97話 スイの都へ 9/12
海榮が正殿の前の庭に屋敷の者を集めさせた。
前もって公表されていた予定では無く緊急招集だった。否応なしに動揺し気が張り詰める。
謎は不安を生む。
御殿を術の力で守っている清明までもが、御殿の敷地内にある森御嶽から出され呼ばれている事で、その動揺は緊張に、緊張は悲観的な想像に変わってしまう。
そこへ、海榮が姿を現した。
一瞬静寂になり、次の瞬間、どよめきが起こる。
海榮がソレを縄で縛りあげ、引き連れていたからだ。
不貞腐れたような表情で大人しくしているソレは、一瞬集まったものたちをジロッと見たが、すぐにそっぽを向いてしまった。
集まった者たちがその様子を見て、一層騒然とする。
女官の中には気を失う者も出た。
そう。縄で繋がれたソレとは、キジムナー。
縄で縛られ、しおらしくしている。が、いつ暴れ出してしまうか、見ている者たちは気が気ではない。
まじまじとキジムナーを観察する者、気分が悪くなり座り込んでしまう者、拝むもの、今にもキジムナーを成敗しようと襲い掛かりそうな目で睨むもの……。
混乱と不安と敵意が渦巻き、混沌を極めていた。
「静まれーーーー!」
海榮の一喝でどよめきが一転、ピンと張り詰める。
冷静を取り戻せたわけではないが、恐恐と視線は海榮に注がれた。
「詳しい話をしている余裕が無いのだ。良いか。心して聞いて聞くのだ。
今からこの城を禁足とする。
期間はこの私、海榮、又は、天加那志、又は、祝女、次代の聞得大君が禁足を解除するまでである!
聞けば、もうすぐトイフェルがここへ来ると言う。
トイフェルは天加那志と私との面会を希望している。
私が天加那志に力添えをし、トイフェルを討伐するのを待っていてほしい!」
海榮の渾身の演説。
言葉足らずなのは承知している。
予想通りというべきか。即座に非難の声が上がった。
「非なり!どうしてそれを承服できよう!
海榮殿! 天加那志がお座すとは言え、十六夜の行方を貴殿に任せろと仰るのか?!
国是の全てが貴殿に一任されている訳ではないのですぞ!
敵がわざわざ足を運んで来るのです!向こうは勝機があるからやってくるという事!
天加那志の護衛が海榮殿おひとりで、足りるとは思えませぬ!
わざわざ罠にはまるおつもりですか?勝機が薄い賭けに国を使わないでいただきたい!」
一人の司官がそういうと、一部の貴族たちが、そうだそうだと賛成を現した。
「それも真理。理解している。しかし、そこを押して願い出ているのだ。トイフェルの機嫌を損ねて何とするのか?」
「その言い分もおかしい。そもそも、その情報に根拠が無いがありませぬ!」
「根拠は、このキジムナーだ。もうその目で見、分かっていたのであろう。」
「……。」
「先ほど、ひっ捕らえた。」
「それが……、本物のキジムナーだという証拠がありませぬ!」
「赤い髪、尖った耳、目鼻立ちの大きな童子。そして背中に生えた翼。これがキジムナーでなくて何だと言うのだ。」
「に……、偽物だ!」
それに続き、口々に司官や貴族たちが「そうだ、そうだ」と声を震わせながら、認めないと意思をぶちまけた。
そんな雑然とした状況に、キジムナーがイライラした様子で口を挟んだ。
「カシマサヤー!……もうすぐここに、トイフェルさまが来る。そしたらよ、皆一瞬にしてぶっ殺すさぁ!イーヒヒヒヒ!」
キジムナーの独特の甲高い声に、聞いていた者すべてが震えあがった。
五年前の悲劇が嫌でもよみがえってくる。
完全にこのキジムナーの一言でモゾモゾと、空気の流れが変わった。
「……ど、どこに逃げればいいと言うのだ、」
「兵士は、家々を回り家屋から出ないように触れて回ってくれ。その後、広く城下を警備!清明は雨乞い御嶽で待機。その他の御座、下御座、政庁、役座の皆は、それぞれの屋敷へ。……そして、禰保 桃薫!」
「はい!」
群衆の中から、一人の若者が前に出てきた。
軽装ではあるが鎧を纏った精悍な青年だ。
海榮の前で、跪いた。
「桃薫、そこにおったか。すまないが桃薫は腕の立つ兵士を見繕い、急ぎ魚釣へ向かい、先日ここを発った一行を護衛し城まで連れてきて欲しい。きっと彼らが鍵になる。」
長年の間、鉄壁だった魚釣が陥落したタイミングで、その地を訪れた客人。
海榮は、きっと何かあるに違いないと踏んだのだ。
「ははっ!」
桃薫と呼ばれた武人と思わしき青年は、急ぎ仲間を引き連れてその場を後にした。
「さぁ、皆の命が危ない。一人たりとも取溢したくない。一刻も早くこの場を離れ、皆、生き延びてくれ!」
海榮がそう言うと、青ざめた役人や貴族や使用人たちが、蜘蛛の子を散らす様に、我先にといなくなった。
「……皆、薄情なもんさぁ、」
キジムナーが、ぽつりとつぶやいた。
「仕方がない。ほとんどの者が五年前を経験している。こちらは正しい判断をしてくれて助かっただけさ、」
海榮が見晴らしが良くなった正殿前の庭を見渡しながら言った。
残されたのは、海榮とキジムナー……だけのはずだった。
しかし、残っている者がいた。
この御殿を祝女より預かっている双子の清明、永唄と久唄だった。
しずしずと海榮の前までやってくると、跪いた。
「……お前たちは残るのではないかと、思っていたよ、」
海榮が少し困ったような笑みを浮かべた。
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