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50話 楽園 10/33

 まるで結界でも張られたように、身体が御嶽うたきの中に入るのを拒否していた。


 「わぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

 いくら身体が拒否しようとも、すぐそこに大切なものがあるのに、今ここから逃げ出すわけにはいかない。

 泣き叫びながら、御嶽へ飛び込んだ。




 ──── パァァァァァァァーーン!



 ナギィの身体が、御嶽の中に入った瞬間、空が鳴った。


 何かが弾けたような、何かが割れたような。

 乾いた音だった。



 そして同時に、今まで身体を押し返しているように感じていた何かが、一瞬にしてなくなった。

 反動を受けなくなったナギィの体は支えを失い、御嶽の地面にたたきつけられた。


 「……つぅ、痛い、」

 地面に擦れ、膝や顎を擦りむいた。

 幸い、気を失う事もなく、両手をついて起き上がり、無我夢中でカマディのところへ駆け寄る。


 「オバア!……オバア!どうしたの、死なないで!目を覚まして!」


 カマディは、うつぶせの状態で倒れていた。それをナギィが上半身を抱き上げ、顔を上に向けた。

 カマディの身体をゆすった。


 「……ん……、んん、」

 小さくだが、カマディが苦しそうに息をするのを確認できた。


 (生きてる……!)

 一安心したナギィは、カマディをゆっくりと降ろし、地面に寝かせた。


 そして次に、自分が御嶽へやってきても、目の前でカマディをゆり動かしても放心状態のままの森榮に声をかけた。


 「森榮しんえい!一体何があったの?!森榮、しっかりしなさい!」

 今度は森榮の肩をゆすった。


 しかし、森榮の様子に変化はない。

 地面に座り、青い顔をして、焦点もどこにあっているのかわからない状態で、放心している。


 「森榮!」


 ナギィが、森榮の両頬を手で挟むように叩いた。


 すると森榮は、いきなり咳き込みだした。

 焦ったナギィは、森榮の背中をさすった。


 「森榮どうしたの……?大丈夫?!」


 まるで溺れて者が陸に上がったかのようだった。


 咳き込む森榮の顔を心配そうに覗き込んだ。

 すると、森榮の吐く息が青い事に気が付いた。


 修行をしていなかったら、見えていなかったもしれないが、今のナギィは力の色が見える。

 ましてや、ここは御嶽。力が可視化しやすい場所なのだ。


 「森榮、あんた、力を吸い込んで……?苦しいの?早く出して……!」


 ナギィが背中をさすり続けた。


 咳をして粗方、吸い込んだ力は外に出たのだろう。

 森榮が、苦しそうにナギィの名を呼ぶと、いきなりナギィに抱き付いて泣き出した。


 「ネーネー!ネーネー……!」


 ナギィも森榮を抱きしめた。


 「森榮、泣いてる場合じゃないばぁよ!オバアはどうしたの?なんで、こんなことになったの?!」


 「わぁぁぁぁぁぁ! 」


 「ほら、泣かないで! 泣いてちゃ何もわからないさぁ!」

 抱きしめ、森榮の肩をさすりながら、出来るだけ優しい声で。


 「……ワンもわからん。……オバアが心配で、御嶽に入ったらオバアが慌てだして……、そうして、すぐにオバアが苦しんで倒れてしまったからよ、ワンが駆け寄ったけど、そこから覚えてない…… 」


 「……わかった。」

 そういうとナギィは、自分から森榮を引きはがして座らせた。


 実際、そんな説明では全く分からない。

 でも、森榮が言っている事も嘘ではなく、森榮自身も何もわかないのだろう。


 とにかく、ナギィは自分がするべきことを考える。

 まず、カマディを信じる事。

 そして、自分を信じる事……


 こんな時、カマディならどうしただろう、と考える。


 ふと昨晩の、カマディがメイシアにしたアレを思い出した。


 (ワーにもアレ、出来るかなぁ……、違う。やるしかないんだ。)


 マタラは、自分は母親に似ていると言った。そして、本当に似ているんだと、証明して見せてくれた。


 ナギィは、手のひらをカマディにかざすと、集中した。


 マタラの言葉を思い出す。カガンは、自分の力で奇跡を起こせると言っていた。

 目を瞑り、神経を研ぎ澄ます。


 すると、目を瞑っているその瞼に、横になっているカマディが浮かび上がった。

 カマディの周りに、青黒いもやのようなものがまとわりついていた。


 禍々しいその靄が、カマディを苦しめている事は明らかだ。


 (靄、どっか行け!オバアに悪さをするな……!)


 心の中で叫んだ。必死だった。


 すると、カマディにかざしていた手のひらから、白い光が放たれその青黒い靄を、カマディの体から押しのけた。

 空中に追いやられた黒い靄は、寄生する媒体を失って、風に吹き消させるようになくなった。


 するとカマディが、咳き込み目を覚ました。


 「「オバア!」」


 ナギィも森榮もカマディに抱き付いた。


 「よかった、オバア!」

 「ごめん、ごめんなさい、オバア!」


 「……ナギィ、森榮。ありがとね。」

 カマディは、まだ少し青い顔をしていたが、どうにか口が利けるようになったのか、二人に礼を言うと体を起こした。


 「オバア、今、清明たちが、オバアがキジムナーと会っていたって!それで、オバアを牢に監禁するって……!」

 「オバアやだよ!ワンと逃げよ!」


 オバアは、二人顔をまじまじと見ると、目線を外し、あたりを見渡した。


 「……大変なことになってしまった、」


 「そうやっさぁ!だから、とにかく森榮が言うように、逃げよう!」

 「……ナギィ、違うよ。ワシが監禁されることくらいは、大したことではない。もっと、大変なことになってしまった。」


 「?」


 「ナギィ、今、頭痛はしているかい? 眩しさは?」


 そう言われてやっと気が付いた。自分の体がさっきまで……いや、ここまで走ってきたという疲労はあるが、それとは別で御嶽へ入る時のあの眩しさも頭痛も無かった。

 「あれ?眩しくないし、頭も痛くない……。いつからだろう?」


 「やはり…… 」


 「オバア、どういう事?」

 「……御嶽の力が無くなってしまった……」


 「え?どういう事?」


 ナギィがカマディの話についていけなくて、混乱しだしたその時、


 「オバア、あれ見て!」

 森榮が海側の空を指さした。


 空の左側……北方面の空が、まだ朝だというのに、不気味に暗くなってきていた。


 「わっ!あれ、何?!」


 「……トイフェルだよ………… 」

 カマディが、確かな声でそう言った。


 北の空は紫に染まり、見る見るうちにその濃さを増していた。

 その侵食は不気味なほどゆっくりと、じわりじわりと、こちらへその勢力を伸ばしている。







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