60話 楽園 20/33
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
どれだけ叫んだだろう。
メイシアは、気が狂いそうだった。
脚の力は奪われ、立つことも顔をあげることも出来ずに、ただそのまま湿った固い地面に顔をうずめていた。
固い感触。
冷たい。
何故と自問自答を続ける。
そこへ向かうのが当たり前のようにやって来てしまったこの場所で、ふいに目に入った自分の顔が……
心の中であろうと、口にしたくない。
このまま気を失えたらどれだけ、楽なのだろうか。
もう息をしているのかすらわからない。
目を瞑っているのかも、開いているのかすらわからない。
なのに、どんなに願っても、意識を失う事は叶わなかった。
「「……メイシア。」」
声がした。
誰かがそこに立っている。
しかし顔をあげることは出来ない。
なぜなら……
「メイシア、皆が心配しておる。早く戻ろう。」
「そうだよ、メイシア。」
「……だめ。ムリ。」
どれ位ぶりに言葉を発したのだろう。
消え入りそうな、声だった。
「ほら、とりあえず、立たんか。」
「顔をあげて、メイシア。」
メイシアは答えなかった。
「メイシア。ストローやウッジ、チャルカが心配しておるぞ。」
「皆、十六夜でメイシアを待っているんだよ。」
「……ストロー……ウッジ……チャルカ…… 」
「そうじゃ。」
「……だめ。もう会えない。」
「どうして? 」
また長い沈黙。
「メイシア、お前の顔は髑髏なんかではないぞ。」
「顔に触れてみて。ほら、」
すると、さっきまで固い触覚だった顔面に、膜が付いたように一枚何か挟んでいる感覚が生まれた。
「緑色でもないぞ。」
「ほら、立って。どこも変わってない。ペンタクルで会った時と同じメイシアだよ。」
「…………、」
メイシアが、もぞもぞとゆっくりと起き上がった。
手を地面につき、上半身を起こす。
手や腕を見ると、緑色ではなくなっていた。
しかし、まだ不安は消えない。
顔を両手で覆い隠した。そして恐る恐る顔を上げて、指の隙間から声の方を見る。
「……ソーラさまと、サン……、」
「もー、メイシアだけだからな、ボクの事呼び捨てにすんの。」
「メイシア、帰ろう。もう大丈夫だ。」
「私、帰れるの……? 大丈夫なの……? 」
「大丈夫じゃ。その手も取っていいぞ。」
「ダメ。だって、さっき、緑色の、が……骸骨だったんだもん…… 」
「まだ、混乱しておるようじゃな。落ち着け、メイシア。今、手が触っている感触は骨か?」
メイシアは、黙って首を振った。
「もう答えは出ておる。顔から手を離して、我らの手を握れ。」
「メイシア、そうしたら、帰れるよ。」
二人はしゃがみ、メイシアに手を差し出した。
「帰ろう、メイシア。お前にはまだやることがある。」
メイシアは震える手を顔からゆっくりと離した。
ソーラとサンが、にっこりと笑った。
差し出された手が、文字通り希望だった。
幻かもしれない。
幻でも消えないで。裏切らないで。
恐怖と戦いながら、希望が消えない事を切に願い、ゆっくりと希望に手を伸ばした。
二人の手にメイシアの手が触れた。
次の瞬間。メイシアと二人の神は光へと姿を変えた。
(この感覚知ってる…… )
メイシアはペンタクルから光の滝を登ってオズへ行った時の事を思い出していた。
魂がこよりのように細くなり、登っていく感覚。
母の子宮の中に戻っていくような、何かに守られている不思議な安堵感。
短く長い時間がメイシアの中に流れた。
──── 光が弾けた。
「今やっさぁ!」
急に手洗いの前は騒がしくなった。
ユウナが、持っていたサンでメイシアの肩を叩きだしたのだ。
「マブヤー マブヤー ウーティキミソーリ!メイシアのマブヤー ウーティキミソーリ!」
ユウナはマブイグミを続けた。
「え、何?どうしたの?メイシアが戻って来たの?」
メイシアが見えないストローが、ウッジに問う。
「うん、今、メイシアがここにいる…… あぁ、メイシア、こっちだよ!」
ストローとチルーには見えないのだが、清明であるユウナ、マタラと、神官として才能を認められたウッジには見えているようだった。
メイシアは意志が無いかのようにフワフワと、自らの体の上を漂っていた。
表情にはもちろん覇気が無く、目もうつろでどこを見ているの分からない。
ソーラとサンもメイシアから少し遅れて、姿を現した。
「……やっぱり、ダメか……、離れていた時間も距離も長すぎて、魂が体を忘れておるんじゃ。」
「そんな……、ソーラさまにメイシアを探し出してもらったのに…… 」
そこにいた、そこにいた全員が肩を落とした。
もう成すすべはないのかと。
「すまない。妾たちが協力できることはここまでじゃ。神は人の生死の自然の道理を、必然でもない限り簡単にいじることができないのだ……。」
ソーラも肩を落とした。もちろん、サンも。
光の柱から、助言が聞こえてくることも無かった。
ユウナのウガンの効力で、呪文を唱えている間は、魂はメイシアの上にとどまっているようだったが、それを止めれば、またどこかへフラフラと行ってしまいそうだった。
空しくユウナのウガンの声だけが響いていた。




