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83話 師弟 10/15

 空の上というものは、絶対に慣れない、慣れるはずが無い!とマタラは思った。


 こんなに空を飛ぶことが怖いとは、考えが甘かった。

 あの決断を少し後悔しているくらいだった。


 日ごろはあんなに「空を飛べたら気持ちいいだろうなぁ」と翼で風をとらえて滑空している鳥を思ったりもしていた物だったのだが。それは所詮地面に足がついているから言えたことなのだ。

 現実とは斯くも恐ろしいものかと痛感していた。


 (ひぃぃぃぃぃ! 足がゾワゾワする……この手が滑ってしまったら……、あぁっ、ダメ、考えたらダメ。気を失ったら完全に…… )


 まずあぶみのような足場が無い。そして手綱のような握りしめる物も無い。

 たださっき出会ったばかりの動物を信じて、その背中に乗るのみ。


 その動物……、メリーの背中は前の翼部分は羽が生えていて、少しは摩擦があるのかもしれないが、マタラが乗っている部分はその境目でほとんど獣の背中。

 モフモフな動物ではあるけれども、短めの毛に覆われた背中は、キューティクルピカピカのつるつるでつかみ所がない。

 一瞬でも気を抜いたなら滑りそうになる。


 服の中を通り抜ける風が、マタラを縮み上がらせた。


 「マーちゃん、どうしたの?」

 マタラの前に座っているチャルカが、何の躊躇も無く大胆に後ろを振り返った。


 「きゃーーー、ダメダメ! チャルカちゃん、危ないから前を向いていて!」


 動揺したマタラは、自分がそうしているわけでもないのに、人が危ない体勢になっているのを見るだけでも怖くて、今にも気を失うか、手汗で滑ってメリーの背中からずり落ちそうな感覚になるのだった。

 チャルカの顔を両手で挟んで、前を向かせたいが、両手をメリーの背中から放すなんて到底無理だ。


 「でもマーちゃん、さっきから震えているし、なんか、へんっ!」


 『チャルカさま、マタラさんは空を飛ぶことが慣れなくて動揺していらっしゃるのですよ。だから、声をおかけになってはいけませんよ。』

 御嶽ウタキに出現したあのアレハンドラとつながっている光は、チャルカにくっついてやって来ていた。


 「えーーー。チャー、ヒマーーーー。」

 チャルカが不満を表すのに、体を上下に揺らせた。


 「ぎゃぁあーーー!ムリムリムリムリィィィーーー!チャルカちゃん、揺らさないで!」

 たまらずマタラが、チャルカに抱き付いた。


 その衝撃でバランスを崩して、メリーの背中から、ずり落ちそうになってしまう。

 「……え?」


 ずり落ちそうと思ったが早いか、マタラのお尻はメリーの上を滑っていた。


 「わぁっ」

 つられてチャルカも滑り出す。


 「え? えっ? やだ、やだやだ…… きゃぁぁぁぁあああぁぁ……!」

 つかまるところは無いかと手でメリーの背中に探すのだけれど、フカフカキューティクルの背中は無情にもすべすべするだけだった。


 「わぁぁぁあああぁぁぁ!」


 どうにか立て直そうとしたものの、メリーの胴体につかまる物も無い。

 二人はそのまま、スルスルっと空中に投げ出されてしまった。


 『チャルカさまーー!マタラさまーーー!』

 「きゃりっ!」


 メリーが二人の異変に気が付き、落下した二人にめがけて舵を切った。


 チャルカは体が小さい分、空気抵抗が少ないので、マタラよりも落下速度が速い。見る見るうちに距離が開いてしまう。

 急降下。カツオドリの狩りの時のような垂直落下で、チャルカに追いついたメリーは器用にチャルカをくちばしで咥えた。


 そして、マタラが落ちて来る落下予測地点で躯体を平行に保ちながら自然落下させた。


 そこへ気を失いかけたマタラがズドンと落ちてきた。


 ある程度、メリーが落下しながらすくい上げるような状態になったので、衝撃は和らいだものの、それでもかなりの衝撃。

 モフモフな動物とは言え、メリーの背骨はなかなかの強靭さなのだ。


 「うっ!」


 まるで腕にひっかけられた洗濯物の様に、マタラがメリーの背中にくの字で着地した。

 メリーの背中で腹を打ち付け、気を失う事も出来なかったマタラに、痛みと落下の恐怖だけが残った。



 気が動転して、どうやって自分が助かったのか…… いや、まず何が起こったのかも整理ができない。

 ただ、心臓がバクバクと壊れてしまいそうなほど動悸している。


 (心臓が痛い…… これは本当に助かったの? この体を打ち付けた痛みは本物……。死んでない…… )


 しかし、はたと気が付く。


 「チャルカちゃん……! 」

 気が動転して、自分よりも早い時点で、メリーがチャルカを助けている事なんて見えていなかったマタラは慌てた。


 この場所が、今の今まで怖がっていた空中である事を忘れたかのように、メリーの背中によじ登り翼が生えている辺りに腰を落ち着かせ、あたりを見渡した。


 しかしチャルカが空を飛んでいるはずでも無いのでもちろん見当たらない。メリーの背中も、見渡すまでも無く一目瞭然。


 マタラは顔面蒼白になり、涙が自然に流れてきた。流れ出た涙は下に落ちず、後ろへと飛ばされていく。

 「…… 私が、チャルカちゃんに抱き付いてしまったからだ……、どうしよう…… チャルカちゃん!チャルカちゃん!!」


 「はーいっ」

 姿の見えないチャルカの返事が聞こえた。


 「え? ……チャルカちゃん?! 」


 「はーいっ! 」

 声はすれども、姿が見えず。


 「どこにいるの?…… も、もしかして、もう…… 」

 マタラが最悪の状況を想像した時、メリーがクイッと首を上に反らせて、嘴に咥えていたチャルカを後ろへ放り出した。









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