15.蜜月
――蜜のように甘く、ミルクのようにこく深く。「罪」なる呼び名は、このいのちを宿さぬまぐわいではなく、無意味な死こそが冠するべきものだ。
食卓をあとにしたわたしたちは、頭も身体も火照らせて、少しふらついていた。
階段をやっとのことで上がり、もつれ合ってベッドへと倒れこんだ。
においが充満していた。
リリエの身体のではなく、果実酒のにおいでもなく、「死」のにおいだ。
わたしの背が流した血がベッドに染みを作っていた。
果実酒のようだったそれは時を経て黒ずみ始めている。綺麗なシーツが台無しだ。
リリエに謝ると、彼女は「どうせ汚れますよ」とそっけなく言った。
わたしたちの関係がいびつなものだということは、お互いに承知している。
本来なら同族の異性で結ぶべきものであり、生物の本懐を目的としたもの。
それでもリリエを愛している。
間違いなく、そういう気持ちで。
だが、先程までとは打って変わって、わたしは不安だった。
リリエがわたしと関係を結んだのは、きっと父親のことや村の男たちが原因だろう。
わたしは彼女がどこをどうされるのが好きで、どうすればどんなふうになるか、そのすべてを知り尽くしたかったけど、同時に無理強いはしたくなかった。
リリエのすべてが目の前にあったというのに、わたしはそれを告げた。
「帝都に暮らす貴族では、こーいうのも普通らしいですよ? これはお父さんから聞いたんじゃなくって、お父さんが持って帰ってきた本に書いてあったんです」
また、悪い顔。ないしょですよ。
わたしが真剣に言ってるんだよと咎めると、彼女は「もしかしたら、これはいっしょじゃないのかもしれませんね」と寂しげにつぶやいた。
「いけないことだとか、子どももできないとか、本当はどうでもいいんです。ただ、ルセナさんと触れ合っていると、私はまだ生きているんだって、気持ちになれるんです。あなたが喜んでくれると、私は生きていてもいいんだって思える……」
リリエが生きていていけないなんてことは、ない。
「母が竜の贄になって死んだことを村長さんから聞かされたとき、私もいつかはそうなるのかなって、ぼんやり考えていました。でも、お父さんがきっとなんとかしてくれる、そうでなくったって、お隣のお婆ちゃんや、お孫さんのいる村長さん、それに、お父さんだってまだ生きている。だから、私が死ぬのはまだまだ先だなって……」
父の死と同時に宣告された竜の訪れ。
「死というものが、私のとなりへ急にやって来たんです。おまえはもうすぐ死ぬんだぞって、念を押してくるんです」
でも……。彼女の指がわたしの手の甲に触れ指先へと渡る。
「ルセナさんがそばにいてくれれば、そいつの声は聞こえなくなります。あなたとだったら、なんだってできて、どこまでも遠くへ行ける、そんな気になれるんです」
リリエが甘えるように頭をこすりつけてくる。髪のにおい、喉をくすぐる吐息。熱い。
わたしは彼女の両肩をつかんで離し、視線を結び付ける。
「言わないでください。村の人たちのことも大切です。ルセナさんの村の人も、ほとんど知らないけれど、竜に襲われていいはずがありません」
あのひとと同じ目。
「竜には私が選ばれます」
それ以上見ていられなかった。
抱きしめ、押し倒し、いっしょに生きてよと叫んだ。
わたしは泣いていた。
リリエの手が頭を撫でてくれるたび、もっともっととせがむように激しく泣いた。
「……行きましょう、ずっと遠くへ」
気づくとわたしがリリエを見上げていた。服の下に手がすべりこみ奪い、わたしのすべてを探り、ゆっくりと旅する。
怖かった。
ついばみではなく、もっと深い螺旋の交わり。
苦い味がした。果実酒が残っていたわけじゃないと思う。
あれはあのあと、蜜とミルクでたっぷりと押し流して口直しをしたし、じっさい、リリエの舌もくちびるも甘ったるく、わたしたちが触れあった場所も同じ味にすり替わっていったから。
わたしは二百年の余り者だ。自分の身体のことはよく知っている。
けれどもリリエは、シーツの死に自分の真新しい赤を重ねたくせに、わたしよりもわたしを知っていて、わたしの中に潜りこんでくると、どこかへと連れて行こうとした。
波紋が寄せるたびにわたしは身体を小さくして抵抗した。
いっぽうで、リリエは平気でわたしを取り残して自分だけどこかへと行った。
リリエはずるい。
それでも、いい夜だったと思う。満たされていたと思う。
わたしが怖がればリリエは必ず温かく包んでくれた。
彼女が若葉のような手を固く握ったり、宙にさまよわせたり、雫を受けるふたばにすれば、わたしも快かった。
夜空の星が全て流れてしまうまで、わたしたちは身体と精霊を交わし合った。
「宿す」という終着点を持たないふたりは、無限の輪となり続けた。
太陽が昇り、遠くで小鳥のさえずりが聞こえるころにようやくまどろむ。
リリエはまだ飽き足らないらしく、わたしの頭を引き寄せて胸へ閉じこめた。
すっかりくたびれているはずなのに、彼女に触れれば胎や胸が目覚めてしまう。
次はリリエはどこに来るのだろう。そして、どこへ行ってしまうのだろう。
秘密の泉も、ふたつの丘も、ヘビの巣くう谷も何度も廻った。
けれど彼女はどこへも行かず、ただわたしを抱きよせた。
「風の声を聴きに行きましょうね、いっしょに……」
リリエは優しく言った。優しく、優しく。
再び約束を得たわたしはまぶたを閉じる。
頬を伝う熱いひと粒は冷える前にリリエのくちびるがすくった。
重なる心音はゆっくり、おだやかに……。
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