゃんや、お孫さんのいる村長さん、それに、お父さんだってまだ生きている。だから、私が死ぬのはまだまだ先だなって……」


 父の死と同時に宣告された竜の訪れ。


「死というものが、私のとなりへ急にやって来たんです。おまえはもうすぐ死ぬんだぞって、念を押してくるんです」


 でも……。彼女の指がわたしの手の甲に触れ指先へと渡る。


「ルセナさんがそばにいてくれれば、そいつの声は聞こえなくなります。あなたとだったら、なんだってできて、どこまでも遠くへ行ける、そんな気になれるんです」


 リリエが甘えるように頭をこすりつけてくる。髪のにおい、喉をくすぐる吐息。熱い。

 わたしは彼女の両肩をつかんで離し、視線を結び付ける。


「言わないでください。村の人たちのことも大切です。ルセナさんの村の人も、ほとんど知らないけれど、竜に襲われていいはずがありません」


 あのひとと同じ目。


「竜には私が選ばれます」


 それ以上見ていられなかった。

 抱きしめ、押し倒し、いっしょに生きてよと叫んだ。

 わたしは泣いていた。

 リリエの手が頭を撫でてくれるたび、もっともっととせがむように激しく泣いた。


「……行きましょう、ずっと遠くへ」


 気づくとわたしがリリエを見上げていた。服の下に手がすべりこみ奪い、わたしのすべてを探り、ゆっくりと旅する。


 怖かった。


 ついばみではなく、もっと深い螺旋の交わり。

 苦い味がした。果実酒が残っていたわけじゃないと思う。

 あれはあのあと、蜜とミルクでたっぷりと押し流して口直しをしたし、じっさい、リリエの舌もくちびるも甘ったるく、わたしたちが触れあった場所も同じ味にすり替わっていったから。


 わたしは二百年の余り者だ。自分の身体のことはよく知っている。

 けれどもリリエは、シーツの死に自分の真新しい赤を重ねたくせに、わたしよりもわたしを知っていて、わたしの中に潜りこんでくると、どこかへと連れて行こうとした。


 波紋が寄せるたびにわたしは身体を小さくして抵抗した。

 いっぽうで、リリエは平気でわたしを取り残して自分だけどこかへと行った。


 リリエはずるい。


 それでも、いい夜だったと思う。満たされていたと思う。

 わたしが怖がればリリエは必ず温かく包んでくれた。

 彼女が若葉のような手を固く握ったり、宙にさまよわせたり、雫を受けるふたばにすれば、わたしも快かった。


 夜空の星が全て流れてしまうまで、わたしたちは身体と精霊を交わし合った。

 「宿す」という終着点を持たないふたりは、無限の輪となり続けた。


 太陽が昇り、遠くで小鳥のさえずりが聞こえるころにようやくまどろむ。

 リリエはまだ飽き足らないらしく、わたしの頭を引き寄せて胸へ閉じこめた。

 すっかりくたびれているはずなのに、彼女に触れれば胎や胸が目覚めてしまう。


 次はリリエはどこに来るのだろう。そして、どこへ行ってしまうのだろう。

 秘密の泉も、ふたつの丘も、ヘビの巣くう谷も何度も廻った。


 けれど彼女はどこへも行かず、ただわたしを抱きよせた。


「風の声を聴きに行きましょうね、いっしょに……」


 リリエは優しく言った。優しく、優しく。


 再び約束を得たわたしはまぶたを閉じる。

 頬を伝う熱いひと粒は冷える前にリリエのくちびるがすくった。

 重なる心音はゆっくり、おだやかに……。


***

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